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第五章 アスモデウス 4

4 三姉妹種族についての抗弁



(1)ストラスについての抗弁


「第四に、ストラスは極低温の大型惑星で発達せる単一生命体なれど、それ故に生命の尊さを知り、また中枢種族の軍事分野に偏りし技術の開発及び独占を反面教師として、健全なる技術観を育みたる種族なり。彼女は旧帝国の時代においても、科学省長官として文明開発長官サタンと協力し、科学技術の利用を助ける技術的政策によりて、民生の向上を図れり。その内容は、各種技術の研究・開発政策のみならず、技術の物的資源化に関わる社会基盤インフラストラクチャー政策や、技術の悪用・誤用や副作用を防ぎ、活用するための組織・制度形成など、社会工学的政策にまで及びたり。また研究・開発においては、各種の自然科学的技術に加え、政策の立案・実施を助ける企画支援技術オペレーションズ・リサーチや教育・会計技術などの社会工学的技術の開発も支援し、さらには将来の需要に応える次世代技術の研究も行うなど、数々の生産的かつ人道主義的な技術的政策を推進せり」


「ストラスはアンドロメダ戦役において、〝中核領域の戦い〟を遂行せし分遣艦隊の司令官を務めたり。中枢種族は当時、超新星兵器によるアンドロメダ銀河中核領域の焦土しょうど化と、これに乗じたる反撃及び逃走を画策かくさくせり。彼女はこれを阻止する作戦において、バールゼブルによる中枢種族への攻撃を支援すべく、積極的な量子情報戦を展開せり。自らの母星を超空間に潜行せしめたる彼女は、外殻の自動機械アバドンを領域内の各所に派遣し、以下の伝達内容を亜空間通信によりて放送せり」


「即ち、『アンドロメダ銀河の先住種族に告ぐ。我が名はストラス、中核領域分遣艦隊の司令官なり。現在汝等を支配せる中枢種族は、かつて我等が銀河系において一大星間帝国を築きたるも、政治的腐敗から相互の内戦を招来し、自らの国土を非人道的兵器により荒廃せしめたる末に国を追われし犯罪集団にして、今また汝等を使役して銀河系の再征服を企てつつあるものなり。我等もまたかつては彼女達に技術や戦力を提供し、免れ難き罪を負いたるが、今や前非ぜんぴを悔いて新帝国に参加せし者なり。我等は星々の導きに従い、利権のためには他種族の文明さえも犠牲とする狂気に代えて、汝等と共に〝全種族のための文明発展〟を目指す平和的秩序を建設すべく、この銀河に到来せり。我等はここに、汝等に告ぐ。我等は生存と繁栄を求める者なり。中枢種族は死と破滅をもたらす者なり。汝等はこの地で彼女達に利用され、滅亡せんがために生を得たるにあらず。我等はこの地に、彼女達の非道なる支配を許すために来訪せるにあらず。我等は汝等に、同じ文明種族として大いなる尊敬と親愛の念を抱く者なり。我等が同胞アモンはかつて彼女達にあざむかれ、最愛の姉妹カイムと相戦う悲運に見舞われしが、彼女を死線より救いし後、愛情と喜びを以て我等が陣営に歓迎せり。現在両陣営の戦力は拮抗きっこうし、戦線は膠着こうちゃくせり。然し我等は、汝等が中枢種族への協力を拒み、我等が将来の大攻勢によりて勝利せる暁には同様の情愛を以て新帝国に迎えられ、共に末永き平和と繁栄を享受きょうじゅすることを願うものなり』と」


「彼女の自動機械アバドンは、あたかも超空間航法の制約のもとで無作為に散布されたるが如く出現せり。然し、実際にはこれらが次々と発見・撃破される過程において、中枢種族の警戒・迎撃網の注意と戦力を最も効果的に分散せしむべく、正確に計算されて投入せられたり。彼女はまた、バールゼブル艦隊による超空間航跡の拡散を制御し、その現在位置の遙か後方を、容易たやすき獲物たる小規模な偵察艦隊が必死で逃走中の如く、偽装することに成功せり」


「攻撃目標たる超新星兵器生産施設の周辺には、遠距離攻撃に対する早期警戒部隊も展開せしが、攻撃の直前まで到来を察知すること能わざりき。警戒部隊の一観測員は、迎撃艦隊の捕捉を何故なぜか巧妙に逃れつつ、右往左往のていで超空間跳躍を繰り返す敵部隊に不審を抱き、その航跡を詳細に分析せり。彼女は計算の結果、実際にはその軌跡が、最高機密たる同施設の座標に向けて確実に接近しつつあることを発見し、驚愕のあまり一時呆然とせり。然し、彼女がまさに警報を発令せんとしたる瞬間、バールゼブルの自動機械アバドンは一斉に通常空間へ再突入し、超新星兵器の生産・備蓄設備及び、それらを運営せる中枢種族の母星を直撃せり」


「以上の量子情報戦により、ストラスは先住種族に新帝国の正当性を周知せり。またこの作戦は、敵戦力を効果的に分散せしめ、バールゼブル艦隊と後続のグラシャラボラス艦隊の奇襲に伴う彼我ひがの犠牲を最小限に止めつつ、超新星兵器の破壊を支援して、多数の星系を破滅から救いたり。また、彼女は自ら危険な作戦に従事することによりて、技術開発に際しての健全なる価値観のみならず、その使用に対する責任感をも実証せり」


「ストラスはかつて、自らの担当せる種族融合体複製実験においても、被験者を危機から救いたり。複製実験は、中枢種族の献策けんさくを受けし帝室の発議によるものなりき。その目的は、公式には優秀なる種族融合体に〝増殖〟の特権を与え、帝国への貢献を促進するというものなりしが、実はその背後には軍事種族の量産と、最初の被験者ウォフマナフの抹殺を狙う謀略が存在せり」


「アミーとヴォラクの前身種族ウォフマナフは、優秀な頭脳で知られたり。然し、その諧謔かいぎゃくの才能はアスタロトの生真面目さと同様、旧帝国上級種族による軍事偏重の技術開発や、先進技術の独占に対する数々の過激な発言によりて、自らへの危険をも招来せり。特に、中枢種族による代理戦争の頻発への皮肉を表明したる際には、前科学省長官ラジエルの系列種族、ゴモリーから激烈な非難及び告発の威嚇いかくこうむれり」


「ストラスは自らの経験上、帝国の技術政策はそのほとんどが軍事的動機に発することを知りたり。故に彼女は秘密裡ひみつりに、融合体の紛争防止と能力向上を目的とする、遠隔的な種族間融合体の形成実験を同時に行うことを決定せり。然し、彼女は実験開始決定の直後、『意思中枢に注意せよ!』という発信者不明の通信を受領せり。彼女はこれを受けて、予め自らの惑星の大深度地下に、ウォフマナフの意思中枢を中心とする重要部分の予備複製を密かに建設せり。実験開始後に資材輸送船の衝突や素粒子操作機器の暴走等、あり得ざる〝事故〟によりて被験者の中枢部分が破壊されし時、以上の配慮は被験者を救うと共に、実験後の三者を、帝国最高の並列演算能力を共有する姉妹種族へと発展せしめたり。他方、ゴモリーによる非難や謎の警告は、実はウォフマナフを高く評価せしラジエルが彼女を守るべく、ゴモリーに命じて行わしめたることが、後に彼女がアンドロメダ銀河において決起したる際の通信において判明せり」



(2)アミー及びヴォラクについての抗弁


「これらの恩恵によりて、ウォフマナフの反骨と諧謔かいぎゃくの精神はアミー及びヴォラクに遺憾なく継承され、今なお健在なり。例えば、次の如き事件はその好例ならん。アンドロメダ銀河の中核領域において、戦後も秘匿軍備や武器密輸が後を絶たざることにごうを煮やしたる臨時政府の副長官ヴォラクは、復興用の恒星動力伝送網に近き二種族が、動力を悪用して互いの惑星を融解せしむべく企図せることを知るや、直ちに両種族を調査せり。その結果、彼女達はかつて旧帝国側において地位を競いし種族であり、国民は戦争に疲弊せるも、政府が敗戦による威信の低下を競争種族への〝憎悪政策〟により解消せんとしたために、過激派閥の暴走を招きたることが判明せり。彼女は一計を案じ、正体を秘して両種族に必要な便宜を提供せり。運命の時が到来せる瞬間、両惑星の上空に現れたるは灼熱の恒星輻射に非ずして、夜空に輝く次の文言なりき」


「『ばあん! 相討ちなり。 汝等が怨敵種族・なにがし

『旧帝国の慣習によれば滅亡種族の資産は上級種族に帰属せるも、今回は残念ながら双方共損害軽微なるが故に、次回の決闘に期待せん。臨時政府軍司令官アスタロト』」


「この直後、一方の惑星では指導部の総辞職と政権交代の後、直ちに禁止兵器の廃棄が決定され、他方の惑星では内戦勃発寸前に臨時政府軍が到着して、武装解除を実施せり。面目を潰されしアスタロトは激怒せるも、その教訓的な効果は他の種族に対しても明白なりしが故に、〝正義公〟は独断的な作戦に対する譴責けんせきの後、平和政策への貢献を正当に評価して彼女を顕彰けんしょうせり。また、この〝荒療治〟はアスタロト自身にも、政策への反省と共に改善への闘志を抱かしめたるが如し。以後、違法な再軍備への取締りは強化され、所定の成果を獲得せり」


「然し、一部の種族はさらに過激化して秘密組織網を形成し、遂には共同して決起を図るまでに至れり。反乱決行の直前、その本拠地となりし惑星には参加種族の代表者が集結して、最後の会合を開催せり。広大なる議場は各代表が順次演説を行うに従い、熱狂的な雰囲気に包まれたるが、中でもアスタロトの所管施設に数度攻撃を行いて成功を報じられたる種族が登壇するに及び、興奮は最高潮に到達せり」


「彼女は、以下の如く演説せり。

『我等の銀河においては、前代未聞の戦禍を被りたるにも関わらず、なお他所者よそもの共に平和を説かれる体たらくにして、者共は混乱の極みに陥りたり』

この言葉は、全員の賛同の声を以て迎えられたり」


「『超新星兵器の恐怖を経験してもなお、平和主義的体制を信ずること能わず、小田原評定おだわらひょうじょうを開いては結局、夜盗の如く禁制武器を密輸入せり!』

会場の多数を占める平和政策反対論者と公然武装論者は、ここでも非難に同調せり」


「『架空の防衛需要や軍律の魅力を口実に侵略準備を行う種族など、実に奇ッ怪な生物なり』

少数の種族は首を傾げたるも、堂々たる征服こそ正道と考える者達はなおもうなずきたり」


「『地上鷲よ、飛翔せよ! かの動物は、正邪も合法・違法も知るところに非ず、ただ自らの偉大さと栄光に酔い痴れて、進歩と無縁の闘争を永久とわに続けん! 全他種族の眼もはばからず、汝等は自らのみが知る道を征け!』

演説者はここで見事な双翼を広げ、多くの聴衆はその主張を印象づける演出の妙に歓声を送りたり」


「然し、一部の銀河系事情に詳しき種族は、その話法が新帝国においてのみ可能な、権威への痛烈な風刺を込めたものにも聞こえることや、その翼が猛禽もうきん類とされる同種族のものには似つかわしからず、むしろ彼女達の不倶戴天ふぐたいてんの敵たる渡り鳥種族のものと酷似することに気づきて動揺せり」


「『重大なる歴史の教訓を忘れ、汝等にしか見えざる啓示に従いて、宇宙を翔けよ! 然らば我等は再び戦場にて合目見あいまみえん。惑星ピュロスの勝利、あるいは帝星祈念館の永遠を手にするために!』

遂に会場には、明らかな困惑と喧騒けんそうが広がりたり」


「『……然し幸いにも、は今この時に非ず』

今や変装を解除して一礼せる演説者の冷静なる声がうたげの終わりを宣言すると同時に、惑星及び守備艦隊が抵抗を許さざる圧倒的大兵力によりて包囲されしことを告げる警報が鳴り響き、会場上空からは天使の軍勢の如く、アスタロトの分離個体群からなる空挺部隊が超空間回廊より整然と出現し、降下して聴衆全員を拘束せり」


「この逮捕劇は当初、演出過剰とも評されたり。然し、アスタロトはこれを、犯人達の疑惑を段階的に増大せしめ、その緊急通信を傍受して黒幕を解明すべく、ヴォラク及びその姉妹アミーの協力を得て行いし作戦なりと説明し、予想通り真の首謀者として、中枢種族の残党が摘発せられたり。ちなみに地上鷲とは、多くの惑星で俊敏さや勇猛さの象徴とされる猛禽類とは別物なり。アスタロトの母星において、海水位が低下せる時代に飛行能力を失い、地上で他の鳥類を待ち伏せて捕食すべく進化せるも、再度の陸地水没によりて絶滅せし、いわば地球における恐竜の如き生物種なり。またピュロスの勝利とは、先述の経緯から地球の同名用語と同じく、報われざる勝利を意味する言葉なり。さらに帝星祈念館とは、かつて帝星が存在したる宙域に、大戦で滅びたる〝先帝〟種族の遺功と教訓を永遠に語り伝えるべく、建造されし施設なり」


「これらの解説を受けたる代表者達は当初いずれも憮然ぶぜんとせるが、さらなる新事実を知るに及びて驚愕きょうがくし、激昂げっこうし、然る後に悄然しょうぜんとせり。何と中枢種族残党は、警戒厳重なる中核領域での決起成功をあきらめ、彼女達を別途計画せる外縁領域種族による大蜂起のおとり役として利用せんとしたるなり」


「この計画を摘発すべく、アスタロトからの依頼に応じて外縁種族への潜入捜査を担当せしは、同じく非酸素・炭素系種族のベールとその姉妹種族の分離体なりき。中枢種族残党は彼女達に超新星兵器の技術までをも供与して、これを製造せしめたり。然し、かつて彼女達に欺かれて新帝国と戦わされし彼女達は中枢種族を信用せず、計画の進行状況を逐一ベール達に報告せり。現在それらの超新星兵器は全て解体され、反物質は外縁・外周星域の開発に活用せられたり」


「アンドロメダ銀河中核領域の先住種族は、旧帝国の中心・外周種族と同様に、外縁領域の種族と長らく対立し、互いに〝浮草〟〝石くれの住人〟と蔑称せり。故に代表者達は、自らが外縁種族を主役とする作戦のまさに捨て石にされんとしたるばかりか、彼女達の方が遙かに賢明にして、奸智かんちけし中枢種族に不満や憎悪、野心を利用されざりしことに衝撃を受けたり。彼女達は刑の執行猶予期間の経過後も、アンドロメダ銀河全体における平和協調政策の推進に協力することを約束せり」


「以上の事実からみても、ストラスは病的な異種族には非ず。彼女はむしろ、かつての中枢種族よりも遥かに人間的な種族にして、先進技術を正しく用い来たる健全な種族なり。アミー及びヴォラクの過激な諧謔かいぎゃくにつきては、いささか誤解を与える余地あれども、そも笑いとは、緊張からの解放による欲求の充足を示す心理的反応なり。彼女達は基本的に真面目まじめな種族なるが故にこそ、今やストラスと並ぶ高度な知性から導かれる理想と、それに合致せざる現実との乖離かいりに、常時じょうじ極度の緊張を強いられたらん。また、彼女達は我等と同じく、ストラス以上に感情豊かで、それを表現し得る環境にも恵まれし酸素・炭素系種族なることも忘れるべからず。彼女達の政策に大いなる正当性や実効性のある限り、むしろその諧謔精神を許し、解さんと努めることの方が、彼我の健全性を保ち、あるいは確認するためにも(苦笑)、賢明な対応ならん」

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