第七章 アミー 1(9)~(10)
(9)アスモデウスの努力
「事件において噂の対象となりしアスモデウスの名誉のために述べれば、彼女は情熱的にして精力的なるも、決して直情的で強欲な種族には非ず。寧ろ彼女はその不器用さを、地道な改善への努力によりて補い来たる種族なり」
「彼女の祖先は乾燥著しき惑星で進化したる蜥蜴類似の生物にして、その強靭なる表皮と有毒の歯牙を武器として捕食を免れ、水資源を確保する努力の過程において文明を得たる種族なり。彼女は旧帝国への加盟時には、その身体の強健性から軍事種族に認定せられたり。然し彼女は代謝率・出生率及び攻撃性が低く、またその長き寿命と高き知性から、相互扶助を通じて複数世代にわたる幸福と繁栄を求める文化を有する種族なりき」
「彼女は闘争心の不足から戦闘種族には不適格とされ、後方支援業務に転任せり。彼女は補給・整備・建設や医療の任務を通じて関係種族の活動に貢献しつつ、進歩の階梯を上昇せり。然し、鋭敏な経営感覚を有する彼女は既にこの時、旧帝国の拡大と繁栄を支えたる軍事的競争政策が、銀河系という環境的限界への到達によりて、危険なる過当競争と過剰破壊による〝外部不経済〟の状態に陥りつつあることを見抜きたらん。彼女は後に自らの言語で、当時の旧帝国社会の様相を〝おぞましき卵喰らい〟の状況と表現せり」
「彼女は軍事種族としての経験を活かし、生体情報工学による文明発展支援を業務とする、産業種族に転身せり。当初彼女は先進種族〝歴史あるもの〟を顧客とし、他星系への植民段階たる〝適応自在なるもの〟の他惑星適応形態や、惑星移動段階たる〝星を動かすもの〟の広域適応形態、さらには種族融合段階たる〝心ひとつなるもの〟の各種分離個体を設計・提供し、その優秀なる業績から産業種族初の種族融合体へと昇格せり。然し、個々の上級種族を対象とする事業は彼女達の抗争に巻き込まれる危険をも招来し、彼女は複数の活動拠点において脅迫あるいは破壊工作を被りたり」
「彼女は再び方針を転換し、帝国の未来を担う発展途上種族への教育・医療支援活動や、最先進種族の人格形成に影響する種族融合化措置等の政府計画事業に重心を移行せり。彼女はこれを契機として科学長官ストラス及び文明開発長官サタンを知り、後者の副長官となりて帝国の実情を認識すると共に、上司の理念に共感し、新帝国の設立に加わりて現在に至るものなり」
「彼女がサタンと共に実施せる文明支援施策の効果によりて、〝大戦〟においては多くの中心・途上星域種族が中枢種族間の相互殺戮への関与を免れ、新帝国に参加することを得たり。即ち、彼女こそは正に、サタンが追求せる〝全種族のための文明発展〟への最も大いなる民生上の貢献によりて、現在の地位を得たる種族なり」
「彼女は現在、旧帝国系軍事種族に対し、産業経営種族への転身を援助する計画を実施しつつあり。また、これと平行してサタンは行政・技術種族、グラシャラボラスは産業労働種族への移行を支援する計画を実施中なり。サタンにおける惑星滅亡の危機からの復興や、グラシャラボラスにおける好戦的種族からの脱却と同様に、彼女の数々の失敗と努力を重ねたる成功の歴史は、旧帝国系の軍事種族に対し、挫けることのなき希望と、繁栄に向かう方策の好例を示すものとならん」
「さらに述べれば、アスモデウスは覇権を求める種族にも非ず。我思うに、彼女の本質は政治においてもあくまで産業種族にして、需要と供給との仲介を身上とせるが如し」
「即ち彼女は、上級種族に悪用されざる文明発展や技術の善き担い手を求める途上種族及びストラスのために、それを可能とする技術官僚種族、〝知恵の光をもたらす者〟サタンを補佐せり。また厳格なる階層社会や堅牢なる外骨格の故に、共感の醸成や感情表現を苦手とするバールゼブルと他の旧皇帝領種族には、感情的な交流を悪用せずして相互理解に役立てる際の手本となる、〝純真侯〟グラシャラボラスを紹介せり。加えて、中央政府の差別的政策に悩みたるベール達外周種族に対しては、自らも混血の種族にして種族間融和政策の第一人者、〝美麗公〟アドラメレクを派遣せり。さらに、中枢種族による専制統治の崩壊によりて混乱せる中心星域種族のためには、種族の形式的な属性に拘らず公正なる秩序回復を為し得る艦隊総司令官、〝正義公〟アスタロトの就任を支援せり」
「例えて言うなれば、彼女は権力的な行政機構を形作る金字塔の頂点というよりは、多様な星域や種族を結ぶ網の目の結び目の如き存在を目指したらん。この網の目はあたかも球面上に広がるが如く、結び目のみを見ればそれが中心なれど、他にも同様の結び目が存在し、各々が対等の関係にして、一個が損なわれるとも網の目全体の機能は失われざるなり。かかる組織形態は、国家機構においても学ぶべきところを有せり」
「勿論、殆どの組織体は階層性を有し、特に政府は社会全体に及ぶ意思決定とその実現を目的とせるが故に、職階制度は不可欠なり。然し、文明の発展に伴う制度・政策の巨大化と分権化の潮流は、帝国組織全体に渡る金字塔の傾斜の緩和、即ち専制的・集権的組織から民主的・分権的組織への移行を要請せり。それは、必要とあらば膨大なる数の種族や個体を動員し得るが、その場合でもより迅速かつ適正に、各分野・各階層において事前点検・事後改善を行い得る組織なり。即ち、耳目や手足が行う認識・作業労働を自動機械に委ね得る分、人的資源をより良き政策の立案と実施に振り向けて、いわば多数の脳・神経系細胞を有する一個の頭脳を形成し得る組織なり。またそれ故に、かかる細胞に粗略な扱いは許されず、人的資源の資質・待遇の向上、及び活用が不可欠とならん」
「既に新帝国は憲法によりて、各星域及び種族・個体の自治と平等、全ての種族への文明発展支援、政治・経済的自由及び収奪の禁止等を保障せり。さらに現在、選挙によりて最高決定権者が交代する、民主制国家への移行もまた準備せられつつあり。かかる国家においては、貴族制度の如く永続的な、現行の位階・公職制度は撤廃され、民間の産業・技術種族との対等なる協働も求められん。今後行政を指導する政治の分野において、新時代の〝全種族による文明発展〟を促進するに際しては、人道的な手段による資質向上の実務に長け、強権行使に頼ることなく文明の維持・発展に貢献し得る、アスモデウスの如き種族の重要性はさらに高まるべし」
(10)アドラメレクの寛容
「アドラメレクもまた、私心なき種族なり。彼女を動かすものは権勢欲に非ずして、混血種族たる彼女が自ら成就せる、〝異種族間の融和〟がもたらす福利を、他の全種族にもまた分け与えんと欲する、社会的使命感と自己実現の欲求ならん。即ち、アスモデウスが経済的手法を活用して種族間の政治的対立を相対化する種族なりとせば、アドラメレクは技術的・文化的創意によりて種族間の生物学的・社会的障壁を超克する種族なり」
「星間社会の文明発展は、事実上〝酸素・炭素系〟〝軍事〟〝融合体〟種族を意味する中枢種族の専制支配から、かかる画一的な区分に隔てられることなく、種族間複合体を含む様々な種族や個体が共に社会に参画し、その貢献に応じて評価される、自由にして民主的な統治への移行を要請せり。即ち、彼女がその地位と評価を向上せしめたるは、彼女自身がそれを求めたるが故に非ず。旧帝国の失敗が招きたる〝大戦〟の悲劇と、その克服による国家の拡大再編成を経て、時代が漸く彼女に追いつきたるものというべし」
「我が彼女による反逆の噂を流布したる際、とある情報産業種族が彼女の融合体に対し、噂に関する彼女の見解を求めたり。彼女は、以下の如く回答せり」
「即ち、『現皇帝サタンは帝政廃止の決定に際し、我等全ての理事種族に対してかく語れり。〝技術革新による社会変化の潮流は、不可抗的かつ不可逆的な過程なり。故に、技術を正しく用いて福利を享受するに相応しき、資質の向上に失敗せる者達を多数生み出して放置すれば、必ずや文明は衰亡せん。また、かかる向上を成し遂げたる者達に対し、然るべき責任と権限を分与して活用し得ざれば、やはり文明は衰亡せん。高度文明の発展に際し、人的資質の向上及び分権化は抗い得ざる要請なり。我は新帝国種族が、民主化に十分なる資質の向上を達成せるものと確信せり。故に我は文明の存続と発展のために、必要とあらば我自ら最悪の皇帝を演じて滅ぼされるとも、我が治世において必ずや軍事的専制体制を廃絶する所存なり〟と』」
「『旧帝国の崩壊や新帝国の復興状況に鑑みれば、もはやその理論にさらなる検証は不要にして、万一サタンに代わり他の種族が推戴されるとも、同じ選択を為さざるを得ざらん。然し、我は不真面目な種族にして、彼女の如き覚悟までは抱き得ざれば、寧ろ同等の努力を以て、彼女あるいはその不運なる後継者をかかる選択より免れしむべく、側面からの支援に全力を尽くすことを選ばん』と」
「また、そもそも彼女は当時反乱を企てるまでもなく、既に多数の新帝国種族が、民主化後の国家指導者の有力候補として挙げし種族なり。故に先述の如く、我が流布せし噂には蜂起の真相に関する報道・取材を回避する以上の効果はなく、彼女への実害は皆無にして、この点もまた我が彼女を噂の対象に選びたる理由の一つなり。我は将来行われるべき選挙に向けて、発展段階の如何を問わず、彼女の如く種族間融和・文明育成能力の高き種族が多く輩出されるよう期待するものなり」
「因みに、アドラメレクの功績の多くが、最初に彼女の星域間任務を成功に導きたるベール及び外周星域種族に対する深き情愛から生まれたることは、否定し得ざるが如し。〝アンドロメダ戦役〟や〝融合体蜂起事件〟における彼女の数々の貢献につきても、彼女がベールの願うゴモリーとの友好や事業宙域の安全を叶えんと欲せしことが、何よりも大いなる動因となりたらん。現在、ベールと彼女が正副長官を兼任せるアンドロメダ銀河〝外縁領域〟の非酸素・炭素系先住種族と、ゴモリーが指導せる旧帝国系種族の間において、急速に交流が進展しつつあることもまた、かかる背景のもとで理解すべきなり」
「然しまた、前述の如き彼女の性格から、今やアドラメレクは中央星域種族と外周星域種族のみならず、新帝国の初期加盟種族と旧帝国系の後発加盟種族、〝歴史あるもの〟即ち先進種族と〝未来あるもの〟即ち発展途上種族、さらには銀河系種族とアンドロメダ銀河種族をも結ぶ、異文化間の架け橋の役割を果たしつつあり」
「もっとも一部の種族内には、新国家の発展による社会の均質化と開拓地の消滅によりて、彼女の如き種族は将来無聊をかこつこととならんとの予想も存在せり。然し新国家には今後も、アンドロメダ銀河〝中間領域〟の開発に伴う異文化接触等、星域間交流の進展に伴う文化摩擦の問題は発生せん。また、経済取引の活発化に伴う格差の発生と拡大、種族融合体の増加による社会構造変化等の課題も次々と到来せん。さらに加えて小銀河群の開発、さらには局部銀河群外の探査に伴う他文明との接触も予想されるところなり。少なくとも当分の間、アドラメレクは多忙を極めることとならん(微笑)」」




