第20話 求婚
小さな荷車は勇者とミューを乗せて西の都に進む。
早い早い。車を引くロバは年老いているが、引くのは少量の荷物と小さな子ども二人だけだ。
それを丘の上から追うものがいた。
「ふっふっふ。あれが勇者か。生半可な戦い方では勝てぬ相手のようだな」
人型ではあるが人間ではない。一目で魔物と分かる。
なぜなら顔はトカゲなのだ。いわゆるリザードマン。
軽量の鎧と剣を腰に差し、背中には矢筒と弓を背負っている。
しかし、この丘の悪路をひょいひょいと走りながら勇者を追っている。彼にとってはこのような山岳を進むのが簡単なようだった。
「虹の鎧は着てはいないものの、癒やしの力を持つフェニックスの兜。魔法やブレスを跳ね返す聖王のマント。そして半分生物のような光の聖剣グラジナ。正面からゴブリンの兵隊が一万かかっていってもひと薙ぎで全滅するであろう。だがオレには作戦がある。ふふふふ」
そんな敵が近付いていることを、勇者とミューは気付いていなかった。
二人は広い野原を見つけてそこに車を入れて小休止していた。
ロバは旨そうに音を立てて草を食べ始める。勇者がミューから乾燥したトウモロコシを渡され、それをロバの前に差し出すとそれも旨そうに食べた。
「えへへ。おやつもっと欲しそうだよ。おねえたん」
「ふふ。おやつは一つだけね。勇者さま。私たちもお弁当にしましょう!」
村人から貰ったハムを切り、パンに挟んで食べた。
青い大きな空に白い雲が流れてゆく。
まるで魔物などいないようだ。平和が訪れるとはこういうことなのだろう。
ロバを車から放し、放牧して二人は野原で遊んだ。
勇者は花畑の上を走り出す。
「おねえたん見て~。おねえたん!」
「はいはい。見てますよ~」
勇者がはしゃいでいる横で利口なロバだ。決して遠くに行こうとしない。呼べば戻ってくるだろう。
よい旅の共を得たとミューは微笑んだ。
そのミューの鼻先に差し出されたもの。
それは野の花の花束だった。
「えへへ。これ、おねえたんにプレゼント!」
ミューは勇者が小さい手で集めた不揃いな贈り物を両手で受け取った。
「ありがとうございます。勇者さま」
「あのねー。ボクねー。大きくなったらおねえたんと結婚する!」
「え?」
これが本当に勇者からの求婚だったらどんなに嬉しいことだろう。しかし、今の彼の言葉に責任は全くない。
ミューもそのことは分かっている。
彼の力は確かだ。将来シェイドを打ち倒し、本来の姿を取り戻したら、この幼い記憶は残ってはいないだろう。
そして魔王を倒し彼は英雄となる。彼を慕ってたくさんの人々が君主と仰いで集まるだろう。
その中から美しい娘を妃としてめとるのだ。
自分は身分低い農夫の娘。特殊な能力など一つも持ち合わせていない。その楽園を傍らで見守るだけの女。
「……おねえたん。お返事聞かせてよぉ~」
「え? ……はい。分かりました。お受けしますわ」
「えへへ。やったぁ! 約束だよ。おねえたん」
勇者はそこで大きくジャンプした。