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第五章 アスモデウス 3 (6)~(7)

(6)アスタロトについての抗弁


「アスタロトは、平坦な地形と超長周期の潮汐ちょうせきにより、複数の陸地が交代で水没と出現を繰り返す惑星において、陸地の間を移動して生活する渡り鳥から進化せる種族なり。また、豊富な魚類を主食とし、農耕及びそれに伴う集権国家運営の経験も少なきが故に、自由及びその前提となる平等を尊ぶ種族なり。さらに、心理的負荷(ストレス)に応じて出生数が減少するという生物学的特質から、人口爆発による戦争の反復という歴史も免れしが故に、彼女が正規軍の艦隊司令官にまで昇進せるは、ひとえにその移動生活への適応や清廉実直な性格によるものというべきなり」


「然し、このとき既に帝国政権腐敗の影響は正規軍にまで及び、司令官の中には中枢種族と親衛軍の謀略的作戦への協力または黙認を求められ、あるいは自ら地方軍閥化して周辺種族に対し不正な利益供与を要求する者等が増加せり」


「自由と正義・公正を愛するアスタロトは、軍内のかかる風潮を憂いたり。彼女は領土と利権の拡大に固執せる統治種族への冷笑的言動、さらにはそれらを違法かつ非道なる手段によりさんとする種族への嫌悪と軽蔑を隠し得ざりき。彼女のかかる振舞いは、一中枢種族の好ましからざる関心を誘引せり」


「ここではピュロスと仮称すべき、実際には発音困難な名称を有する惑星の内紛鎮圧任務において、彼女の艦隊はまず当事者間の調停を試みるべく、この惑星に接近せり。然し、艦隊を率いる彼女の可動母星は、予期せぬ遠隔素粒子操作兵器の攻撃を受けて、地殻の一部を失うほどの被害を受けたり」


「事件の直後、失敗に終わりし彼女の任務を続行すべく、先帝の名のもとに親衛軍艦隊を伴いて現場に到着せしは、当該兵器の開発及び生産で知られたる中枢種族、〝炎の王〟なり。彼女は先進兵器の技術及び製造資材の窃取せっしゅという罪状によりて、惑星ピュロスを一撃で粉砕し、事件を終結せしめたり。然し、有力種族にも非ざるピュロス人が、かかる犯罪を単独で実行することは、事実上不可能なり。従って、事件の全体がこの中枢種族の策謀によるものにして、彼女達は実行犯として利用されし後、証人の抹殺及び示威じい行動のために滅ぼされたらん、との噂が帝国内に拡大せり。〝炎の王〟もまた、これにつき暗黙の威圧を加えるが如く、不気味な沈黙を継続せり」


「艦隊司令官としての能力と自信を失いし彼女に救援の手を差し伸べたる者は、サタンなり。彼女はかねてよりアスタロトの声望を知りて好ましく思いたるが故に、文明開発省の軍事部門副長官として彼女を希望し、正規軍の司令部もまた厄介払やっかいばらいの如き形でこれを承認せり。途上星域の保安任務は、中心星域外縁における親衛軍の警備任務以上に軍事出動の負担が少なく、アスタロトの回復には十分なる時間と労力の余裕が存在せり」


「サタンはまずストラスの協力のもとに、バールゼブルが保有せる自動機械アバドン群の建設・軍事技術を応用して、アスタロト艦隊の再建に協力せり。アスタロトは以後同様の被害を被りたる場合に備え、あえて惑星の再生を断念し、反対に大量の鉱物を採掘して、多数の可動小惑星及び超大型艦船を建造せり。また、修復せる母星の融合体からこれらに大型の分離体を派遣して、指揮中枢機能を分散せり。彼女の意思を酌みたるサタン及びストラスはこれに応じて高度な情報・通信技術を提供し、多数の哨戒・偵察用艦艇からも分離体を回収して自動機械に置き換えると共に、融合体・分離体・自動機械相互間の有機的な連携能力を付与せり」


「以上の如き分離体規模の最適化と、指揮・通信系統の改善は、戦闘被害による融合体・分離体の損耗を防ぐと同時に、損害を被りし場合においても、他の艦隊と同等以上の戦力を保つことを可能とせり。また指揮中枢の分散は、融合以前には分権的な社会を形成せる彼女の種族的性格とも合致して、艦隊運用の円滑性を向上せしめたり。然し、重大な脅威に対応すべきバールゼブルらの親衛軍に対して、アスタロトは正規軍の所属なり。故に彼女は多種族からなる大艦隊の連携を保ち、多様な任務に責任と柔軟性を持って対応すべく、戦闘艦艇につきては完全機械化を行わずして分離体による指揮を継続し、内部の操作性を飛躍的に向上せしめるための改良のみを実施せり」


「これらの修復と改良により、アスタロト艦隊は従来以上の強靱性、機動性及び広域作戦能力を得たり。図らずもこの能力は、内戦時に混乱状態に陥りたる中心星域において、こころざしを同じくする他の正規軍艦隊を各所において迅速に糾合きゅうごうし、社会秩序を回復することにも寄与せり」


「またサタンはアスタロトに、地球を含む多くの惑星において自ら文明開発事業を経験させ、次の二つの事実を理解せしめたり。即ち第一に、彼女がそれまで帝国腐敗の元凶とみなし、時には憎悪の念をも隠し得ざりし専制体制が、殆どの文明の発展過程においては、多くの個体が一所懸命に生産活動に従事し、その成果を分配して共同生活を営むべく、必要不可欠のものなりし時代が存在すること。然し第二に、生産及び交通・通信技術が十分に発達せる暁においては、彼女の如き幸運なる種族が先取せる理念に従い、政治的・経済的自由が拡大せる分権的社会体制へと移行すべきことなり」


「帝国内の移動生活によりて多数の種族と交流経験のある彼女は、開発事業においても優秀なる適応能力を示し、特に地球の農耕開始を支援せる際には、彼女の地球型分離個体が女神イシュタルとして地球人より崇拝され、さらにはその一名と恋愛関係に至りしほどなりき。サタンの実践的指導は他種族の文明に対する彼女の理解・交渉能力を高め、優秀な統治種族としての資質をも育みたり。彼女自身もまた自らの努力により、惑星の損傷による人格・記憶の一部喪失という悲劇を、自己の歴史に対する過信を免れて新たな歴史の創造に向かう好機へと転じ、種族的・政治的偏見にとらわれることなく、多様な文化を摂取、媒介及び創造し得る能力を得たり」


「以上の如き経緯から、アスタロトはサタンに対し絶大なる信頼を抱くと共に、自らもまた第二次内戦において多数の種族から信任を獲得し、新帝国正規軍艦隊の司令長官に就任せり。さらに、彼女から支援を受けたる発展途上種族も以後健全に発展し、内戦時のみならず戦後の復興と改革においても多大なる貢献を果たせり」



(7)アモンについての抗弁


「アモンもまた実直な種族なれど、さらに言えばこの内戦における、新帝国の理事種族中最初にして最大の被害者なり。彼女はアスタロトの後進たる種族融合体にして、規律と秩序を尊重し、帝国及び正規軍の理想に従いて軍務を果たすことにより、昇進を重ねたる種族なり。然しまた彼女は、アスタロト以上に世知せち融通ゆうずうに乏しき種族なり」


「中枢種族はアスタロトの事件以降、かかる種族が腐敗の実態を知ることを防ぎ、社会の関心を帝国の栄光へと逸らさんとすべく、彼女を〝機密保全上問題のある〟任務から遠ざけて、華々しき犯罪種族討伐などの任務に当たらしめるよう、正規軍司令部に要求せり。司令部もまた、彼女の心情及び自らの保身への配慮から、これに従いたり。故に司令部は、彼女が正当な軍功に基づきて種族融合の資格を得たる後も、彼女に艦隊司令官の地位を与えることを躊躇ちゅうちょせり。アスタロトが自らの正規軍復帰に伴い、後任に彼女を推薦したる時が正にこの時期なりしことは全くの偶然なれども、この申請もまた直ちに受理せられたり」


「アモンは副長官就任後、前任者と同様にサタンへの深き敬愛と信頼の念を抱き、彼女もまた職務の完遂に伴う資質向上を期待されしが、帝国の秩序はこれを待たずして崩壊せり。それまで帝国統治の暗黒面に関する実体験を免除されし彼女にとりて、他ならぬ中枢種族が文明開発省の職務に対し、大規模かつ悪質な違法行為を働き続けたることの露見は、彼女に大いなる衝撃を与えたり。さらに、その是正を求めしサタンと我に対する討伐とうばつの勅命が下り、あまつさえそれに対して異議を唱えたる彼女への処刑者として、最愛の姉妹種族カイムが選ばれしことを知りたる彼女の懊悩おうのう葛藤かっとうは、察するに余りあらん」


「彼女はサタンへの背信行為と考えつつも、遂にカイムへの積極的攻撃を行い得ざりき。彼女が装備せる防御兵装の自動反撃によりてカイムの惑星が破壊されし時、彼女の惑星の表面もまた多大なる被害を被りたり。然し、それ以上に融合体の精神は深刻なる打撃を受けて、彼女は戦闘不能に陥りたり。サタンは彼女にかような悲劇をもたらせしことを悔やみ、これ以上の艱難かんなんを免れしむべく、彼女を安全な星系に退避せしめ、自らは囮となりて別方向に移動しつつ、他の種族と協力して事態の改善を図ることを決定せり。以上の一事を以てしても、彼女を凶悪なる軍事種族と呼称することは全く不可能なり」


「かかる状況を救いし者は、救援に参じたる科学省長官ストラス及びアスタロト艦隊なりき。ストラスは、バールゼブル艦隊の技術部門副司令官として通信傍受を担当せる、姉妹種族アミーからカイムの出撃を通報され、アスタロト艦隊で同職にある姉妹種族ヴォラクの協力を得て、その護衛下にて来援せしものなり。ストラスはカイムの残骸の一部を発見し、艦隊の建設部隊を動員すればアモンとの融合により再生が可能なることをサタンに通知せしところ、サタンもまたこれを喜びてアモンに推奨すいしょうせり」


「サタンはアモンを慰労いろうして、次の如く語れり。即ち、『汝は私益のために我等を見捨てたるに非ず。自らの安全を犠牲にしてまでも、最愛の姉妹を守らんとせしものなり。故に汝は、腐敗や蛮行から最も遠き軍事種族なり』と。不服従には絶滅を以て報いる、旧帝国軍の冷酷な規律のもとにありしアモンにとりて、この温情は、被害の苦痛を忘れしめるほどの喜びと感謝の念を生ぜしむものなりき。彼女は復活せしカイムと共に、サタンへの忠誠を誓いたり。後に彼女は、この時サタンの惑星に後光を見たるが如しと述懐じゅっかいせり。 然し、かかる温情は新皇帝のみが有するものに非ず。彼女に命を救われしカイムや、後に、攻撃対象とせる彼女に無傷で送還されしアンドロメダ銀河の先住種族にとりては、彼女自身もまた同様に見えたらん」


「戦後、アモンの惑星は強力な遠隔恒星動力砲を配備せる星域防衛の司令部としてのみならず、カイムの惑星の構成物質と生態系をもまじえたる、自然環境豊かな楽園として再生せり。これは当初、本土防衛司令官の職務に伴う危険から、政治・経済・社会的に重要な施設の建設は困難という、消極的理由によるものなり。然し、その後新帝国の発展に伴い、途上段階から先進段階に到達せる種族が増加し、また帝国への脅威が減少しくに伴いて、状況は変化せり。アモンの自然豊かなる惑星は〝適応自在なるもの〟達に対し、より豊かな生物資源を共存せしめ得る惑星改造と環境適応の模範を示し、さらにはかつての上司アスタロトを含む軍事種族に対しても、軍事負担の軽減に伴う惑星環境の再生と産業活動への進出を促すという、積極的な意義を有するものに変化せり。即ちアモンは、民生分野への直接貢献も可能なる、新しき軍事種族へと発展したるなり」


「以上の経緯にかんがみれば、当時の皇帝領を含む中心星域において戦乱を終息せしめたるバールゼブル、グラシャラボラス、アスタロト及びアモンは、いずれも〝凶悪なる軍事種族〟とは程遠ほどとおき存在にして、むしろ旧帝国側のかような種族が惹起じゃっきせる惨禍に終止符を打つべく、かの酸素運搬効率の乏しき青色の血液を有する、しかし帝国文明発展への情熱は青き炎の如く熱きサタンの陣営に参じたる、清廉にして高潔・公正な種族なることは明白なり」

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