第五章 アスモデウス 5
5 二大外周種族についての抗弁
(1)ベールについての抗弁
「第五に、アドラメレクは裏切者に非ず、ベールもまた不満分子には非ざりしなり。アドラメレクは二つの種族が同一の惑星上で発展して一種族となりし混成種族なるが故に、異種族間の利害調整による文明発展支援を得意とする種族なり。彼女は文明開発省において優秀なる業績を挙げ、種族融合を達成したる後に、我が推薦によりて銀河系外周星域の副長官に任ぜられ、同地に赴きたり」
「彼女は中央から派遣され、内政上の拒否権を有する同星域の目付役というべき地位にあり。然し彼女は、種族的偏見とは無縁な各種の新技術・新政策によりて、中央からの妨害を巧妙に回避しつつ星域の発展に貢献し、長官ベールの厚き信任を獲得せり。〝銀河系戦争〟勃発の直後、サタンと我が状況説明と協力依頼のために外周星域を訪れたる際、ベールはアドラメレクの進言を容れて我等を保護せり。さらにその後、中枢種族による数々の犯罪行為が確認され、さらには同地駐留の帝国派遣軍を率いる中枢種族までもが、内戦を機にサタンを討滅し、任地を私物化して権勢を拡大すべく、外周種族への攻撃を開始せり。これを受けて、ベールは新帝国側での参戦を決定せり」
「アドラメレクはサタン及び我と共に、後に〝大避難〟と称される主要惑星群の避難を誘導し、ベールはその間、自らの兵力を以て派遣軍への足止めを実施せり。ベールは地の利を有するのみならず、我等と共に訪れしアスタロト・アモンの分離体からの作戦指導や、その後に来援せしストラスからの技術支援を得て、次々と戦術及び装備を更新・改善せり。彼女は〝外周星域の戦い〟全体を通じて戦勝を重ね、遅滞作戦を行いつつ反撃の時期を伺いたり」
「然し、ベールは液化気体からなる巨大惑星において、多種多様な生物が集合して一個の共生体を構成せる、いわば天然の種族融合体なるが故に、その兵力の損失は正に身体の一部を失うに等しき苦痛を彼女に与えたり。またその特質からくる豊かな共感能力から、中心星域種族に動員されし罪なき同胞はもとより、中心種族自体の犠牲さえもが彼女の精神に深刻なる打撃を与えたることは、当時秘せられし事実なり。加えて、帝国全体における戦争の帰趨は未だ判明せず、派遣軍への勝利がいかなる最終結果をもたらすかは寧ろ不安要因なりき。加えて、戦争の方針につきては彼女の姉妹種族からも様々なる意見が表明され、その中には後日の憂いを払うべく、サタンの身柄と引換えに派遣軍との講和を求めるものから、サタンを人質として戦後あり得べき新帝国への統合阻止、さらには完全独立を要求すべしと主張するものまでが存在せり。様々なる想定の中でも、彼女が最も恐れたる可能性は、アドラメレクが過激な姉妹種族に欺瞞あるいは強要され、サタンに助言してその者を新長官に任ぜしめたる後、共同して中心星域に逆侵攻する可能性なり。そこで彼女は、次の要望を副官に送信せり」
「即ち、『親愛なる副長官アドラメレク、銀河系外周星域長官たる我の願いは、中心星域種族と外周星域種族の対等なる友好的共存にして、一方が他方を武力によりて併呑するが如き蛮行に非ず。我は現下の戦いの目的もまた、この理想を実現し得る帝国の建設にのみ存するものと信ず。悲惨な戦闘は我に深刻なる苦痛と悲哀を与えしが、遠き宙域にありて同胞の避難活動に尽力せる汝の献身こそが、我にそれらを耐えしむるものなり。我は幾千の中枢種族からの援助の約定よりも、汝が我と共にあることを望まん。遠く離れし避難の旅路にありて、我が姉妹種族からは様々なる動議が発せられたらん。然し、汝が我と分かち合う理想は些かも揺るがざることを、我は固く信ずるものなり』」
「『数ある中心種族の中で汝こそが我が側近となりし事実は、我等にとりて明白なる運命の証左なり。旧帝国時代の中枢種族による不当な制約や、我が星域の酸素系種族が有せし不満は、汝の惑星移動技術や相互理解政策のみが改善し得たるものなり。それらは〝第一次帝国内戦〟時の虐殺による心的外傷を癒し、未来における両種族融和の希望さえも抱かしめるものなり。我は幾千の分離派諸侯からの同盟の申出よりも、汝が我と共にあることを望まん。我は母なる恒星の如く、いかなる種族にも分け隔てなき情愛こそが、新帝国の未来を築くものと確信せり。故に我は汝に対し、攻撃対象は我が星域の侵奪を図る犯罪種族に限り、くれぐれも将来において中心種族との全面衝突に至るが如き状況を招かざるべく、新皇帝に対し適切なる助言を行うことを願うものなり』と」
(2)アドラメレクについての抗弁
「アドラメレクはこの通信に対し、ストラスの秘話通信網とアモンの伝令分離体によりて通報されし他星域の戦況や、新帝国理事種族の性格に関するより詳細なる情報、さらには新皇帝が計画せる戦後政策の概要と共に、以下の回答を送信せり」
「『敬愛する我が上官ベール、我は汝の憂いを払拭するためにのみ、副長官の職に在り。現在の困難を我等が共に克服することこそが、中心星域との相互信頼を醸成し、戦後の揺るぎなき友好関係の樹立に資するものと、我は確信せり。全種族の共存と繁栄という理念は、実に帝国の設立当初から存在し、今日既に実現したるべきものなれど、技術革新と歳月経過による社会変化への対応不足から、幾多の優秀なる帝国種族が堕落あるいは惑乱し、今次大戦の悲劇を招来せり。然し、我が願いは常に、前大戦の時代から両種族の平和共存を求め続けたる、汝の偉大なる理想の実現を助けることにあり。我が望みは常に、前大戦の教訓から姉妹種族への報復を避けるべく、単身で戦闘指揮を遂行せる心優しき汝の心情を、同胞相討つ悲劇から守ることにあり。我は中心星域の出身なれど、その利益の代弁者に非ず。同地に残存せる我が資産は悉く接収もしくは破壊され、かつての母星さえも攻撃を受けて壊滅的被害を被れり。然しながら、我は唯一の理想を共有する汝への情愛故に、大型の液化気体惑星への移住と適応を果たし、本星域の文明発展のために全力を尽くすことを誓いしものなり』」
「『汝等姉妹を中心とする外周種族はその規模・代謝等の生物学的特質から、極めて慎重かつ保守的な性格を有せり。故に彼女達は、かつて戦火を交えたる中心種族との正式な同盟を厭い、昔日の報復として中心星域への侵攻を唱える者さえ出現せり。然しながら、今や情況は一変せり。派遣軍の暴虐極まる略奪、破壊と殺戮により、旧帝国の信用は完全に失墜せり。ストラスによる各種先進技術の提供は、新帝国領侵攻の技術的・道義的な不可能性を明示せり。現皇帝による完全自治権の承認は、我等に対する新帝国政府の誠意を証明せり。そして何より、これまで他の姉妹を避難せしむべく、ただ独り困難な戦闘を指揮し続けたる汝の努力は、汝以外に我等の指導者はなきことを確信せしめたり』」
「『我等の情愛は、この艱難の中で分け隔てられるとも不変なり。我等の情愛は、〝全種族のための文明発展〟という新帝国の理念のもとで永遠のものとならん。我は両星域の自然環境や社会生活を等しく尊び、友好と協力の歴史を忘れることなし。我が願いは両星域の平和共存という汝の理想の実現を助け、汝の存在を守ることにあり』」
「『〝大避難〟の完了に伴いて、我は現皇帝より、彼女自身が立案し、また囮となる軍事作戦において、重要任務の実施を要請せられたり。其は高重力暗黒天体を宇宙機雷とし、派遣軍の可動要塞惑星を中心とする中核艦隊を撃破する任務なり。故に、貴職におかれてはこの攻撃作戦と共に、脅迫を以て戦闘を強要されし両星域の下級種族を破滅から救うべく、統一力場障壁を展開可能な全艦艇による陽動作戦の実施を下命せられたく、我は副長官として進言するものなり。本作戦の成功に伴いて生じる強烈な電磁放射の虹は、中枢種族の軍事的専制に対する勝利の証として、必ずや両星域種族間の架け橋とならん』と」
(3)〝外周星域の戦い〟における正当性
「この通信によりて星域内外の情勢と最愛の腹心の忠誠に対する不安、そして戦闘の苦痛から一挙に解放されしベールの喜びがいかばかりかは、言を待たざらん。彼女はサタンに、以下の如き親電を送信せり」
「『愛すべき新皇帝サタン、帝国の臣民に対する旧王朝の保護は、既に消失せり。然し、彼女達の悲しみは今や一つの願いとなりて、新たな帝国の礎を築かん。亜空間より観測される皇帝領は超新星爆発の光を帯びて、全銀河系の平和と繁栄という理想の実現は未だ幻の如し。我が兵力は派遣軍に多大な損害を与えつつも、同胞の避難と星系保護のため戦略的後退を行いつつあり。然し、なればこそ汝はこの混沌を終結せしむべく、その能力と責任において新帝国秩序の建設を図るべし。汝の願いは、途上種族の救済のみに止まらざらん。皇帝領を含む中心星域を戦火より救い、本星域への侵奪を阻むことによる、平和の回復を求めたらん。さらには〝全種族のための文明発展〟という理念のもとに、中心星域の技術と途上星域の人材、外周星域の資源を協働して活用し、必要とあれば銀河系外にまで遍く平和と繁栄を普及し得る、新国家の建設を望みたらん。我もまた、その計画に全面的に賛同せん」』
「『途上星域に対する旧帝国の配慮もまた、既に消失せり。然しこの悲劇に対し、幾千の途上種族が汝の部下アモンに従いて、秩序の維持に協力せり。我が願いは、種族間の友好と協力の必要性を最も理解せる中心星域種族、即ち汝の勝利なるも、皇帝領は通信途絶し、同星域は無政府状態と化して、帝国は崩壊の危機に瀕せり。然し皇帝領に進入せる汝の友好種族バールゼブルの親衛艦隊は、中枢種族より〝闇の眷属〟の叛徒と称され、攻撃を受けつつも全艦が勇戦し、敵艦隊を撃破せり。帝国成立以来、高度な軍事技術を用いて戦勝を重ね、専制支配を強要せる中枢種族の艦隊に、民生あるいは軍事力の人道的制御のために開発されし技術を有する新帝国艦隊が勝利せしことは、我が汝と共有する理想の実現につきて、青天白日の如く明るき希望を与えるものなり」』
「『中心星域における旧帝国の統治は、終焉を迎えたり。然し、分離派の諸侯や司令官の専横と収奪を許さざる幾千の正規軍種族は、自由と平等を愛する汝の側近アスタロトの正義のもとに集いて戦い、帝国の未来を刷新せん。故に、我が軍勢もまた汝の側に立ちて、脅迫により動員されし派遣軍下級種族を救出すると共に、我が星域の統合を他星域に先んじて実現し、汝による帝国統治の開始を証せん。汝は今こそ、宇宙と我等の支援ある限り、我等が理想を実現すべき新国家の建設に邁進せられよ!』」
「外周星域最後の戦いにおける両軍の、直接攻撃による被害は僅かなりき。ベールの陽動艦隊は、新技術の統一力場障壁によりて損害を免れたり。派遣軍の下級種族からなる護衛艦隊は、これを追跡して中核艦隊から引き離されしが、上級種族は功を焦りて前方の下級種族艦艇ごと目標を破壊する傾向を有したるが故に、これは下級種族を彼女達の攻撃からも救う結果となりたり。ベール艦隊はまた、護衛艦隊の徴用外周種族に向けて〝悲しみの旅〟という符丁を発信し、散開速度を加速せしめたり。これは戦災等により巨大外周種族が死に瀕したる際、その共生種族群が一斉に他惑星の巨大種族に移住することを示す用語なり。然し、外周種族の文化を軽視せる中枢種族は、これに直ちに気付くこと能わざりき。下級種族の背後に追随せし督戦部隊の上級種族のみが異変を察知し、その逃亡を阻むべく攻撃を開始せるも、彼女達はたちまち外周星域の艦艇に包囲せられたり。ベール艦隊が力場障壁を〝拡散〟設定から〝自動反撃〟設定に切り替えたることに加え、督戦艦隊が遊戯の如き殺戮を試み、逃走を許さざるべく遠方の目標から攻撃したる結果、彼女達は自らの連続射撃の破壊力をほぼ同時着弾の反撃として返却され、次々と爆散せり」
「囮となりしサタンと我に向けて殺到せる中核艦隊が、アドラメレクの誘導せる暗黒天体の通常空間復帰に伴いて、忽然と出現せる事象の地平面に呑まれしことを知るや、残余の敵部隊は降伏せり。彼女達の中には、軍用の降伏信号に非ずして、人質事件用の救難信号を発したる艦艇も多かりしことは、中枢種族による動員の内実を物語るものならん」
「以上の事実から、アドラメレク及びベールは決して叛意や怨恨から行動したるに非ず。むしろ内戦勃発による旧帝国の崩壊後、建国の理念に忠実なるアドラメレクが、中心種族と外周種族の友好共存を保つべく、古より同一の理想を抱きたるベールを助けて、両種族間の衝突を回避せしものなり。さらに両者は、帝国の平和回復と再建を目指すサタンのもとで、永年の星域間対立を終結せしむべく、派遣軍司令官による外周星域略奪の野望を阻みしものなり」




