第1話 ゴブリン
魔王ルギナウスが地上に現れ200年。
人々は傍らに寄り添って生き抜くしかなかった。
にっくき魔王を打ち倒せるような人物を望み続けたのだ。
その甲斐あってか、とうとう勇者が現れた。
12柱の神々より祝福を受けた彼は尋常ならざる能力を持ち、魔王の城を指して旅だったのだった。
それから数ヶ月。吉報は未だ訪れず、都から離れた一つの村が、ゴブリンの襲撃で壊滅的状況に陥っていた。
村人たちは小さな教会に身を寄せ合って隠れたがそれも時間の問題。
もうもうと立ちこめる黒い煙りで窒息するか、ゴブリンに見つかってなぶり殺しにあうか、二つに一つの状態だった。
「ああ神様。魔物を討伐する勇者さまが王都を出たと聞きましたが、我々の平安はここまでなのでしょうか?」
人々が神に祈る。
しかし、無残にも祈りは届かず、教会の扉は凶悪なこん棒で打ち破られた。
「シシ! ミツケタゾ! 人間ドモメ!」
ゴブリンたちに見つかった!
村人たちの悲痛さ叫び声!
その時だった。
「まてまてまてまてぇーーー!」
開かれた教会の扉からよく見える丘に人影が二つある。
一人は嫋やかな少女であるが、もう片方の人物。
伝説のフェニックスの羽根飾りが付いている金と紫の兜。
海色のマントの裏地は情熱の真紅。
そして手には光り輝く聖剣グラジナが握られている。
ゴブリンたちはひるみ、村人たちは歓声を上げた。
あれはまさしく勇者の様相であると!
その丘の上の勇者らしき人物が口を開く。
「許さないぞ! 悪者め! 悪者はなぁ。悪者なんだ! 正義のてっちゅい……てっちゃい……てってい」
「正義の鉄槌ですよ。勇者さま」
「うん。そう」
「あら、勇者さま。ハナが。風邪かしら?」
「おねえたん、かんで~」
少女は勇者と言う子どもにひざまづいてその鼻に布をあてがい鼻をかんでやった。目を閉じてビムゥと噴き出される大きな音にマントがたなびく。それはまさに勇者の風格。
だがゴブリンは笑っていた。
笑い転げていた。
「ナンダナンダ。アンナ可愛ラシイノガ勇者カヨ!」
「討チ取ッテ名ヲアゲロ!」
「言ったな~。ボクのパンチは痛いぞ~」
「勇者さまがんばって!」
「うん!」
勇者は丘から走り出す。
それに合わせてゴブリンたちも丘に向かって駆け出した。
勇者の両手に握られた聖剣グラジナが輝きを増した!
だが勇者は転んだ。坂道はおりるのにもエネルギーを使う。
細心の注意が必要だ。
坂道を走って勢いを増したものだから、膝を思い切りすりむいて血がにじんでいた。
勇者は立った。自分の力で。
こんなことでは泣かない。唇を噛み締めて耐えたのだ。
「エラいわ。勇者さま!」
「ふぐ。ふぐぐ」
ゴブリンたちが何をしたわけでもないのに勝手に傷を負ったので、立ち止まってしまい、笑い出した。
「オイオイ。サスガニこすぷれダロウ」
「本物ノ勇者ヲツレテコイ」
「くそ~。悪者め~。もう許さないぞ~。シャイニングブレイク!」
「え?」
勇者が聖剣グラジナをその場でひと薙ぎ。
そこから光の波が岸に押し寄せるようにゴブリンの体を通過すると笑っていたゴブリンたちの笑い声が止まった。
続いて、体の上半分がズレて地面に落ちる。
「うそ」
教会の中からポツリと呟かれる声。
丘の上にいた少女は勇者の元に急ぎ、その手を繋いだ。
「さぁ、勇者さま行きましょうか」
「うん。おねえたん」
村人たちが見守る中、勇者は聖剣を腰の鞘に納めて、次の村に向かって歩いて行った。
鞘は地面を引きずり、その姿はおよそ三歳ほどの幼児であった。
噂では神がかりな強さを持つ若い男と聞いてはいたが、あれほど若いとは思いもしなかったのであった。