あくまふぇいす
今度はちゃんと書きますとも! 誰に対しての言い訳だろう。前の作品を見てくださった方。いずれきっと書ききって魅(見)せます。
今期より高校一年生の亜熊 婁士は現在、非常に困っていた。
駅を抜けた先の広場の雑踏、その隅、妙に注目を集めている場所があった。誰もが視線を送っているのに、それにまるで興味が無い振りをして通り過ぎて行く人々に違和感を覚えて立ち止まったのが愚かだったのだ、と婁士は今更ながらに思った。
普段ならそんな事はしない筈なのだが、新たに越してきた住居の掃除を終え自分の荷物を整理し終えて達成感というか気分が高揚していた婁士はその足で買い物に出かけた。何となく、今日はいい日だと思っていた。
だからかもしれない。見なくてもいいもの見て、聞かなくてもいいものを聞いてしまったのは。
「や、やめて、ください………」
それはか細い、風に溶かされて消えていくような、そんな小さい声だった。
小さい少女だった。ふとすれば小学生かという風体に見えたがそれは流石に失礼だ。学校の制服を着ている事からも中学生だろう。その姿にどこか見覚えがある気がしたが、男の体に隠れて顔も見えないし今はそれはどうでもいいと、思考から除外する。
その少女の状況、それが婁士が足を止め、そして通行人が視線を送る一番の理由だった。
「ね、いーじゃん? ちょっとお話しようって言ってるだけじゃん?」
「そー、そー。俺らいい店しってンだ。こっからも近いし、どうせならバイクあるし?」
「時間掛からないよ。ホントに。ね? いいっしょ?」
三人。いかにも今風のちょいワルといった風情の格好をした三人組。根っからの不良よりは一般人寄りなのだが、自分の自己顕示欲が強く、周囲にちょっかいかけるタイプの人種だ。
それは明確な悪ではないが、少なくとも、少女を困らせてはいるようだった。
「本当に……私、友達と待ち合わせしているんです」
「えー、そうなの? ま、人を待たせる友達なんてほっとこうぜー」
「メールでもしとけば平気だって。ね? それとも友達も一緒にどう?」
「で、でも………」
男たちは空気を読めないのか、それとも読んでいるからこそ敢て熱心に誘うのか、少女は明らかに怯えていたのは離れていた婁士にすら分かった。
その熱心さにはむしろ感心さえした。そんなに少女がずば抜けて可愛いのか。まあ、感心しても、その行動を是としたわけではないが。
婁士は手に持ったビニール袋と、頭半分以上を覆うつばのある帽子に一度だけ視線を向けて溜め息を付いた。
―――亜熊 婁士 (あくま るし) 今期より高校一年(予定)極々普通の彼には一つだけ、他人と異なるところがあった。
「おい」
「ああん!? なんだてめぇしゃしゃりでんじゃ…………ねぇ……」
そろそろお節介な誰かが声を掛けてくると予想していたのだろうか、金髪の不良1(仮定)は婁士が男だと確認するや否や直ぐにねめつけた。
が、帽子の奥、婁士の瞳と目が合った瞬間、青ざめて声は尻すぼみに消えた。
「ん? …………何黙ってんのお前? おい、兄ちゃん、正義の味方気取りですかー? 場違いなんだよー? 消えれば?」
スキンヘッドにだぼだぼの服を着た男が、青ざめた男を不思議そうに横目に見ながら、婁士の胸倉を掴んだ。この中ではリーダー格のようでそれなりの筋肉と凄みがある。
帽子の奥、暗い闇のような影の奥、周囲からは見えないその奥の中と、不良リーダー(仮)の視線が絡む。
「―――っひ!」
その瞬間、男は怯えたように婁士を突き飛ばす、――――ような動作をした。
突き飛ばすように押したつもりだったようだが、婁士の体は全く動かず、作用反作用で尻餅を付いたのは不良リーダー(仮)の方だった。
呆然と、婁士を見上げる男。
「大丈夫か?」
手を差し伸べて、もう一度視線を交差する。笑顔を作ってみた。男は今度こそ完全に顔を青ざめた。
「わ、あああああ!」
尻餅をついたまま器用に後ろに下がる。
婁士は無言で立ち上がった。いつもの事なのだから気にする必要はなく、気にしてもいない。―――ない、筈だ。
「……………少し言いたい事があるんだが、いいか?」
「な、なんなりと」
男二人は青ざめた顔で高速で頭を縦に振った。残った一人が事態が掴めずに男たちに何事か聞いていたが、全く耳に入っていないようだった。
婁士は男たちに囲まれた少女を指して言った。
「この子は俺の知り合いだ」
嘘だ。初対面である。
だが、そんな事が男たちに分かるはずもなく、青ざめていた男たちの顔が真っ青を通り越して真っ白になった。
「「すいませんでした!」」
男二人は、不思議がる男一人を問答無用で脇に抱えると、脱兎の如く視界から消えていった。早業。
「……………」
ふと視線を感じる。絡まれていた少女の視線だ。ただそこに浮かべられた表情はわからない。
無論、少女が自分に向けて視線を送っている事に婁士は気が付いた。が、顔を合わせないようにしていた為、その表情までは分からなかった。その瞳に映るのは怯えか、それとも――。
「……………」
が、どちらにせよ、視線を合わせたら全てが失敗する。泣かせてしまうだろう。怖がらせてしまうだろう。
婁士は何も言わずに立ち去る事にした。無論、キザな理由なんかではない。切実に自分の為にである。
「ま、まってください………」
「わっ」
後ろを向いて去ろうとした婁士のシャツを少女が掴んだ。その事に驚いた。どのくらいかと云うと、心底。思わず、振り返ってしまった。
その瞬間、少女と視界が交錯する。
その子は、本当に少女、という言葉がぴったりな、子猫を思わせる風貌の、髪の長くて背の小さい女の子だった。その瞳に貯められた涙に一瞬見入る。
「あ……!」
と、少女の顔が見る見る青ざめてシャツから手を離した瞬間まで、婁士は自分の失態に気が付かなかった。
―――しまった。
少女の瞳は下から貯められていた涙がボロボロと溢れさせ、その場に座り込んで硬直した。
喉が何度も引きつる。ああもう駄目だと諦めた。
少女の瞳に映った、帽子の奥に隠されたその顔、表情、――――なにより猛獣を思わせる凶悪な鋭角の三白眼。
「―――――――――――っ、きゃあああああ!!」
―――亜熊 婁士。今期より高校一年生。性格、成績ともに極々普通の彼には、一つだけ、他人と異なる所があった。
―――それは、鋭く尖った三白眼とまるで獣のような犬歯が覗く口元があいまって、まるで、物語に現れる『アクマ』のように見えることであった。
最近は寒いですね。そろそろコタツの時期かもしれない。