五話:おかしな先輩とアクマな後輩
更新遅れました。見ている方々、こんな物ですがどうか見捨てないで下さいマル
「うーん、風が心地よいね。婁士君」
ざああ、と風が辺りを舞う。翼の手に持った本がパラパラと捲れ、吹き抜けて図書室から廊下へと流れていく。太陽の日差しも丁度校舎の真上を差して、二人だけの図書室は、暑いものの、息苦しさは感じない。
「はい」
散々迷ってから無難にと、婁士はそう答えた。
「私はクーラーが苦手でね。どうにも敬遠してしまう」
カーテンを上げて閉め切った窓を開放していく翼。手馴れた手つきでカーテンを纏めて横のフックに掛けていく。婁士も手伝っていたが、婁士が二つ纏める内にその四つをあっという間に終わらせていた。
「いや、ありがとう。そろそろ暑くなくなる頃だったからね。いつも昼休みの始めにやってしまうんだけど、今日はお手伝いが休みでね」
「お手伝いですか?」
「ああ、後輩だよ」
翼が窓辺に座りなおしたのを見て、婁士もそこら辺の椅子を取って座る。一つ、妙に小さい椅子があったがそれには座らないように翼から言われていた。
「で、どうだい、この学校の感想は?」
「え?」
唐突に翼がそう切り出した。
「あ、えっと、綺麗ですね。とても。前の学校の数倍は綺麗です」
「? 当たり前だろう。専門の業者がやってるんだから」
当たり障りない返事をしたつもりだったが、翼は逆に不思議そうな顔をした。
「え、業者が全部ですか?」
「そうだが」
この学校はかなりのマンモス校だ。前の学校は公立だったけどここは私立だし別に業者がやっていて不思議はない。と、婁士はそこまで理解する。
「ああ、それはそうですね。こんな広い校舎生徒が掃除していたらキリがありませんもんね」
同意したつもりが、今度は怪訝な顔をされる。
「……というより元々生徒は掃除なんかしないだろう」
「え?」
婁士は咄嗟に理解出来なかった。
「掃除なんて全て専門の者がするべきだろうが。ここは学びやだ。学ぶ以外に何をする」
当たり前の事を当たり前に言っている、と至極真面目な顔で翼が頷く。婁士は会話が噛み合わない不思議な違和感を感じた。それはとんでもなくズレている。そんな嫌な予感だった。
「そもそも、他の学校では知らないが、この学校は学ぶ事も含めて全てサービスだ。学食は給仕が運ぶし、主要な階段にはエスカレーターが付いているし、無論エレベーターは各階に四つは配置されている。執事を連れている者も居るが、その執事でさえ女中のするべき掃除などは行わないだろう。ましてはその紳士淑女がそのような事を行うなどと、君は面白い事を言う」
翼の顔は何かの冗談を訊かされたそれだ。自分が冗談を言っていると認識した顔ではないように見える。
「…………思い出した」
婁士は、頭を押さえた。
私立太桃高等学校は、『超お嬢様お坊ちゃん高校』だったと。世間知らずの婁士でも知っているような事を全く知らない『紳士淑女』が集まる場所だと。
婁士をここにぶち込んだ年上の従兄弟が説明していた。
「じゃあ、今日ここに来るまでに見た大量のリムジン見たいな横長の車の数々は……」
「無論、送り迎えする車に決まっているが」
―――頭が痛くなってきた。
とんでもなく場違いな自分。それはさっきまでとは別の意味で婁士は理解した。どんな異世界だよ、と自分の中で突っ込む。
そもそも、と婁士は考える。
自分がこの場所に居る事自体が摩訶不思議な現象だ。とある事情で学校を辞めざるを得なかった自分をどんなコネを駆使したらこんな高校にenter出来るのか分からない。両親とも普通の家庭なので従兄弟の権力なのはまず間違いないのだがその権力自体がそもそも怪しい。どこに持ってんだよそんな権利。むしろ怖い。後で要求される『物』が怖い。従兄弟怖い。
婁士が唸っていると、翼は口元に手をあてて少し笑った。
「やっぱり君は面白い」
「ん?」
と、婁士が顔を上げると、さっきまでの怪訝な顔ではなくまたニヒルな笑いが待っていた。
「―――さっき言った事は、半分嘘だ」
「はい?」
翼がニヤリと笑う。
「これが、この学校で言う『常識』である事は間違いない。が、私の見解は違う。君の混乱は分かる。とんでもない学校だろ。私もそう思う」
婁士が首を捻って眉をひそめると、さらに続ける。
「でもまぁ大概の生徒はそういった感じだよ。まさしく箱入り娘達ばっかりだから。だけど全部が全部庶民の庶の字も知らない分けじゃない。ま、精々、七割くらいかな」
「………つまり?」
「悪いね。ちょっとからかった」
片手を拝むようにして、詫びれた様子もなくそう言った。
「先輩、…………意外とお茶目なんですね」
「ああ、そうかもしれない。でもこれはこの学校に入学する『庶民派』が必ず通る登竜門なんだ。だからというわけではないが、いい練習にはなっただろう?」
脱力している婁士に翼はそう笑いかける。婁士も笑い返すがその口の端は若干ひきつった。
――この人、分からん。
「君は予想通りどうやら『庶民派』らしいね」
「その、しょみんは、って何ですか。派閥?」
翼は少し、言葉に間を空けた。
「うーん。これを言うと大概皆気分を害すると思うのだが。ま、話し半分に聞いた方がいい。代々歴史ある家系で、太桃の付属の小学校からエスカレーターで上がって来た奴らが使っている言葉さ。ベンチャー企業なんかの社長で、一代で財を成した者達、敢てそいつ等の様に言うなら『成金』の娘息子達が途中で転入して来るのに対してそう呼んでいるのさ。今ではかなり学校に浸透して、幾つか本当に派閥がある。『本校派』と『転入派』のような感じに」
「………ユニークな学校ですね」
顔を婁士が歪ませる。悪魔の顔の凄みが増す、ようにも見える。それがちょっと眉を寄せたに過ぎないとしても。
「まあ、端から見ている分には問題ないが、本人達にはデリケートな問題だ。そっとして置いて上げるのが賢明だと思うがね」
婁士は顔を歪ませていたが、はっと何かに気が付いたように目を少し開けて――翼には一瞬何か憑依したようにしか見えなかった――、そしてがっくりと効果音が出そうな感じに顔を下げた。
「……そういや、そもそも俺、顔怖いし。その問題に触れる事多分ありませんよ」
「そんな事はない。君はもうとっくに関わっているさ」
「いや、慰め(?)はいいです」
しかし翼は、首を振る。頭を下げていたのでそれを見えなかったが、気配を察して婁士は顔を上げる。
「―――何故なら、私が『本校派』の人間だからさ」
ちょっと文体を変えました。良くなっていると良いのですが