第13話 ユークとミュー
集落で祝宴が始まった。
主賓はもちろん勇者とその共の少女。
大人たちは酒を飲んだが、勇者たちが子どもなので、労いのために溶けた砂糖がたっぷりかかった甘い、甘い焼き菓子を出した。それは道具屋の店主が自ら焼いたもの。勇者は手を叩いて喜んだ。
「ねぇ、お祝い? これお祝い?」
「そうですとも。そうですとも! 魔物を倒したお祝いです。いや~勇者さまには、長く逗留してほしいものですなぁ~」
「それがそうも行かないんです」
「どうして?」
「西の都、サングレロに行かねばなりません」
「それはそれは、長旅ですな。しかしどうして?」
「あーん。パク。おいちいね~。おいちいね~」
勇者は甘い菓子に夢中なようで、大きな塊をフォークで刺してパクついていた。少女はそれを見ながらここまでの経緯を話し始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
勇者はユークと言った。少女の名はミュー。
勇者は今のような幼児ではなく20歳の若者であった。
彼の母親は子どもを腹に宿したとき神の啓示を受けた。
それが勇者ユークである。
12柱の神々の祝福を受けた彼は生まれつき魔物を倒す力を持っていた。剣術、魔法。共に神と同等の力を与えられたのだ。
国王に会い、魔王ルギナウス討伐の命を受け、直ぐさま王都の周辺の土地を回復させた。
たった一人で前線の魔王軍を潰走させたのだ。
魔王の方でも数度側近を派遣したが誰も帰ってこなかった。
そんな勇者は仲間を得ようとはしなかった。と言うのも、一人で充分だったし、敵の攻撃に巻き込んで怪我をさせたくなかったのだ。
強すぎる自分をよく知っての一人の旅。それは寂しくはあったものの気楽で責任がなかった。
そんな彼は道ばたで辺りを見回し、ある農場に入り込み、隅の方で用足しをしていた。
神がかりの力を持つとはいえ人間。
生理現象には勝てない。そうとう我慢していたのが、彼は放水しながら恍惚な表情をしていたその時、背中から声が聞こえた。
「くっくっくっ。勇者よ。無様な格好だな」
「わぁっ! なんだぁ? 誰だぁ?」
「私は魔王軍のシェイドと言う魔道士だ」
「ちょっと待って。ちょっと待って」
本来、男性は放尿を一時中断できる。
敵に襲われた際にすぐに逃げられるようにだ。
しかし、それは過去の時代の話。現在では2人に1人ほどの割合になっていた。勇者は残念ながら止められない方だったらしかった。
なにも恥も外聞もなければ、服を濡らして逃げることが出来る。
しかしながら彼には恥も外聞もあった。
「ちょっと待て。ちょっと待て。長い長い魔王の治世で、たった一人の勇者が現れたからと言って、慌てる必要はなかろう。自分に自信を持て。今日の彼を識らざるは明日に大いなる損害を被ると言う言葉を知らんのか? 知らんだろう。今考えた」
「ごちゃごちゃと。時間稼ぎだと分かっているぞ」
シェイドと名乗る魔導師は勇者の背中に手のひらを当てた。
いつでもお前に触れるという脅しだろうか?
勇者に冷や汗が湧く。
「ひ、卑怯だぞ、シェイド!」
「卑怯なもんか。兵法にも『兵半ば渡らば撃て』だ。半分ほど排出してると逃げれまい」
まったくその通りだった。
勇者のジョンジョロが止まらない。
「あー。ちょっと。わー」
「はっはっは。面白い。オマエに魔法をかけることにしよう」
勇者はたちまち縮みはじめ、マントに隠れて見えなくなった。
「ふっふっふ。もし、元に戻りたかったら西の都にこい。あそこはもうすぐ祭りで人が大勢出るらしいな。そこで恐怖の旋律を奏でたい。勇者よ。オレを止めてみよ!」
シェイドはそう言うとかき消えた。