座敷童子
それから数日は、何事もなく過ぎていった。
最初におじちゃん家に来た時には気づかなかったけど、おじちゃん家の庭には小麦色の柴犬がいて、名前はバターというらしかった。人懐っこい犬で、ぼくが近づくとすぐに寄ってきてしっぽを振ってきた。
ぼくが柴犬のバターと戯れていると、それを見ていたおばちゃんがやってきて、バターを散歩に連れて行ってくれたらお駄賃10円あげると言ってくれた。だからぼくはバターとの散歩を毎日の日課にしようと決めた。
初日は日焼けで入れなかったお風呂にもだんだん慣れてきて、おじちゃん家での生活にも大分慣れてきたように思えた。
そんな日の夜のことだった。
その日もおばちゃんにそろそろ寝る時間よーと言われ、ぼくはやっていた宿題をさっさと済ませて、明かりを消すと布団の中に潜りこんだ。
夜の風はひんやりと冷たく、網戸を通ってぼくの鼻先まで流れてきた。
夜は更けてきて、おじちゃんとおばちゃんも寝静まったころ。
ぼくは急にトイレに行きたくなり、目を覚ました。
「やばい、もれそう」
ぼくは布団をはがして起き上がろうとした、
その時だった。
ぼくの部屋の隣の部屋から、誰かが歩いているようなミシ、ミシ、という音がしたのだ。
しかしおじちゃん家の柱や壁はよくキシキシと音が軋むので、きっとそれだろうと、深くは考えなかった。
ぼくはもれそうだったので、勢いよく起き上がると、急いで二階の端にあるトイレへと向かった。
「ふー」
夜のトイレはちょっと怖かったが、おじちゃんやおばちゃんを起こすのも恥ずかしかったため、さっさと済ませて早く戻ろうと考えた。
そんな時である。
ミシ、ミシ、ミシ、ミシ。
と、再び、廊下から誰かが歩いているような音が聞こえてきたのだ。
「え……」
うそだろ、と思った。
ドアを隔てた向こう側から、その足音が近づいてきたからだ。しかも、それはぼくがさっき歩いてきた廊下から。ってことは、その隣の部屋には、やっぱり誰かがいたってことで。
「……」
ぼくは息を止めるが、出しているおしっこの音は止められなかった。
じょろろろろ……。
必死に止めた息もむなしく、トイレの中で響くぼくの尿音。
もしかして、空き巣? 手にはナイフを持っていて、見ちゃったら、その人に襲われるかもしれない。
それとも、……やっぱり、おばけ、だったりして……。
ぼくは恐怖に出ていたおしっこも途切れてしまった。
ミシ、ミシ……。
やがて、その音はトイレの前で止まった。
「……っ!!」
ぼくは自分のものをしまうと、流すこともせず、ただ黙って“それ”が過ぎ去るのをひたすら待った。
振り向くこともせず、緊張に、脇や手から汗がじわりと浮き出る。
と。
パチリ。
廊下の電気が点いた。
「え……?」
その瞬間、ぼくの後ろに感じていた重い影が消え、さっきのことが嘘のように廊下へと飛び出した。
「あれ、ぼくくん?」
「おじちゃん!」
ぼくはそのままおじちゃんのお腹に抱きついた。
「えっとー、これは、どういうことかな?」
ぼくとおじちゃんの声に気づいたおばちゃんも、階段の下から顔を出す。
「なにかあった?」
そうしてそのまま、ぼくはおじちゃんに連れられて、おじちゃんとおばちゃんが寝ている部屋で一緒に寝させてもらうことになった。
翌日、隣の部屋を見てみたが、どこにも荒らされた形跡も、人がいた跡もなかった。
あとでおばちゃんに聞いた話だと、もしかしたらそれは座敷童子かもしれない、ということだった。
同じくらいの子供を見つけたのが嬉しくて、一緒に遊びたかったんじゃないか、ということらしい。
それならそうと、ちゃんと言ってくれないとわからないよ。
ぼくは心の中で、そうツッコんだ。