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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

パラサイト

作者: ゲラ

初投稿です

 汗と、血と、火薬。そして地べたに這いつくばり二度と動かなくなった、人だったもの。それが、目の前に広がる光景の全てだった。薄汚れた視界には指先ほどの銃弾が飛び交い、地が朱殷に染まっていた。見上げてみれば、黒くくすんだ摩天楼が、赤黒く淀んだ暗雲を背に乱立している。

 しかし、その遺跡の建物は全て原形をとどめてはいない。見上げるほどの高さのある苔むしたビルが中央でぽっきり折れ、地面に突き刺さっていた。

「人も、かなりの技術を持っていたんだな……」

 そんな風景を見ながら、俺はその高度な技術に思いを馳せる。しかし、ここは血生臭い戦場。崩れ落ちかけたコンクリートの太い柱に背を預け、銃を胸の前に構える。たたたた……と、小気味よい銃声が響く。銃も遺物の一つだ。

 俺は戦闘準備に入った。数瞬目を閉じて、目を開く。すると、無駄な情報が排除された、モノクロの視界が広がった。そして隣にいる名も知らぬ兵士に声をかける。

「俺が突っ込む。援護してくれ」

 そう呟いて、その兵士に視線を送る、彼は、目を見開いて、ぷるぷると首を横に震わせるだけだった。

 まあ、この状況ではその反応しかできなくともしょうがないだろう。俺たちの味方は、俺と、彼しかいないのだから。それに対し、敵は多数。普通ならば、勝ち目はないだろう。ここにいるのが俺でなければだが。

 そうこうしているうちにも背中に銃弾の衝撃が伝わってくる。このままではこの柱が破壊されるのも時間の問題だ。

 全身の力を一度抜く。そして、また力を込める。それとともに俺の集中力は最高に達した。そして意を決して湿った地を蹴り、駆け出す。

 刹那、俺に向けて鉛の雨が降り注いだ。その音速を超える銃弾一つ一つが、致命傷となり得る。しかし、そんなことはとうに分かっていた。

 思考が赤熱し、時間がタールのように粘り、停滞する。感覚と思考だけが加速し、世界がスローモーションに変わった。

(肉体に損傷を与える銃弾は五つか……。)

 俺は加速した感覚と思考でそう認識する。かする程度の銃弾ならば無視だ。

 致命傷となる銃弾を避けるために肉体に命令を出す。しかし肉体のレスポンスはすぐには来ない。俺はレスポンスを待っていては間に合わないと判断した。俺の思考は自分の肉体が避けてくれることを信じて次に移った。

 敵の数は七人。それぞれの眉間に一発ずつ。それで全てが終わる。もう思考の加速は必要ない。俺は目を閉じ、冷たい引き金を引いた。

――一瞬の炸裂音。そして残響と、静寂。目の前で、紅い花が乱れ咲いた。

 俺は、しゃがみ込んで、息を整える。全身の筋や骨が軋み、悲鳴を上げている。さすがに肉体に無理な力を掛けすぎた。

 全身の悲鳴から目をそらし、何事もなかったかのように振り返った。先ほど俺が背中を預けていたコンクリートの冷たい柱は瓦礫に変わりはて、その下に、血みどろの肉体が、目を見開いたまま下敷きになっている。

「動くのは、俺だけになっちまったか……」

 そう呟いてみても、事態は何も好転しない。今の自分の戦力は、自分の肉体と、冷え切った銃器だけ。

 ここで何か言っていても仕方がない、と、自分を叱咤し、無理矢理に奮い立たせて立ち上がる。そして悠然と、血にまみれた敵に向かって足を運んだ。

 動かなくなった敵の周りの赤く濁った血だまりに、なにやら蠢くものがある。よく見ると、鮮やかな薄桃色をした、ナメクジのような生き物が、うねうねと地面を這っていた。

 それは一匹だけではない。俺が倒した人間の全てから同じように這い出ているのだ。

 俺はその生物を踏みつぶそうとして、やめる。この赤いナメクジが、敵の肉体を動かしているのだ。変に触れて、そんなものが俺の肉体の中に入ってきてしまったら、たまったものではない。いわゆる、『触るな危険』というやつだ。

 つまり、俺たちが戦っている敵とは、赤いナメクジに支配された人間なのだ。しかしその肉体にもう元の自我はない。そのため心置きなく殺戮することができる。

「――ん?なんだ?」

 突然、地平線に見たことのない影が現れた。その影はどんどん大きくなり、その全貌が見えてくる。

 その形状は、一言で言うと『鉄の鳥』だった。金属の羽を広げ、揺らめく陽炎を噴出し、轟音を上げながら凄まじいスピードで近づいてくる。あんな兵器を見るのはこれが初めてだ。空飛ぶ兵器など見たことがない。

「あれは反則だろ……」

 俺の口から、思わずそんな言葉がこぼれる。鉄の塊に見えるあの飛行兵器に銃を闇雲に撃っても効果は薄い。かといって、ほかの攻撃手段も思いつかない。あんなものとどうやって戦えばいいのか。勝てるビジョンが見えてこない。

 全身の力が抜け、俺は思考を止めてしまう。これが、絶望というものなのか。

 その兵器は、もう眼前に迫っていた。

「ああ、神様よ…………」

 もう、俺にできることはそれしかなかった。

 所詮祈りは祈りだ。それ以上の効果はない。轟音とともに、俺に向かって空から鉛の雨が降り注いだ。

 避けようにも、俺の肉体は、もう限界だった。超音速の鉛弾が肉体を貫く。皮膚を裂き、肉を削ぎ、骨を砕いていく。傷口からは真っ赤の鮮血が弾け、噴出した。

 俺は、倒れ込んだ。もう肉体の感覚は消失し、精神がけが浮遊している。

 ここまで戦ってきた全ては、無駄だったのか。俺たちの戦いは無に帰してしまうのか。そう自分自身に問うた。

「否だッ!!」

 俺はそう叫んで、全ての力を振り絞り立ち上がった。なぜこんなにも力が沸いてくるのか。血液は煮えたぎるほどに体中を駆け巡る。あまりにも絶望的。あまりにも絶体絶命。危機的な状況に置かれているにもかかわらず、無尽蔵の闘志が湧き出ていた。

 一瞬前まで絶望にうち拉がれていた自分がとても滑稽に思えた。俺は兵士だ。兵士であり、戦闘狂だ。俺は死ぬまで戦い続ける。今までそうやって死ねることだけを誇りに生きてきた。それを自分で否定しようとしたのだ。滑稽なんてものではない。

 俺は、瞳に揺るぎない闘志を宿して、銃口をその兵器に向けて引き金を引こうとする――

――しかし、それはできなかった。させてはくれなかった。その原因は肉体の問題ではない。精神でもない、もっと根本的な問題だ。その問題とはなにか。

 それは、その兵器がどこにも見当たらなかったことだ。おそらく、途方もないスピードで飛び去ってしまったのだ。何があろうと、敵がいなければ敵を倒すことはできまい。

 俺はバタリと倒れ込む。顔には、自嘲の笑みを浮かべていた。絶望を滑稽だと言った自分が――非力な自分が虚勢を張って喚いていた精神論が、何処までも無意味で、無力で、慚愧なことだったのか、やっと気づいたからだ。ただ、気づくのが遅かった。遅すぎた。

 すでに、肉体も、精神もぼろぼろで、俺は限界だった。どんなに頑張っても、どんなに努力しても、どんなに経験を積もうとも、きっとあの兵器にはたどり着けないだろう。自分のちっぽけな力を知り、俺の全ては絶望に染まっていた。

「これで終わってしまうのか。俺は……」

 最後にそう呟き、俺の視界は暗闇に染まっていく。そして、精神と肉体とが乖離し、別れを告げた。


  *****


視界は真っ暗。俺は、その中を一心不乱に動き続ける。前に立ちはだかるものをかき分け、引きちぎりながら進んでゆく。

……どれだけ進んだだろうか。突然、俺の視界は光に包まれた。そして、ぽとりと地面に落ちる。

「ふう……。やっと出られた……」

 俺は後ろの肉体を見上げる。

「この肉体はかなり上物だったんだけどな……。まあ、あんな兵器が出てきちゃぁ、さすがに無理だったか……」

 俺は感慨深くそう呟いた。

「しっかし、何だったんだ、さっきの俺は。何で肉体がなくなっただけだってのに、あんなにも絶望していたんだ?」

 独り言を言って、俺は血だまりを蠢く。碧いナメクジのような体を、うねうねと動かしながら。

「まあ、いいや。さて、新しい肉体を探すか。すぐに見つかるといいんだけどな……」

 ただ、きっとなかなか見つからないだろう。もう新鮮な肉体はほとんど残っていない。使い古しでもいいならば別だが。

「次の肉体も上物が見つかってくれよ……」

 俺は見上げる。相変わらず黒くくすんだ摩天楼が、赤黒く淀んだ暗雲を背に乱立している。

「やっぱり人類の遺物は必要だな。次はこっちも準備をしてから向かった方がいいかもしれないな……」

 そう呟いて、俺は新しい肉体を探し始める。もう、古い肉体には未練の欠片もない。しかし、先の肉体の残滓が、尾を引くようにいつまでも俺の心にへばり付き、いつまでも離れようとしなかった。

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