戦い
まちがってたらすんません
平和な日常、それはふとした時に終わりを告げる。
「伝令!伝令!N地区にて敵性体ウイルスが出現!至急援軍求む!」
敵性体の襲来、それはいつ訪れるか分からない。それでも反応出来たのは、生まれながらの本能故である。
「此方本部!承った!肥満細胞兵、血小板兵はヒスタミン、ロイコトリエンを放出し道を確保!現地の白血球兵、リンパ球兵、マクロファージ兵は迎え撃て!何としてでも食い止めるんだ!道が整い次第、第一師団を送る!諸君らの健闘を祈る」
本部は至って冷静だった。彼らは指示を出すしか出来ない。本当は彼らと闘いたい。しかし、闘う術を持っていない彼らはそう告げるしかなかった。
「了解!お先に失礼します!」
N地区の兵達は笑っていた。誇らしそうだった。彼らは今日、この日の為に生まれたのだ。死は怖くない。彼らには守るものがあるのだ。もう生きて帰る事は出来ない、それを知っていながらも彼らは意気揚々と、戦地へと向かった。
「っく、第一師団、白血球軍は血管拡張が済み次第、赤血球車に乗ってN地区に進軍!第二師団、リンパ球・マクロファージ混合軍は待機!戦いが終わり次第何時でも出撃出来るよう準備をしておけ!」
本部は第一師団と第二師団に指示を飛ばすと、揃ってN地区に向かって敬礼した。勇敢な彼らに向けて。
「ヒッヒッヒッ、ようやくここまで来たぜ。野郎共!餌の時間だ!食って侵して、痛めつけてやれ!」
「ヒャハ~!ボス、遠慮なくやっちまても構わねーんですか!」
「あぁ、おもいっきり暴れろ!!」
「「「ヒャハ~~!!」」」
ウイルス達が思い思いに叫び、侵略を始める。
「うわ~、く、来るな!」
「やめて~!」
「ママ!パパ!助けて!」
「走れ~!戦闘力が無いものは逃げるんだ!」
周囲は阿鼻叫喚の地獄だった。足の遅いものから襲われ、食われ、侵される。悪魔の襲来だった。
「なあ、俺、この戦いが終わったら結婚するんだ」
「おお、とうとう結婚するんだな。全く、見てる此方が恥ずかしくなるくらいだったぜ」
若い兵士達が、戦に向かう前に他愛ない世間話をする。
「そう言えば、お前の家、そろそろだったよな、名前はもう決めたのか?」
「あぁ、さっき決めたよ。この戦い、生きて帰って伝えないとな」
親になるもの同士が語り合う。
皆がウイルス達を前にそんな話をしていた。そして、運命の時が来た。
「全軍、突撃!第一師団が来るまで、奴等を食い止めるんだ!」
隊長の言葉を皮切りに、N地区の兵士たちが、一人また一人とウイルスに立ち向かって行く。
「なんだ?!ちんけな軍団だな~、お前ら、蹴散らしてやれ!」
こうして、戦闘の火蓋が切って落とされた。
「急げ!速く道を完成させるんだ!」
「そんなのわかってる!これでも全力なんだ!」
「だったらもっと死ぬ気でやれ!ここが俺達の墓場だ!」
肥満細胞兵と血小板兵は援軍の為に道を作る。
彼らは自身から、ヒスタミンやロイコトリエンと言った物質を生成し、道となる血管を拡張していた。
急がなければ、N地区の兵士が全滅する。そうなればウイルス達は止まることをせず、至る所に進出するだろう。それだけはさせてはならなかった。
本部では一つの連絡を待っていた。皆が皆黙っている。ただその連絡が来るのを今か今かと待ち続けている。時計の針が時を刻む音だけが響いていた。
まだか、まだか・・・・・まだか、まだなのか。
そして、時は動き出す。
一通の連絡音が響いた。
「此方本部!状況は!?」
「此方N地区防衛線!血管拡張、只今終了しました!しかし、現在、N地区には死者多数、感染兵も出始め、不味い状況です。援軍を送ってください!」
「了解した!ご苦労!あとは任せろ」
そう言って通信は終わる。
「第一師団!進軍開始!サーチ&デストロイだ。奴等は見つけ次第、叩いて潰せ!」
本部は第一師団に向けて指示を飛ばす。怒りがあった、悲しみがあった。愁いがあった。その言葉には全てが詰まっていた。
「全軍、進撃!主の命を守るぞ、続け!」
「「「「「ウオォォォォォ!!!」」」」」
彼らの命を受け、第一師団は進軍を開始する。
「全軍、準備を万全にしておけ。俺たちはここからが大変だ。いいか、とにかく覚悟だけはしておけ」
第二師団は、その姿を見て準備を始めた。戦いの終わりが近い。
「これでも食らえ~!」
「なぁんだぁ!そんなちんけな攻撃は、大したことねーぜ」
「や、やめろ!来るな!来るな~!」
N地区の防衛線は壊滅しかけであった。若い兵士達は食われ、侵されていた。
周囲の血管もやられ始め、さっきから補給も途絶え、ウイルス達は更に勢いを増していた。
「さぁて、ここはこんなもんだろう、野郎共!これからは別行動だ、それぞれのやりたいようにやりやがれ!」
「「「「ヒャハ~!!」」」」
「まだだ!最後の一兵まで諦めるな!もうすぐ第一師団が来る!それまで持ち堪えるんだ!」
隊長の姿も満身創痍だった。手は片方が無くなり、足が一本だった。それでも諦めない。最後の最後までここを守り抜くために彼はその体に鞭をうつ。
しかし、それは無意味であった。
「ふん、雑魚が、あっち言ってろ」
ウイルスたちのリーダが隊長を手で払う。払われた隊長は息をする事はなかった。
皆の顔に絶望が見栄始めた。
そんなとき、一通の知らせが届いた。
血管拡張終了!、援軍来たれり。
それは本部からの指示でであった。
「やった!これで助かる」
「よかったな、これで娘に会いにいけるぞ」
皆の顔に希望が現れる。
「全軍突撃!ここが勝敗の分かれ目であるぞ!かかれぇ!!」
副体長が激を飛ばす。
皆、慢心相違だ。それでもここで負ける訳には行かなかった。
「なんだこいら、なんで向かってこられるんだ」
ウイルスたちのリーダーは動揺している。彼らの予想以上の粘りに焦りが出たのだ。
ウイルス達の猛攻を堪え、N地区は膠着状態へと至る。
そして、時は来た。第一師団、白血球団が到着したのだ。
「待たせたな、これより先は我々が引き受ける。皆、ご苦労であった」
白血球団の師団長が告げる。それはN地区の戦いを終えるラッパであった。
「全軍突撃!!ウイルスどもを皆殺しにしろ!!!」
その号令と共に白血球達は動き出す。ウイルスたちを千切っては投げ、千切っては投げと、その様はまるで鬼神のようだった。
「やめろ、くるなー」
「ちきしょう、リーダーは何やってやがる」
ウイルス達は次々と駆逐されていく。先程とは逆の展開だった。
「はあはあ、くそう、冗談じゃねぇ」
ウイルスたちのリーダーは逃げ出していた。自分さえ生き残ればまた軍は作れる。そう考えた結果だった。
しかし、そうは問屋が降ろさない。
ウイルスたちのリーダーはいつの間にか包囲されていたのだ。
「全軍、一斉掃射!!」
こうして、N地区における戦いは幕を閉じた。
「そうか、わかった。」
本部ではN地区における戦いが終わったことが報告されていた。
しかし、喜んでいる者など誰もいなかった。
「第二師団に通達せよ、仕事だと。」
そう指示した者の顔は何処か悲しそうな顔だった。
N地区は凄惨な有様だった。壊れた組織、倒れている兵士。そこは見るも明らかな戦場の後だった。
「大丈夫だったか」
「ああ、これで娘に会いにいける」
しかしそこには希望があった。皆が生き残れたことを嬉んでいた。
そこに第二師団が現れた。皆が笑っているのに対し、第二師団の全員は皆、沈痛な表情をしていた。
第二師団の師団長がその沈黙を破り、重く声を上げた。
「皆さんお疲れ様でした。あなた達のおかげで主の体は守れました。主に代わり、お礼を申し上げます。ありがとう。そして、死んでください」
副師団長が続ける。
「このたびの戦いは激戦でした。よって、あなたたちの中に大多数の感染者が出ています。このままでは主の健康に害を及ぼす可能性が出てきます。そうなる前に我々が処置をします。伝えたいことがある者は教えてください。我々が責任を持って届けます」
N地区の兵士達は、笑っていた。
生き残ったのに、殺される。それなのに笑っているのだ。
何故なのか。
主の健康を損なわない為だからだ。
「一ついいですか?」
「なんだ?」
「娘の名前を、伝えて欲しくて」
「わかった、責任を持って伝えよう。すまない」
「いえ、むしろありがとうございます」
こうして、N地区における全ての戦いが幕を閉じた。
「はっくしょっおい!!」
「おいおい、まだ風邪治ってないのか」
「いやいや、もう治ったよ」
「まったく勘弁してくれよ、うつされたら堪ったもんじゃねーぜ」
「ごめんごめん、気をつけるよ」
2人の男の子がそう言い合いながら、冬空の下を元気に走っていた。