第29話 フェアリー
勇者とミューの旅は西の都に近付くにつれ日に日に激戦となっていった。
しかし12柱の神々に守られた勇者の力によってそれらは難なく退けられ、彼はさして苦労でもなかったように荷車の上で歌を歌っていた。
「おねえたん♪おねえたん♪おねえたんはボクのおよめさんになるぅ~♪」
そう言いながら、足をパタパタと振る。ミューも勇者からのラブコールが嫌ではなかった。例え、今だけでも好意を持って貰えるのは幸いだ。
彼が大人に戻ったとき、記憶の片隅に残してくれることを祈った。
「あ。おねえたん。見て~」
勇者が指さした道の先には特段何もなかった。
「どうしたんですか?」
「妖精だよ。妖精~」
「え?」
見ても何もない。強いて言えば枯れ草が一本落ちているだけだ。なるほど、子どもらしい戯れだろうと思った。
「ふふ。ホントですねぇ」
「妖精はねー。見たら追いかけるんだよ。ホラ、おねえたんも降りて」
勇者はパッと荷車から飛び降りた。
ミューは驚いて荷車を停めた。
「ねぇ、おねえたん。早く~」
「え。は、はい」
勇者は枯れ草の元へ走る。
枯れ草は風で滑るように路肩へ流される。
そこにも、数本の藁クズ。藁クズはまとまって風に流され、野原の方へ飛ぶ。
「はぁ、はぁ、勇者さま。妖精って何ですか?」
「んーとねー。あのねー。妖精はねー。宝物があるところを教えてくれるんだよ」
「え? 宝物?」
「うんそうだよ」
そのうちに藁クズの塊はどんどん大きくなり、一抱えもあるほどになった。そして、そこに四方八方から藁クズが集まり、やがて歩く女性の形となる。
こちらを向いて微笑んで、さらに奥へと進んでいった。
藁クズの塊が化した女性は、立ち止まると地面を指さした。
そこから小さな宝箱が姿を現したものだからミューは驚いた。
「ほ、ホントだ……」
「ンねー。今度は何が入ってるかなぁ」
勇者はすでにいくつかの妖精の導きによる宝物を受け取っているようで、慣れた手つきで箱を開けると、中から長身の女神が姿を現した。
「勇者よ。私は守護の女神ハレイ。贈り物を携えて参りました」
「何くれるの~」
「まぁ、待ちなさい勇者よ。燃え盛る炎があったとしても誰も怪我をしません。それは誰しもが危険だと知るから近づかないのです。穏やかな湖はどうでしょう。水は人々に恵みをもたらしますが、たびたび人は命を落とします」
勇者はにこやかにうなずいた。
「それは今のあなたです。無害そうなあなたにたくさんの魔物が襲い掛かってきます。ですがそれは彼らにとって危険で、あなたのそばにいる人にとっても大変危険なことです」
勇者はうなずいていた。女神にかしこまっていたミューは心配になり、勇者に聞いてみた。
「勇者さま。意味はお分かりですか?」
「くふふ。ウンチ」
「???」
下ネタだった。下ネタで笑っていた。
「勇者さま。せっかく女神様がお教えになってくだすっているのに」
「あのねー。神様にはねー。なんでもうなずいてれば色んなものをくれるんだよ」
無邪気。そして素直。神からの祝福や教えも今までにこやかにうなずいて貰っていたのであろう。
ミューはこの素直すぎる物言いを放つ勇者から目を離して女神の方を見てみた。
彼女はこめかみに青筋を浮かべていたが、一応はすました顔をしていた。
「そ、そのうちに、意味が分かる日も来ることでしょう。私からの進物はこれです」
女神は二つの首飾りを出してきた。赤い水晶と青い宝石があしらわれている。
「勇者の力は強いですが共に居るミューには何の力もありません。勇者と同じこれを付けることによって、神の守護が得ることが出来ます」
「わ、わたくしにですか?」
「勇者を守るあなたに私からの守護を与えます。勇者もあなたを守りたいようですし」
「あ、ありがとうございます。し、しかし……」
「なんです?」
「それでは、勇者さまが神々より受けている守護の力が半減し、私の方に傾くと言うことでしょうか?」
「……そうですね。しかし、勇者には有り余る他の守護がございますから、心配は無用です」
勇者は女神よりネックレスを受け取って、自分の首に早々とかけた。
「おねえたんも付けなよ~。ボクとおそろい。嬉しいな~」
ミューはその脳天気なさまに微笑んで、女神からネックレスを受け取り、自分の首に下げた。
「勇者さま。ありがとうございます」
「うん。ボクがおねえたんを守るから大丈夫さ!」
頼もしい勇者にミューは喜ばずにはいられなかった。




