第七章 アミー 2(1)~(2)
2 先帝保護事件
(1)〝悪魔〟
「〝融合体蜂起事件〟及びその二つの解決手段と同様に、〝先帝保護事件〟及びそれに関する三つの重要事実につきても、新帝国政府は公表を留保せり。我等は従来、〝大戦〟初期における地球内戦の終息後に初めて、中枢種族〝慈愛の王〟が地球に秘匿せし〝先帝〟分離体の存在が推認され、〝大戦〟後に人類政府の仲介によりて分離体の保護とサタンへの帰化的種族間融合が実現したるものと説明せり」
「然し第一に、我等は既に内戦勃発直後において、地球における分離体の存在を推認せり。第二に、当該分離体が行いし種族間融合は、実質的にはかつての同胞との再統合なりき。第三に、当初は中枢種族〝剣の王〟に利用され、分離体の奪取を図りたる二つの種族が、先帝保護に際しては人類を支援して、多大なる貢献を果たしたり。我はこれより以上の事実につきて、可能な限り時系列に従いつつ説明を行うものなり」
「現皇帝サタンは、愛情深き種族なり。彼女は文明開発省に在職したる当時、担当宙域の一部が発展を遂げて中心星域へ移管されし後も、自ら育みたる種族を案じ、若しその一つが星間紛争に巻き込まれ、危機に陥りたるが如き場合には、自ら後見種族となりて、その保護を図れり。然しまた彼女は、汝等太陽系第三惑星〝地球〟の人類に対し、特別に深き親愛の念を抱くものなり」
「その第一の理由は、汝等が彼女と同じく、樹上生活を営む雑食性動物から進化せる種族なるが故に、彼女が自らの進化・進歩の過程を参考として、汝等による文明の獲得と発展を支援せしが故なり」
「第二の理由は、汝等は、彼女がその側近アスモデウス、アスタロト及びアモンと共に、彼女自身が考案せる段階的な秘密観察支援方式によりて文明の発展を助け、最も成功を収めし種族なるが故なり」
「さらに、従来は語られざりし三番目の理由として、汝等は彼女が帝国の国家体制を模したる設定の伝承説話によりて発展を支援し、大いなる成果を収めたる種族なりし事情が存在せり。この伝承説話とは〝神話〟即ち、超自然的な人格または法則への対応が好悪の結果を導くとの体系的想定によりて、一定の社会規範を普及し、また社会活動を促進する、発展途上種族への文明支援手法なり」
「かかる伝承説話は、自然科学的に証明が不可能という意味においては〝空想〟に分類すべき知的活動なり。通常、知的生命活動なかんずく文明活動は、客観的な事実の認識によらざれば継続は困難と思われん。然し意外にも〝空想〟もまた、文明活動の中で重要な役割を担い来たれり」
「例えば、科学者・技術者による社会的な事実認識の分野において、仮説を導き法則・理論等の事実に至る推論と、純然たる空想の間には連続的なる部分が存在し、最終的に両者を分かつものは、以後の追試や他種の実験・観測との照合による確認、さらには発生機序の科学的解明なり」
「また、制度・政策等の社会的な意思決定においても、法律と共に効率・公正を図るべく用いられる権利・義務・法人格等の〝法律概念〟や、貨幣制度が一定規格の金属片・紙片・電子情報等に与える〝貨幣としての価値〟は、空想そのものなり」
「勿論、社会において個人や組織が営む経済・社会活動、即ち社会的な現実行動においても、事前予測の基礎になる推論と、空想との境界には曖昧な領域が存在せり」
「さらに、経済・社会活動のうち文化的な活動においても、空想は不可欠なり。経済・社会活動の中には、生命維持に直接的には必要ならざるも、知的生命活動にとりては必然的かつ有益なる、文化的活動が存在せり。即ち、感覚的な刺激に基づく芸術や、意思決定に至る過程を楽しむ知的遊戯、身体運動を主体とせる運動競技なり。空想は、それらそれら文化活動の創作・実施においても欠くべからざる要素なり」
「〝文化〟と言えば、高度な技術を有する知的生命活動様式、即ち〝文明〟に対し、これを持たざる原始的な活動様式をさす場合も存せり。然し、ここにおける〝文化〟とは、かかる活動の時代より営まれ続けし基本的・根源的な活動様式という意味にして、決して非文明性を意味するものに非ず」
「この、直接的には必須ならざるも、必然的にして有益なる文化活動は、文明時代においても重要なる地位を占め、文明活動の一分野を構成するものなり。高度技術が生み出す新文化が人々に娯楽や教養を提供しつつ、関連技術の開発を通じて他の実用技術の発達に貢献し、また企業活動の目的や文化行政の対象ともなり、さらにはその文化が形成・普及する社会的価値観が制度や政策、ひいては次なる技術革新にも影響する等の波及効果に鑑みれば、その大いなる意義は明らかなり。即ち文化活動とは、経済・社会活動の中でも実利活動の両輪たる産業活動・行政活動と並び、または重なりて存在する、第三の車輪とも称すべき文明活動の一大領域なり」
「〝神話〟と称される伝承説話もまたかかる文化活動の一環であり、知性がもたらす無制限的欲求を空想によりて昇華・制御することにより、人々の安心と満足及び社会性を向上せしめ、また芸術・教育・福祉活動等、他の文化及び経済・行政活動の基礎を提供する効用を有せり。その活動は過去幾多の初期文明の発展に寄与せしが故に、帝国の文明支援手段としても有望視され、殊に帝国の統治を象りし伝承説話は、将来における帝国との公式接触にも好ましき影響を与えるものと期待せられたり」
「当初サタンは旧来の伝承説話に加え、より明確なる善悪二元論に基づく説話を導入し、人類の社会性を増進せしめんと図れり。この時、我が前身種族ウォフマナフの分離体は、科学省から研究及び視察のために派遣され、地球に滞在中なりき。彼女は自身とアスモデウスの名称が、対象地域の言語における善神・悪神の名称に酷似せることを発見し、生来の稚気を発揮して、両名にその役割を演ぜしむべくサタンに提案せり。両名は各々自らの名を持つ役を熱演し、この計画は成功裡に終わりたり。然し、愛する人類のさらなる発展を求める一方、悪役となりし副長官を気の毒に思いたるサタンは、次の地域においては先帝を模せる善神と、自らの名を有する悪魔とが対立する設定を採用せり。この計画はさらなる大成功を収め、説話は支配的地位を獲得せり」
「この説話における悪魔と長官の名称一致の問題は、後世の文学等による悪印象の緩和措置や、公式接触の時点における情報開示によりて解消されるものと期待せられたり。然し〝大戦〟の不幸なる経緯から、その符合が中枢種族の工作員による政治宣伝に利用され、地球における内戦の一因となりしことは誠に遺憾なる事実なり。ウォフマナフの種族複製後、その後継種族たる我アミー及びヴォラクもまた、政治宣伝の悪影響を除去すべく天使アスモデルの創作等の改善策を試みたるが、残念ながら当時は失敗に終われり」
「然しながら、かかる説話の意義は先述の如く、人々に精神的な安息や慰撫を与え、博愛・謙譲・勤勉等の社会的美徳を普及し、また他の様々なる文明活動の基盤を提供することにあり。汝等はサタンの提供せる〝知恵の果実〟、即ち科学・技術や制度・政策に加え、以上の如き文化的支援をも活用して、自らの創意を発揮し、試行錯誤を経つつも見事に優良なる資質を開花せしめたり。我等は汝等が、かくも偉大なる文明発展を成し遂げたる事実に対し、賛嘆と喜びの念を禁じ得ざるものなり」
「勿論〝神話〟に基づく活動はその性質上、科学の発達や社会・価値観等の変化に伴いて、解釈の変更や政治との分離を求められる場合も存せり。我等もまた、汝等が新帝国の成立を受けて実施せる支配的伝承説話の補遺に対して、謝意を表したり」
「然し、我等はただ中枢種族による政治宣伝の悪影響を中和ためにのみ、神話の解釈変更を歓迎せしものにして、他種の解釈や説話に基づく活動を制約するが如き政策は一切採用し得ざるなり。また、教義の科学的修正や政教分離を求められるとも、説話が超自然的存在を前提とし、またそれによる活動が他の活動と生産的競争を行いて文明発展に貢献し得る限り、〝神話〟に基づく文化活動はなお継続が可能ならん」
「我等理事種族は、かかる伝承説話が狂信・妄信及びその誘導による科学・技術の否定や、説話本来の趣旨を損なう反社会的行為、例えば詐欺的事業、政治的策謀、差別・迫害等に悪用されざる限り、今後もそれらに基づく諸活動を抑圧する意図はなきことを、ここにあらためて宣明するものなり」
(2)〝聖霊〟
「〝先帝〟を傀儡化せる中枢種族が、サタンの文明開発計画にも干渉を加え、〝未来あるもの〟即ち先進種族の発展を歪めて軍事種族の育成を図りし事実が判明したる時、彼女はこれを止ましむべく、中心星域に赴きて公開請願を行いたり。然し一部の中枢種族は、責任の所在を巡る抗争を奇禍として他の〝歴史あるもの〟即ち先進種族をも淘汰すべく、〝大戦〟の始まりとなる〝銀河系内戦〟を勃発せしめたり。帝国の無政府状態化及び先帝の消息不明を知りたる彼女は、止むなく新王朝の設立を宣言し、バールゼブルとアスタロトに中心星域の平和回復を命じる一方、自らは状況説明と協力依頼のため、アスモデウスとアモンを伴いて開発途上星域に帰還せり」
「サタンは帰還後、両名と共に各星系へ分離体を派遣せるも、この際は特に〝地を統べるもの〟、即ち惑星統一段階に到りて間もなき、汝等人類の安全を案じたり。然し、当時の帝国情勢は全く予断を許さざりき。中枢種族は皇帝領周辺において乱戦状態に陥りたるが、その他の中心星域においても、この機に乗じて分離独立や勢力拡大を目論む種族が続出せり。途上星域においても、開戦以前より潜伏せる彼女達の工作員が星間紛争を誘発し、同地を抗争に巻き込む恐れが存在せり。然しサタンは、若し自らが叛徒として討たれし場合には関係種族に累が及び、特定種族への保護はその種族を関係種族とする危険を伴うが故に、地球自体には高度な防衛措置を講じ得りき」
「然しながら彼女は、自ら悪役を演じてまでも汝等を星間社会の名誉ある一員と為すべく、その育成に尽力したる種族にして、最も汝等を愛し、また汝等に愛されるべく望みたる種族なり。故に、途上星域を離れて次の訪問地たる銀河系外周星域に到着したる後、観測衛星を通じて地球内戦の勃発を知りたる彼女は、これを防ぎ得ざりしことを甚く悔やみ、心を痛めたり」
「この内戦は、サタンによる訪問以降、新帝国支持に傾きたる世論と地球政府に対して批判的な者達が、〝悪魔狩り〟を標榜して遠隔地から次々と政府管理下の核兵器を暴発させ、あるいは核反応炉を暴走せしめたることを契機として勃発せり。現在の常識からみれば、かかる破壊活動は中枢種族の工作員が有する遠隔素粒子操作兵器にのみ可能なることは明白なり。然し当時の地球は大混乱に陥り、各地で半ば暴徒化せる人々が、軍隊や治安組織から流出せる武器により凄惨なる戦闘と殺戮を開始せり」
「当時アモンは、中心星域において平和回復作戦に従事せるアスタロトと同様に、自らの分離体をサタンの護衛兼外周星域への軍事顧問として同行せしめたり。彼女の本体は開発途上星域に留まりて、〝海を渡るもの〟即ち恒星間を航行し得る途上種族の協力を確保し、中心星域種族の進出を警戒する作戦に従事せり。然し、この作戦のためアモンが配置せる監視拠点からも、さらなる凶報が届きたり。即ち、未確認の二つの〝海を渡るもの〟の艦隊が、太陽系に対して中心・外周星域の両方面から地球を挟撃すべく侵攻したるなり」
「かかる危機的状況のもとで、人類が直面せる内憂外患の解決に貢献せし者はストラスなりき。彼女はサタンに遅れて異なる経路で外周星域方面に向かいつつ、秘かに分離体を展開して途上星域の詳細なる情報を収集せり。その結果、二つの種族を侵攻せしめたる黒幕は〝剣の王〟の分離体と判明せり。この分離体は文明開発省の現地職員を脅迫・買収し、あるいは殺害後に自らの偽装個体を配置せり。これにより分離体は報告を偽造しつつ、〝河を越えるもの〟、即ち惑星間航行段階にある両種族の出生率や文化、技術を操作して攻撃的軍事種族に改造し、さらには恒星間侵攻艦隊までも建造せしめたるものなり」
「この分離体は〝大戦〟の勃発を受けて、以前から地球に潜伏せる〝慈愛の王〟分離体に対し、暗号通信を以て侵攻艦隊の派遣を通告すると共に、彼女の降伏と地球に秘匿せる〝先帝〟分離体の引渡しを要求せり。これに対して〝慈愛の王〟分離体は〝先帝〟分離体の存在を否認しつつ、自らを複数に分割し脱出を図りたるも、同様に分かれたる〝剣の王〟の武装分離体に捕捉・攻撃せられたり。ストラスは彼女達の通信を傍受・解読し、位置を特定して、アモンに通報せり」
「アモンは彼女達を拘束すべく艦艇を派遣せるも〝慈愛の王〟分離体は既に全滅し、〝剣の王〟分離体もまた降伏を拒みて戦闘を継続せしが故に、悉く破壊せられたり。地球上には〝慈愛の王〟分離体の残余が隠れたるも、アモン艦隊が到着せるや逃亡を試みたり。彼女は自らの脱出のため、遠隔操作によりて地球上の核兵器を次々と暴走せしめつつ外惑星方面に逃走せり。然し、これを見破りしアモン艦隊は彼女を追跡・発見して破壊し、地球内戦は徐々に終息せり」
「地球に接近中なりし二種族の艦隊に同行せる、〝剣の王〟分離体の残余は作戦の失敗を知り、機密保持のため両艦隊の指揮要員の抹殺を図りたり。然し彼女達は、間一髪で到着が間に合いしアモンの艦艇によりて、いずれも撃破せられたり」
「両艦隊はアモンの勧告によりて地球侵攻を中止したる後、〝剣の王〟から与えられし情報を彼女に提供せり。この情報によれば、〝慈愛の王〟が地球に〝先帝〟分離体を秘匿せしことは確実なりき。また、〝慈愛の王〟分離体の撃破宙域において彼女と思しき残骸は発見されざりしが故に、彼女は依然として少数の〝慈愛の王〟分離個体群と共に、地球に潜伏せる可能性が示唆せられたり。この分離体は、かつてサタンが地球において普及せる神話の内容に因みて、〝聖霊〟と呼称せられたり」
「外周星域から急ぎ戻りたるサタンの分離体及び、その護衛として彼女に随行せるアスタロトの孫分離体は、危機の回避を知りてアモンと共に安堵せり。若し単一の中枢種族が、〝先帝〟及び人類を傀儡または人質と為せる後に周辺宙域の支配権を奪取し、あるいは星間戦争を誘発後、その混乱に乗じて逃走を図りたるが如き場合、我等は交渉及び作戦上、極めて困難な選択を迫られしところなり。最悪の場合、我等はさながら〝死の天使〟の如き役割を強いられ、甚大なる派生被害を生じたる上に、第二の弑逆者と呼ばれる恐れさえ存在せり。汝等を初め発展途上種族を深く愛し、また先帝から大恩を受けし彼女達にとりて、かかる結果が堪え難きものとなることは、言を要せざる事実なり」
「然し幸いにも、二つの中枢種族の分離体は共倒れの如く壊滅し、関係諸惑星も戦災を免れて、地球政府は正式に新帝国への参加を決定せり。旧帝国系の武装組織は残存せるも、破壊工作は事実上後を絶ち、以後の調査によりて〝先帝〟分離体の健在も推定せられたり」
「〝聖霊〟を拘束せる〝慈愛の王〟の生存個体群は少数となりて、その影響力は著しく衰えたるが、彼女はなおも沈黙を守り、〝大戦〟の帰趨と新帝国の実態を見極めんとせるが如し。サタンもまたさらなる調査を行いつつ、〝先帝〟本体の安否不明及び地球の安全に対する配慮から、当面の間は〝先帝〟分離体に関する事実の公表を見合わせ、性急なる強制措置は実施せざる旨を決定せり」
「自らを捜索する新帝国の実力と正当性を測りたき〝先帝〟の分離体と、〝大戦〟の終結までは彼女の存在を秘めたきサタン、そしてなお旧帝国の勝利と自らの救出に望みをつなぐ〝慈愛の王〟の分離個体群という三者の利害は一致して、地球上では暫くの間〝奇妙なる平和〟が到来せり」




