第16話 めばえ
宴は終わり、勇者とミューは惜しまれながら座を後にした。
長旅の疲れを落としたい。この集落の宿には風呂があるらしい。
二人はそれが楽しみだった。
「おねえたん、おねえたん。一緒にお風呂入ろ~」
「ええ。いいですわ。勇者さまを洗って差し上げないと……」
勇者のこのセリフ。本来は20歳の青年だと思うとただいやらしいだけだが、今の彼は幼児。そこのところはしょうが無い。
二人は道中でたまに水浴びはするものの、温かい湯に入るのは久しぶりだ。
勇者は木で出来た小さなアヒルと馬車のおもちゃを手に持って、ミューとともに浴場に向かった。
温泉を引いているその浴場は、浴室内に入ると熱気だけで汗が湧いてくる。
「わーい。一番乗りだ~」
勇者はすぐに湯に入ろうとしたが、ミューに止められた。
「先に体を洗わないとダメです。湯船が汚れるでしょう? 他の人の迷惑になります」
「うん。ゴメンね。おねえたん」
ミューは勇者を藁のタワシで洗おうとしたが、勇者はグズった。
「自分で~。自分で出来る~」
「ちゃんと洗えますか?」
「出来る~。タワシ貸して~」
ミューからタワシを受け取ってお腹を軽くコシコシコシ。
出来ていなかった。
「洗った~。お風呂入ろ~っと」
ミューはその腕をつかんで彼を止めた。
「ダメです。全然汚れが落ちてないでしょ」
そのまま肩の前に手を回し、彼の手、手の又、腕から首、肩から逆の腕を洗い始めた。
勇者はその回された手にしたしがみついて赤い顔をしていた。
ミューの小さな胸が背中に当たる。
普段はしゃいでいる勇者は口をつぐんでしまった。
紅潮した顔は浴室の蒸気のためなのか? それとも──。
「ねー……おねえたん」
「ん?」
「ボクさー、おねえたんのこと……」
「なあに?」
「好き。だぁい好き」
幼児の戯れの言葉だろう。照れてしまっている勇者に、ミューは泡を落とすために頭からぬるま湯を浴びせた。
勇者のやんちゃに跳ねた髪の毛が一斉に下を向く。彼は水を切るために大きく首を振った。
「わぁー!」
「ふふ。はぁい。お終い」
「やったぁー! もうお風呂に入っていい?」
「いいですとも」
「ねね。一緒に入ろー」
「私は自分を洗わないと。おもちゃで遊んでいて下さい」
「うん!」
勇者は湯の中に入り込み、持ってきたおもちゃで遊び始め、ミューも体を洗い始めた。ミューは最初、背中に楽しそうな勇者の声を聞いていたが、その声が止まっていることに気付いた。
後ろをそっと見てみると、おもちゃを手に持ちながらミューの裸の背中に見入って固まっていた。
後ろを向いたミューと目が合い、慌てておもちゃで遊びだした。
ミューはその滑稽なさまが面白くてつい笑ってしまった。