第七章 アミー 2(5)~(6)
(5)〝死神〟と〝獣〟
「〝先帝〟分離体の保護に際しては、彼女を指導者に戴く旧帝国系武装組織の協力が不可欠なりき。然し当時、なお同組織において彼女を監視せる〝慈愛の王〟の分離個体群と、その影響下にある人類の一部過激派が、実力を以てその妨害を図る恐れが存在せり」
「地球政府は人類が自らの意思と責任において、かかる妨害を排除し、分離体の意思を尊重しつつ保護すべく、保護作戦の全体を人類自らの主導によりて実施することを提案せり。驚くべきことに、彼女達はそれに際し、かつて地球に侵攻を試みたる二つの強力なる軍事種族に対しても協力を依頼せり」
「両種族の星系は地球において固有の名称を有せざるが故に、それらが観測される天球領域から、銀河系中心方向の種族は〝射手座人〟、外周方向の種族は〝牡牛座人〟と命名せられたり。この命名法は、地球において〝空想科学小説〟と称される啓発的文学領域の、有名なる一作品において発案されしものなり」
「〝射手座人〟は人間大の蟷螂、〝牡牛座人〟は子象の如く巨大なる蟹に類似せる種族なり。地球侵攻の当時、彼女達は〝剣の王〟の干渉により遺伝形質や技術・文化を操作され、また情報の独占と統制を伴う恐怖政治に陥りて、中枢種族の基準では〝模範的〟なる軍事種族、即ち恐るべき好戦性と冷酷性、そして高度な知性を兼備せる戦闘種族へと変貌しつつありき」
「〝射手座人〟は成育の過程で数十名の子供達のうち数名しか残らず、場合によりてはその親、多くの場合は比較的弱き男親も犠牲となるほどの過酷なる淘汰を受け、星系外進出のための戦士として育成せられたり。〝牡牛座人〟は生涯に数度の自然的性転換を行い、平時には多くが単独でも定期的に産卵する女性、環境悪化時には多くが凶暴なる男性となりて軍事的な勢力拡大を推進し、その複雑なる生体機構から性転換の制御も困難という種族へと、改造せられたり」
「彼女達による侵略の危機を経験したる後、その実態を知りたる汝等人類は、彼女達への恐怖と嫌悪を込めて、〝死神〟及び〝獣〟の仇名で呼称せり。然し、〝剣の王〟によりて自らの発展段階以上の軍事技術を与えられし彼女達は、侵略活動の挫折によりて、治下の星系における人口爆発と内戦による自滅の危機に直面せり」
「〝大戦〟時の困難なる状況下において両種族への対処に悩みたるアモンに対し、人道的見地から彼女達への救援計画を提案せし者は、未だ内戦の傷も癒えざりし人類の政府なりき。創意と先見性に恵まれし人類は、かかる種族が存在せる場合の対処をも予想する〝空想科学小説〟を既に創作せり」
「同政府はこれらを参考に、両種族の承諾と新帝国の技術支援を得て、無害なる寄生遺伝情報体を媒体とせる遺伝子治療を実施し、彼女達の体質改善に成功せり。〝射手座人〟の一回の産卵数は、解禁されし避妊を実施せざる場合でも平均二個未満に低下し、彼女達は過去の自種族の文化の非人道性を認識する苦痛に耐えてこれを克服せり。〝牡牛座人〟は、温厚にして定期的産卵を要せざる両性具有あるいは〝中性〟の体質を獲得し、その穏やかで堅実なる情愛を人類に対して表現せり」
「地球政府は次に、自ら体得せる新帝国の社会工学に基づきて、文明発展に対応せる分権的な政体及び政策の雛形を作成し、両種族に提案せり。同政府はまた、かかる統治を実現せしむべく、個人の尊厳を最高の価値とし、自由・民主・平和主義的手段によりて社会的利害を調整し得る人材を育成すべく、効果的・実践的な教育技法をも提供せり。この救援計画は大成功を収め、両種族は最小限度の負担において社会の安定化と持続的発展への移行を達成せり。両種族は人類に感謝の意を表明し、三種族はこれを契機として、親密なる友好関係を構築せり。〝先帝〟保護作戦における両種族への支援要請は、彼女達の能力を平和目的に発揮せしめつつ、かかる協力関係を一段と強化する意義を有せり」
「両種族の支援を受けて、保護作戦もまた予想以上の成功を収めたり。作戦地域となりし中米の密林において、人類からなる救出部隊を武装勢力過激派の兵士達が襲撃せんとしたる瞬間、光学迷彩を施せし第三の部隊が樹上から音もなく彼女達を捕捉せり」
「〝射手座人〟達は大鎌の如き強化戦闘肢を一閃させて襲撃隊員達の電磁銃を両断すると共に、作業肢を以て彼女達を優しく、然し力強く拘束せり。器用さを併せ持つ戦闘肢は自爆用爆弾の回路をも切断し、携帯翻訳機は〝戦闘を止め、平和への希望を持ち、降伏されよ〟と呼び掛けたり。作戦地域周辺に展開せる〝慈愛の王〟の地球型分離個体群もまた、指揮命令・自爆信号用の通信を逆探知・妨害され、次々と拘束または撃破せられたり。この模様を作戦本部から見守りたる人類側責任者及び理事種族の観察員達は、〝射手座人〟がもはや〝死神〟には非ずして、人類の心強き友好種族となりたることを確認せり」
「一方、〝先帝〟分離体直近の護衛部隊は、前方に敷設せる対人地雷が次々と爆発したる後、巨大なる多脚の〝怪物〟達が迷彩を解除して出現し、戦車の如く地を響かせて迫り来る光景に驚愕せり。〝牡牛座人〟達の装甲宇宙服は正面及び側面が力場によりて強化され、電磁銃による攻撃をも悉く撥ね返したり。攻撃隊員ほど狂信的ならざる彼女達は速やかに降伏し、指示に従い武器を捨てて地面に横たわりたるも、直後に到着せる救出部隊が彼女達に覆い被さりしまま動かざる〝怪物〟達に慌てて取り付き、救助活動を開始せる光景に困惑せり」
「〝牡牛座人〟の宇宙服は設計通り地雷の爆発にも耐えたるも、衝撃によりて多くの兵士達の温度調節装置が故障せり。然し、彼女達の交戦法規によれば組み敷かれざる敵兵は未降伏とされ、同僚達に攻撃される恐れが存在せり。故に高温高圧の惑星に居住せる彼女達は撤退することなく、予想以上の地球の〝酷寒〟のために半ば意識を失い、生命の危機に陥りつつも、地球人捕虜達を守るべく拘束を継続せり。幸いにも、負傷者達は全員が治療を受けて完全に回復し、後に地球と母星のみならず、新帝国の政府からも表彰せられたり。〝牡牛座人〟の兵士達もまた、自らの危険を顧みず自種族の勇敢にして誠実なる資質を実証せり」
「当時は作戦の詳細は公開されざりしも、以後のさらなる種族間協力や一部事実の報道によりて三種族間の友好は一段と進展せり。人類は再び、その有名なる〝空想科学小説〟作品における命名法に習いて、鈴虫の鳴声の如く美しき音声言語を特徴とする〝射手座人〟に〝歌い手〟、多数の歩行脚と作業肢を使用せる洗練されし補助的言語を有する〝牡牛座人〟に〝踊り手〟の愛称を与えたり。両種族はこれに応えて、多様かつ繊細な言語を活用する人類に対し、各自の言語で〝語り手〟の愛称を与えて答礼せり。三種族は協力して周辺宙域の開発に貢献し、その親しみ易き愛称は、宙域内の他の種族からも親愛の情を以て使用されるに至れり」
(6)〝三位一体〟
「三種族間における人道的価値観の共有及び友好協力関係の進展は、我等理事種族を含む先進諸種族に、大いなる感銘を与えたり。周知の如く、現在〝射手座人〟及び〝牡牛座人〟は人類に続き部分的種族融合を承認され、漸進的なる完全融合化の途上にあり。彼女達は汝等と同様に、帝国議員選挙権及び他星域における共同開発への参加資格に加え、多種族からなる複合分離体への参加資格も付与せられたり。新帝国政府は、この資格に基づきて汝等三種族の部分的融合体が各々分離体を派出し、オリオン腕内側宙域における文明開発の中心たり得る複合分離体、通称〝三種族複合体〟、あるいは〝三位一体〟を形成することを承認せり」
「また従来、三種族の後見種族には星域防衛の必要からアスタロト及びアモンが任命されしが、既に本土防衛長官としてその任にあるアモンに代わりてサタン及びアスモデウスが加入し、〝三種族複合体〟にも顧問団を派遣して、汝等に行政・産業分野も含む本格的支援を提供することが決定せられたり」
「彼女達はさらに、汝等の宙域開発を支援すべく、様々な温度・気圧・重力・輻射や化学的条件に対応せる、可能な限り多種類の異星環境適応個体及び分離個体の形成技術を供与せり。旧帝国の時代には、他星系における環境改造と適応の実績が少なき種族に対し、かかる技術を提供することは異例の措置なりき。然し、今や〝未来あるもの〟を新たなる中核に加え発展を遂げつつある新帝国において、上級軍事種族による先進技術の独占は終焉を迎えたり」
「汝等は、知的種族に対して実に様々なる〝変身能力〟を与え得る先進技術に驚きたらん。また、かかる技術が悪用・誤用されて犯罪や事故の原因となり、あるいは逆に利用者が余りの快適さ故に復帰を拒む等の、弊害を案ずる見解もあらん。然し、創意に溢れる汝等人類は既に、様々なる科学的予測や〝空想科学小説〟において、新たな技術がもたらし得べき問題を考察し、現実の世界においてもその解決に成功せり。今回の技術移転に関しては、我等もまたその副作用を除去すべく、同時に各種の制度的・技術的安全対策を提供せり。故に我等は、賢明なる汝等が必ずや、自身と星間社会のさらなる発展のためにこの技術を活用し得るものと確信せり」
「近年この確信を実証するが如く、人類を含む〝三種族複合体〟は初期事業の一環として、同技術による自らの基本的分離個体の開発に成功せり。この個体は〝射手座人〟の敏捷性及び〝牡牛座人〟の強健性、人類の繊細なる感覚及び意思疎通能力を兼備しつつ、各自の母星を含む様々なる惑星、さらには限定的ながら母星近傍の宇宙空間にも適応し得る、優秀なる基本形態なり」
「この個体の開発はまた、〝三種族複合体〟の各種族に対し、部分的種族融合の達成に続きてまた一つ、先進種族としての要件を贈与せり。この形態は地球においては〝大海老〟の愛称で親しまれたるが、周知の如くこの名称も、有名な〝空想科学小説〟の連作に因みしものなり。従来、我等は汝等三種族及び〝先帝〟分離体の安全を慮りて、〝先帝保護事件〟の詳細部分を公開すること能わざれども、かかる人類の一大関心事につきて今回、漸く真実の公開を為し得たることを大いなる喜びとするものなり」




