第五章 アスモデウス 3 (3)~(5)
(3)〝皇帝領の戦い〟の正当性
「サタンによる公開請願の当時、中枢種族達は既に相互の権力闘争から、一触即発の緊張状態にあり。故に請願直後から、彼女達の間では責任の所在を巡り熾烈な非難の応酬が開始され、それは間もなく全面的な武力衝突へと移行せり。バールゼブルの艦隊は先帝を保護し、またその真意を確認すべく、独断で皇帝領に進入せり。既に昂進せる軍事的対立が不祥事の発覚を契機として爆発し、多数の強大な中枢種族が系列下の親衛軍・私兵軍の艦隊を動員して交戦せる宙域に、ただ一艦隊で赴くことは無謀極まる行為なり。然し彼女は親衛軍の本務たる先帝の守護のため、また恩義ある種族サタンに報いるため、そしてかつて自らが従事せる〝汚れたる任務〟の意味を知り、罪あらばそれを贖うため、さらには彼女と愛すべき友好種族グラシャラボラスが共にある帝国の未来を守るため、先帝保護に赴くことを決定せり。彼女は直ちに物理法則の異なる亜空間へ突入し、光速の突破によるチェレンコフ放射の青白き翼を広げつつ、皇帝領へと急行せり」
「皇帝直轄領は、帝国文明の精華ともいうべき宙域なりき。同地においては先帝及び各中枢種族とその系列種族が、銀河系最高の資源と技術を動員し、多数の可動惑星や施設・艦船を集中して研究・生産及び交渉・交易活動を行いたるが故に、中心星域の外縁部と比べれば、あたかも田園に対する大都市ほどの人工的華美に満ち溢れたる世界なりき。然し、彼女が同所で目撃せし光景は、地獄絵図なりき。そこでは既に多数の超新星兵器が使用せられたるも、通常空間内では恒星爆発の影響が超光速で波及することは絶無なり。故にその地獄とは、帝国の最先進種族が他の全兵器も用いて積年の抗争を決着せしむべく、あるいは避難のための物資や移住先を争いて行いたる、相互の殺戮と略奪から生まれし地獄なり。この修羅場においては被災種族の救援も叶わず、さながら世界終焉の如く正視に堪えざる惨状が彼女の眼前に展開せられたり。然し、旧政権の闇を知りつつその克服に努めたるサタンとストラスや、かつて同様の苦難を経験せしグラシャラボラスより、知識と能力、勇気を得たる彼女は、希望を失うことなく事態収拾の可能性を求め、先帝の捜索及び治安回復の努力を継続せり」
「新技術の超空間駆動機関を有する中枢種族の艦隊が彼女の艦隊を発見し、超新星兵器による先制攻撃を行いし時、最初に彼女を救いたるものは、自動機械による早期警戒網なりき。同機関が恒星の重力場によりて発着点に変動を被り易きことを発見せし彼女は、自らもまた恒星を破壊して敵艦隊の航行を攪乱する戦術を着想せり。副司令官アミーの航法演算支援及び同グラシャラボラスの勇戦にも助けられ、彼女は見事に敵艦隊を捕捉・撃破せり。彼女は派生被害を最小限に止めるべく、既に戦乱のため惑星群が破壊されし星系を対象として選択せり。然れどもなお、避難し得ざりし種族が犠牲となりしことは、彼女の心に新たな傷を負わしめたり」
「系列種族による超新星兵器の応酬が制御不能となり、また超空間航法の意外なる弱点が判明するに及び、同航法技術を有する高位の中枢種族群は一時的な休戦協定を締結せり。彼女達はアンドロメダ銀河に逃亡してこれを制圧したる後、同地を拠点として銀河系への再侵攻を実施するべく図りたり」
(4)〝旧皇帝領〟成立の正当性
「バールゼブルは最終的に、皇帝領の平定という、他種族には得難き功績を獲得せり。然し彼女は、重要戦犯の逃亡を許し、より多くの種族を救い得ざりしことへの反省から、旧皇帝領復興開発長官の職を希望し、荒廃せるかつての戦地の復興に尽力せり」
「彼女はまず、超新星兵器の使用によりて滅亡の危機に瀕したる星系の救援に着手せり。彼女は科学省長官ストラス及び自らの技術部門副長官アミーの協力を得て、統一力場障壁の広域展開能力及び物質・動力の回収機能を有する自己増殖型の自動機械を無数に展開せり。それらは超新星爆発の衝撃波を反射、あるいは相互に干渉せしめて被害を最小化すると共に、惑星さらには恒星の再生をも可能とせり。中枢種族は当初、かかる自動機械の使用を、他種族を使役する技量なき劣等種族の貧弱なる代用品として侮蔑の対象となし、その能力の実証後には、生命なき物体を命ある者と戦わしめる禁断の呪法の如く喧伝せり。然し言うまでもなく、技術の価値はその使用法如何によるものなり。発展途上種族の文明発展を阻害し、あまつさえその生存の意思までも蹂躙して、自らの戦争のための傀儡と為すが如き所業と比較すれば、これらの復興活動は遙かに人道的、かつ洗練されし技術の用法なることは明白にして、彼女自身もまたその成果によりて哀しみを慰め、あらためて自らの使命と誇りを確認せり」
「政策面においてバールゼブルを補佐せるは、情報部門副長官のグラシャラボラスなり。現在の彼女の主要任務は、戦時責任の有無や種族間の公平等の事情も考慮しつつ星域全体の再生を図る、復興政策の立案・実施のための情報活動なり。その強靱さに加え、軍事種族とは思い得ざる愛らしさと、親しみや快活さに溢れたる彼女の分離個体は星域各所で歓迎され、戦災に苦しむ種族に希望を与えると共に、多様な情報の収集に成功せり。自らの被害は少なきが故に、その地位の上昇を図るべく復興支援に消極的なりし種族は、彼女が宇宙進出時代にかつての敵に対して行いたる支援とその成果の記録を、諜報活動の過程において入手せり。この種族は自らの行いを反省し、真摯に支援活動に協力することを約束せり」
「またある惑星の種族は援助物資を流用し、敵対惑星上の全生物を分解有機物からなる灰色の泥濘と化するべく、無制限増殖型極微機械兵器の製造のための地下秘密施設を建造せり。これを発見せる彼女の巡察分離体は、惑星指導者に特使を派遣せり。彼女は指導者に対し、旧帝国では同種施設が漏出事故や制裁措置によりて大陸または惑星ごと焼却されし先例を涙ながらに語り、長官への報告前に撤去するよう求めたり。当初は分離体の破壊も検討せる指導者は彼女の説得に心動かされ、これを承諾せり」
「然し、この指導者の後日談によれば、特使の帰還直後に施設直上の空虚な筈の宇宙空間において、紛う方なき超空間突入の鋭き閃光が観測せられたり。この事件を報告されし彼女は、同種族が極度の恐怖と緊張を覚えたる際の典型的反応として、三個の眼から滂沱の血涙を流しつつ六本の脚を激しく痙攣せしめたり。グラシャラボラスは、陰謀や詐術とは無縁の種族なり。然し、その上司には自らの察したる所を部下に伝うべき義務はなく、また最愛の友好種族たる副長官の分離個体が危険な任務へ赴くに際し、万一に備えて強力な隠蔽と探査、攻撃の能力を有する最新鋭戦闘艦を密かに追随せしめたるとて、これを責めること能わざらん。指導者は自らの幸運に感謝しつつ、施設の解体を急がしめたり。大深度地下施設への攻撃においては、新帝国の人道的戦術といえども、放射性溶岩窟の形成や群発地震の発生による被害は免れ得ざるが故に、その判断は極めて賢明なものというべし」
「バールゼブルがいかにグラシャラボラスを高く評価し、また親愛の情を抱きたるやにつきては、その惑星を見れば一目瞭然なり。その最大の〝都市〟即ち他種族との交流地域は、かつては彼女の活動拠点に特徴的なる幾何学的な機能美を備えしものなれど、現在ではグラシャラボラスの母星の如く、自然と調和せる低層建築が広がる庭園都市へと変貌せり。また、彼女の分離体が所領を調査する際は、必ず副長官の分離体を伴いたり。進入に危険を伴う超新星衝撃波の前面宙域や軍事施設の残骸等は自らの強化自動機械を用いて探査せるも、その回収後は必ず〝都市〟に持ち帰りて共同で観測結果を分析し、公式報告を作成せり」
「かかる協力の成果は、旧皇帝領における統治宣言にも反映せられたり。彼女達は、天空より破滅をもたらす超新星爆発の白熱の光輝に先行して、文明の秋を迎えたるが如き惑星群を訪問し、救援の開始を伝えると共に、同星域の歴史ある種族に敬意を表しつつ、以下の如き宣言を行いたり」
「即ち、『汝等旧皇帝領の種族は、恵まれし者なり。帝星近傍の地政学的利点から、自らの宇宙進出を待たずして創成期の帝国に編入され、その拡大に伴いて大いなる栄光と繁栄を享受せしが故に、帝国統治の正当性にもまた絶大なる信頼を寄せたらん。然し、〝権力は腐敗する〟との箴言の如く、旧帝国もまた、歳月の経過に伴う政権の腐敗から内戦を招来し、汝等に存亡の危機をもたらしたり。汝等の内には膨大なる生命や資産を失いて、帝国及び星間社会に対し悲観的展望を抱き、さらには絶望せる者もあらん。然し、我等新帝国種族は汝等の敵に非ず。恒星間の宇宙に願いを馳せて、再び汝等と共に在り、全力を以て汝等の復興を支援するべく、この宙域に到来せるものなり。汝等も知るが如く、帝国の統治形態は徐々に変革を開始しつつあるところなり。将来における旧皇帝領の復旧、さらには戦前以上の繁栄を目標として、我等は一個また一個と惑星を、そして恒星を蘇らせん。我等が求むるは、唯一つ輝ける帝星の眩き光芒に非ず。星域を形造る無数の惑星の多彩なる輝きが織り成す、遥かに偉大なる光輝なり。我等の希望は汝等が、もはや理想も色褪せたると思われしこの星域に再び、そして此度は永遠となるべき、友好と交流の精華を開花せしめることなり。我等は汝等に対し、汝等が他種族のために何をなし得るか、また他種族が汝等のために何をなし得るかを見出し、〝全ての種族のための文明発展〟を理念とする新帝国の協働と繁栄に貢献することを、切に願うものなり』と」
「この宣言及び彼女達の事績を分析せる旧皇帝領の諸種族は、次々とこれに賛意を表明し、新帝国への帰順よりも滅亡を選択せんと言明したる種族までもがこれに賛同するに及び、ここに一自治領としての旧皇帝領が民主的に成立せり」
(5)〝アンドロメダ戦役〟の正当性
「種族融合と〝銀河系戦争〟に続く、バールゼブルへの第三の試練は、〝アンドロメダ戦役〟なりき。旧帝国種族はその広大さ故に統一と発展の途上にあるアンドロメダ銀河へと侵攻し、同銀河の中核領域を迅速に制圧せり。彼女達は同地を拠点として、新帝国による治安回復の直後から、銀河系に対し散発的な襲撃を加え来たれり。この反撃は荒廃著しき旧皇帝領よりも、復興が急速に進むその他の中心星域、及び躍進を遂げつつありし開発途上星域……後に狭義の中央星域、あるいは帝国本土として統合されし二星域……に集中せしがため、その迎撃は主として正規軍艦隊司令長官アスタロトが率いる機動艦隊、及び本土防衛司令官アモン麾下の星系防衛部隊の任務なりき。然し、アンドロメダ銀河における内乱の勃発と反乱勢力からの支援要請、及び新帝国における超空間航法の完成によりて遠征艦隊の派遣が決定され、さらにはその後反乱軍劣勢との緊急報告がなされるに至り、各理事種族の遠征参加が検討せられたり」
「当初サタンは、親衛軍に属しながら中枢種族と戦いし彼女が、旧帝国側種族から裏切者として特に憎まれしことを知り、彼女の心情と安全を慮りて出動要請を躊躇せり。然し彼女は、一時の誹謗や危険を被るとも真の罪ある者を摘発し、かつての犠牲多き軍事活動への悔恨がもたらす痛苦を鎮むべく、分離体による遠征参加を希望せり」
「理事種族の融合体及び分離体は、いずれも自動機械の集合体からなる強化外殻を装備せり。バールゼブルは高度な技術力を保有する中枢種族との直接戦闘に備え、機動性及び攻撃力を重視せる強化外殻を選択せり。彼女はこれらを、自律精密誘導が可能な超空間誘導弾としても用いうるべく、さらなる改良を施せり。彼女は〝中核領域の戦い〟においてこの外殻を使用し、中枢種族の超新星兵器製造施設を急襲・破壊せり。この作戦は同兵器による中核領域の壊滅を阻止すると共に、その混乱に乗じたる敵艦隊の反撃や脱出を防止し、戦意を挫きて無条件降伏せしめることに貢献せり。同作戦は他方で、多数の超新星兵器が内蔵せる大量の反物質の落下によりて、製造施設が周回する恒星の極超新星爆発を惹起せり。然し、彼女は作戦後直ちに銀河系から専用の自動機械を搬入してその封じ込めを行い、滅亡を免れし周辺種族からの絶大なる信頼を新帝国にもたらせり」
「戦後彼女は、防衛配備が手薄なりし天頂及び天底方向を中心に、銀河系及びアンドロメダ銀河を取り巻く光球域の内部にも自動機械を展開して、探査・警戒を開始せり。かくして彼女は、帝国外からの平和的来訪者を歓迎すると共に、彼女の楽園となるべき旧皇帝領を始め諸星域が二度と再び外宇宙からの襲撃を被ることなきよう、万全の対策整備にも貢献せり」




