第24話 サキュバス
その時、暗闇に人影が見えた。それはゆっくりと腰を振ってこちらに近付いてくる。
「ふっふっふ。勇者さまはおられるかい?」
ミューの胸がドキンとなる。
また人ならぬものの襲撃だ。闇夜に黒い服を着た色気のある女の魔物がいるのが見えた。
「はっはっはっ。これはいい。恋人がお供とはね。私は夢魔サキュバス。男を誘惑するのさ。目の前で自分の愛しい勇者さまが性欲に狂って寝取られる様をとくと見るがいい!」
サキュバスはそう言って辺りを見渡した。
「ところで勇者さまはどこだい? 憚りかね?」
「呼んだ?」
クルリと小さいのが振り返った。小さすぎて見えなかったのだ。
なるほど、頭にはフェニックスの尾羽の飾りがついた金と紫の兜。背中には聖王のマントをまとい、傍らには聖剣グラジナが置いてある。
これが勇者なのであろう。
サキュバスは怯んだ。
男を誘惑して骨抜きにしてしまうのがサキュバスの能力だ。非力ではあるが、男女の睦み合いという場は無防備になる。
これがもし、勇者が大人のままなら大ピンチだったかも知れない。彼は精気を吸われ尽くして昏倒しただろう。しかし、今の彼には性欲の『せ』の字もない。
「おばたんだれ?」
「だれがおばさんか!」
サキュバスはひと言で激高したが改めた。
今の勇者に誘惑が効くのか疑問が残るところではあるが、自分の能力と言えばこれくらいしか思い浮かばない。
彼女は魔力を込め、自分のセクシーな部分が強調できるポーズを取りながら、勇者に誘惑の術を使った。
「うっふ~ん。あっはぁ~ん……。ねぇん勇者さまァン。燃えてこないィン」
「くふふ。このおばたんバカ」
「なんだとぉ!」
「ひゃぁ怖い!」
たしかにポーズはバカみたい。ミューも思わず口に手を当てて笑いをこらえる。勇者はサキュバスが怒るのが怖いのでミューに抱きつきすがった。怯えながらサキュバスを見ると、眉間にシワを寄せて足踏みをしている。
「くっそぉ~このガキめ!」
サキュバスは明らかにヒステリックな状態に陥っていた。イライラしてキリキリと歯ぎしりをした。だがよい考えが思い浮かばない。
「はぁ────」
大きな深いため息。腰に手を当ててしばらく怯える勇者とそれを抱くミューを眺めていた。
「──帰る わね」
ガックリと肩を落とした背中が妙に寂しい。今までいろんな強靱な男達を手玉に取ってきたがこんなに歯の立たない敵は初めてだったのだ。
サキュバスが去った後も勇者はミューに抱かれていた。
そして、勇者はミューの小さな胸に触れる。
「あ」
ミューがひと声上げると、勇者は体を伸ばしてミューの口元にキスをした。
「えへへ。おねえたんにチューしちゃった」
そしてそのままミューの膝に腰を落として座る。
どうやらサキュバスの誘惑の魔法は若干ではあるものの、勇者に効いていたようであった。