第31話 ひとり
数時間後。勇者が目を覚ますと、その顔の脇をクサガメがのそのそと歩いて行った。
「あ! カメたん!」
勇者は飛び起きて、自身も四つん這いになりカメの後を追う。
「ねー。おねえたーん。見てーー」
のっそりのっそり歩くカメの後ろをつける勇者にカメはうっとうしそうに振り向いてまた歩き出す。
勇者もそれを追いかけてしばらく遊んだ。
「ねー。おねえたーん」
ふと後ろを見る。広い荒野にポツンと一人。
荷車もない。ミューの姿がどこにもない。
「……おねえたん?」
冷たい風が勇者の体の中を吹き抜ける。
勇者は街道に向けて走った。
街道の上にたどり着いたものの、どこにも荷車の姿がない。
自分がどちらから来てどこに行くのかも分からない。
子どもだ。小さい小さい幼児。
たとえ戦闘に強くとも、頼るものがいなければどうにもならない。
盗賊の雇い主が考えた通りだった。
「おねえーーたーーーん! どーーーこーーー!?」
しかし当然返事はない。ミューの耳に勇者の叫び声は届いていなかった。
続いて勇者は腰を触る。だがない。
腰に帯びたる聖剣グラジナがないのだ。
続いて頭。背中。勇者の装備品がなくなっている。
ミューが縫ってくれた衣服と、つい先日、女神フレイがくれたネックレスだけ。
勇者の唇が震える。もはや彼には泣くことしかできなかった。
荒野にポツンと一人。
ただ勇者の泣き声だけが響き渡った。