第一章 1ページ目 ~青虫の青春~
ある夏の暮れのことである。
いつものごとく学校の図書室で本を読んでいた俺の所に、一人の教師がやってきた。
村上香織。
28才、独身。
俺達の学年では国語の教師を担当している。
彼女について一言で表すとすればーーー
「横峯ぇ!お前はまぁた一人で本読んでるのか!せっかくの高校生なんだ。青春しろ!青春!」
ーーー熱血教師、といったところだろうか。
生徒想いで情に厚くそれでいて意外と涙脆い、そんな性格。
今回のことについても、高校に入ってからほとんど人と関わりを持たない俺の身を本気で案じたゆえに、こうして声をかけてきてくれたのだろう。
だからこそ俺は、誠心誠意100%でぶつかって来てくれた彼女に率直な疑問を口にした。
青春って、なんですか?と。
彼女は一瞬キョトンとした表情を浮かべたが、すぐにニコリと表情を変えこう答えた。
「青春って言うのはな。何かに真剣に取り組むってことだ。部活、恋愛、友達作り。なんでもいい。お前が全力でやれることでさえあればな。全力でやれば結果がでてくる。そしてその結果が成功でも失敗でも、それは世界中でたった1つ。お前だけの経験になる。そういう経験をすることを総じて青春というんだ。君も今だけしかできない青春を謳歌したまえ。」
彼女の言っていることは半分位は共感できたが、鵜呑みにすることはできなかった。
というか、むしろ解せない部分の方が多かった。
彼女は青春について、『全力で取り組めればなんでもいい。』と言った。
なら『読書をする』ことだって青春の一端に含めてもいいのではないのだろうか、そう思ったことがその1つだ。
事実、俺は今目の前の書物に真剣に取り組んでいる。
本だって読み終われば、それは1つの結果に繋がるし読み方次第では作品を通して自分なりの経験を得ることができる。
先ほど、先生が話した青春論の要素は全て満たしているではないか、と。
しかし、そんな俺の心の声は届く筈もなく、彼女の話は締めに入る。
「横峯、お前はもう少し人と関わって空気を読むことを覚えた方がいい。周りのやつらはこうしている間にも必死に青春してるんだぞ」
その瞬間、俺の中で何かが壊れた音がした気がした。
彼女の言葉がまるで、学校生活に置ける読書の生存権、ひいては俺の存在そのものを否定したもののように感じたからだ。
そしてもし本当に、彼女の中の青春が世間一般常識の心理を突いているとするならば。
ーーー青春なんていらない。
『空気を読むより本を読む。』
今では座右の銘となった当時の気持ちを胸に今日も俺は腐れ文学青虫としての1日を始めるのであった。
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俺の1日は読書に始まり読書に終わる。
朝食時やトイレ、通学時間に至るまで暇さえあれば読書をしている。
今も今とて、本を片手にHRの始まりを今か今かと待っている。
今日の選書のテーマは人間の「美」について。
行き付けの本屋で適当に見繕った作品ばかりだが大当たり。
揃いも揃って良作だらけの大豊作だ。
読んでいるのが騒がしい教室なのでイマイチ集中しきれない感は否めないが、本の世界に入ってしまえば周りの音など聞こえまーーー
「おっはよー!蒼汰!今日もお得意の読書?ホントにブレない陰キャっぷりだねー!何読んでんのー?!」
入り込むまであと一歩と言うところで背後から邪魔が入った。
仕方なく読書を一時中断。
声の主である相沢神酒奈に視線だけ寄越し会話に応じる。
「相変わらず騒がしいやつだな。何を読んでいたって俺の勝手だろ?」
「えー?ケチ!ちょっと見せてよ!」
いうが早いか、神酒奈は俺から本をひったくる。
「ふむ、なになにー?『あぁっ!女髪さまっ?!』?うっわ、なにこのアナーキーな本。相変わらず、蒼汰は髪フェチの変態さんだね!こんなんじゃ、結城君以外友達できないよ!」
「バッ、お前そういう話はデカイ声でするな、とあれほど!...俺はいいんだよ。青春捨ててるし。そんなことよりお前の方こそ自分の心配しろよ。俺や結城と違ってお前はJK。青春しないなんて選択肢。あり得ないだろ。」
「失礼だなー!青春の1つや2つしてるもん!」
「ほう?どんな?」
「どんなって...たっ、例えば気になってる男の子に毎日話しかけたり...とか?」
珍しく、しおらしい態度でモジモジする神酒奈。
周りからはこのやり取りが仲の良いバカップルのそれにでも見えるかもしれないが、こいつとは小学校からの付き合いがあるいわゆる幼なじみってだけの関係。
神酒奈自体はふんわりした茶髪のボブショートヘアーが印象的で、可愛らしい童顔の悪くない容姿をしている。
しかしさすがに幼なじみが相手じゃどんな可愛らしい態度をみせられてもドキドキのドの字さえでてこない。
ふぅん、それにしても神酒奈が色恋沙汰ねぇ。相手は一体...。
ん?というか待てよ
「お前女友達といる以外いっつも俺達と一緒だよな?あっ!まさか、お前の好きな人って結城...?」
「はぁ?なんでそういう結論になる訳?!ホント朴念人!マジ鈍感!」
「いやなんで、僕が罵倒されなきゃいけないんですかね?今のは普通誰だってそう思うでしょ...。っていうかそういう所があるから彼氏の1つも出来ないんじゃねーの?」
「いやいや、明らかにもう1つ選択肢あったでしょ!ほんと...これだけヒント出してんのになんで分かんないのかな...」
「ん?いまなんか言ったか?」
「言ってません!それと彼氏は出来ないんじゃなくて作んないだけだもん!こないだだってテニス部の山下くんに『スタイルいいよね!ルパン三世の峰不二子みたい!』って誉められたもん!」
「黙れ。三次元。身の程を知れ。いいか?峰不二子のスリーサイズは、上から99.9 55.5 88.8。対してお前は89.7 60.0
70.6。バストとヒップはともかくウエストが4.5センチも太いのに不二子ちゃんを語るなァァァァッ!」
「ちょっと待って!?今明らかにおかしいところあったよね?なんで、蒼汰があたしのスリーサイズ知ってるの?!マジで変態!ホントキモい!」
「そんなにキモいキモい言わなくていいじゃないですか...」
俺マジで今この場で首つっちゃうからね?
「あのあの!...相沢さん?横峯くん?その、もうHR始まってるよ?」
俺が思わず悲しみの向こう側へいこうとしたその時、クラスメイトの小動物みたいな委員長が声をかけてきて俺達は我に帰る。
あたりを見回し、立ち歩いている生徒が一人もいないことにようやく気づく。
というか視線がいたいっ!
担任の教師はうんざりという顔でこちらを一瞥すると手元のメモを読み上げ出す。
いつもと変わらぬ、HRの風景。
唯一違うのは時計の針が9時35分を指していること。
5分間もさっきのやり取り見られ続けてたんだね。
もうちょっと早く止めろよあーもーホントに死にたい。
...それと、とりあえず一連の騒動の始まりから助け船1つ出さずに、ずっと爆睡していた我が唯一の友人、結城隆治は次の授業の終わりまで放置して制裁を下してもらおう。
この作品は示木海人先生の協力のもと世界観を共有して描いています。
本編、結城隆治の景色編も是非ご覧下さい!
結城隆治の景色 http://ncode.syosetu.com/n4971ef/