第三章 アモン 6~7
6 政治宣伝に抗して
「旧帝国の逃亡政権は政治宣伝を目的として、新帝国を〝闇の帝国〟、現皇帝サタンを皇位簒奪のために〝光輝帝〟と自称せる〝闇の王〟と説明せり。然し、この名は周知の如く、彼女が文明開発長官の地位にありし時、開発途上の種族に対する文明発展支援の功績によりて、〝知恵の光をもたらす者〟という意味にて帝国の臣民より与えられしものなり」
「アスモデウスもまた、〝欲望王〟と呼称せられたり。然し、彼女は現皇帝と外周星域を訪れたる際、自らの惑星の電磁気・重力学的特性を彼女のものと同一に偽装して、派遣軍からの攻撃の危険を分散せり。この偽装は同地における最後の会戦の際にも、現皇帝を目標として殺到せる敵艦隊を一時混乱せしめ、アドラメレクによる攻撃の成功に寄与せり。私欲のみにて行動する種族に、かかる行為は行い得ざらん。彼女の積極的なる外交活動もまた、利己的なる権益追求のために非ずして、生来の社交性や他種族への共感能力、そして彼女が現皇帝と共有せる〝全ての種族のための文明発展〟への情熱によるものなることは、今日までの彼女の民生分野における社会貢献からも明白にして、彼女なかりせば現在の新帝国はあるまじ。〝熱情王〟の別名もまた虚飾に非ず」
「旧帝国の時代より銀河系最高の頭脳と称されし科学長官ストラスを〝狂王〟と呼号するに至りては、もはや考案者の精神的健康を案ずる他はなし。確かに知性、即ち環境変化に対応して活動を制御し、多様に変化せしめ得る知的生命活動能力は、単純なる本能と異なり、無限の可能性の代償として、結果的には無益や自滅に至る危険性も有する、一種の狂気とも称し得る属性なり。然しかような哲学的見地を除けば、彼女は寧ろ、技術の軍事利用のみに執心せる中枢種族より、遥かに健全な感覚を有する種族なり。彼女の技術開発はその高度さ故に一見過激なものと誤解されがちなるも、実は既往の技術革新及びそれに伴う経済・社会の変化を受けて、次に来たるべき新たな需要・価値観を満足せしむべく指向されし、極めて適切な性格を有するものなり。既に多くの彼女の優良技術が帝国の発展に貢献し、特に種族間融合体の形成技術は星間紛争を根絶し、新たなる進化の可能性を拓く画期的成果として期待せられたり。彼女はまた、〝未来あるもの〟への参政権付与や軍事に代わる産業種族の育成等の、社会工学分野においても的確なる数理分析・予測を提供し、現皇帝の政策立案を支援せり。かかる者には、〝賢明王〟以外の呼称は考え得ざらん」
「犯罪的中枢種族の討滅や内乱・分離勢力の平定に貢献せるグラシャラボラス・アミー及びヴォラクは、それぞれ」〝暗殺公〟〝滅亡伯〟〝焦土伯〟と呼ばれたり。然し、中枢種族ザフィエルに見えざりしものは暗殺者の剣に非ず。ただ一途に平和を求めし〝純真公〟を守りたる、慈愛の盾なり。また双子姉妹のアミー及びヴォラクにも、旧皇帝領の破壊者を討ちて同地の全滅を防ぎたる〝救国伯〟、中心星域の平定に際して犠牲の最小化に貢献せる〝救命伯〟の名こそ相応しからん」
「我が上官なりし〝正義公〟アスタロトには、〝反逆公〟の名が進呈せられたり。これにつき我が報告を受けたる彼女は暫しの沈黙の後、『先帝を弑逆し、内乱を招来して帝国に滅亡の危機をもたらせる逆臣賊将共から裏切者と呼ばれしことは、帝国の忠臣たるべく努め来たる我にとりては、むしろ名誉の証なり』と語りて、一笑に付したり」
「我に冠せられし〝非情侯〟の名もまた、極めて不本意なものなり。非情とは言うまでもなく、先帝の名を騙りて姉妹種族たる我及びカイムが相戦うことを強いたる、中枢種族バラキエルにこそ向けられるべき形容なり。然しかかる仇名を考案せし種族は、よもや破壊されしカイムが我と融合して再生し、再会の喜びと共に彼女達への激しき怒りを以て戦いあるとは、夢にも考えざるまじ。我が彼女との戦闘において破壊を免れたるは、統一力場障壁の効果及び姉妹種族間の情愛の故なり。従って〝強健侯〟の名称もまた、過大評価というべきならん。然し、我はこれよりその名に相応しき者となるべく、今後も全力を尽くして任務を全うする所存なり」
「アドラメレクはその巨大惑星への適応と移住によりて、〝怪物公〟と呼ばれたり。然しそもそも言うまでもなく、かかる異質性の認識とは相対的なものならん。加えて現在では炭素・酸素系種族や否やという基盤元素の相違よりも、個体群種族から種族融合体への発展の方が、構成物質の自由度や能力・特性において遙かに大いなる変化をもたらし、従来の種族区分を意味なきものとせしことは、最早全ての知的種族の科学的常識なり。従ってかような命名こそ、他種族への無知と偏見を蘇らしめて新帝国内の種族間対立を煽動せんとする、正に怪物的にして忌まわしき政治的謀略の発露にして、断固排斥さるべき誹謗の言辞というべし。なお、現在彼女の惑星においては、その広大なる容積と先進技術をもとに、多様な種族が快適に共存し得る〝楽園〟区域、相互理解のために他種族の生活を学習・疑似体験し得る〝交流〟区域、さらには相互の長所を活用せる新産業育成のための〝協働〟区域が建設され、ここを訪れる他種族の指導者や観光客を魅了・啓発することにより、〝美麗公〟の名声を一段と高めつつあることを、ここに付言するものなり」
「〝地獄王〟バールゼブル及び〝辺境王〟ベールの名称につきては、いささか複雑なる事情があることを認めざるを得ず。何となれば彼女達自身も、これらの二つ名を愛称あるいは尊称の如く、好んで使用する場合があるためなり。然し彼女達が親しくその名を使用する時、我等は非人道的なる超新星兵器が可住宙域を破壊してこの世の地獄と化するという事実や、旧帝国においては銀河系外周星域の文明開発に消極的なりし歴史もまた、想起すべきなり。またこれら二つの星域においては、大戦による超新星爆発の影響あるいは武器の遺留、治安の悪化等の危険が今なお存在し、盗掘者や逃亡犯、もしくは興味本位の侵入者が自己または周囲に危害を及ぼす事態を防止すべき必要性があることにも、留意すべきなり。然しながら、かかる状況が克服されし暁には、彼女達は旧皇帝領を戦前以上にまで復興せしめたる〝再建王〟、永きに渡る中央・外周星域間の格差と対立を解消したる〝偉大王〟と称されるべき者ならん」
7 新たなる同胞に告ぐ
「銀河系は現在再建の途上にあり、大戦の影響を被りしアンドロメダ銀河においても、被害宙域の復興や統治機構の再編、先住種族との良好なる関係の構築等の課題が山積せり。今日の我等に必要なるものは、過去の遺恨や種族的偏見を捨て、手を携えて新帝国の建設と、民主化等のさらなる発展を実現し得る人的資源なり。既に重大戦犯の拘束または死亡確認は完了し、他の関係者につきては中枢種族間の内戦という異常事態に鑑み、温情ある措置がとられる予定なり。武器引渡と投降を行いたる者は調査の後、問題なくば希望する場所への移転及び居住が認められん。これに関しては安全上の必要から暫くの期間一定の制約があるものの、旧皇帝領を含む旧中心星域の復興はもとより、旧開発途上星域及び銀河系外周星域の共同開発、あるいは旧帝国系種族が多く居住せるアンドロメダ銀河への移住、さらには有望なる可能性を有する小銀河群の開拓まで、我等は相談に応じ様々な未来への道を提供することが可能なり」
「我が心身の四分の一は、かつて汝等と同じ陣営で戦いし種族融合体、カイムなり。忠誠と信頼の対象たる先帝を失い、指導種族にも恵まれず、絶望的なる状況のもとで、然れども何らかの美しく、切なる理想を抱き、戦い続けたる汝等と同じ感情を経験せし者なり。また旧王朝下では考え得ざる配慮を受けて復活し、今では姉妹一体となりて名誉ある職務に就ける者なり。故に、我アモンはここに帝国星間法に従い、我が融合体本体とこの分離個体と地球派遣分離体の名において、汝等旧帝国系武装組織の構成員に対し、次のことを提案せん。即ち我は、姉妹種族カイムに対すると同様の情愛を以て汝等を新帝国に歓迎し、その貢献に応じたる待遇を以て報いることを誓約し、汝等忠良なる帝国の戦士達に、名誉ある投降を呼びかけるものなり」