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第四章 ストラス 4

4 中枢種族への攻撃 ……バールゼブルとグラシャラボラス


「種族融合以前の旧皇帝領復興開発長官〝地獄王〟バールゼブルは、蜜蜂に類似せる社会性昆虫の種族であり、これを蠅と形容せるは言うまでもなく中枢種族の政治宣伝なり。種族の進化及び文明発展に伴いて彼女の種族の統治者となりし者達は、〝女官〟階級なり。彼女達は生殖に特化せる〝女王〟及び〝雄〟を管理し、また営巣・巣間輸送及び戦闘に従事せる〝労働者〟を指揮する階級にして、政策立案、巣間契約及び技術開発を担当せり。またその役割を果たすべく、彼女達の羽は飛行能力を失いて頭部に移動し、命令伝達のための電磁波の発振器官に変化せり」


「帝国加入後は親衛軍に所属せるバールゼブルは、かかる形態にて生物学的に歴然と階層化されし種族に通例なるが如く、隷下れいか種族や作戦対象種族の欲求や感情を一切顧慮(こりょ)することなく、部隊を効率的かつ無慈悲に運用して大成功を収め、種族融合体を形成し得る資格を獲得せり。然し、当時まで種族融合技術の運用及び改良に従事し続けたる我は、中枢種族の融合体化が帝国統治の専制的性格を強化したる可能性ありとの結論に到達せり。我はこの反省をもとに、友好種族たる現皇帝の提案に基づき、種族融合に際しては統治階層の記憶及び人格のみならず、従来は価値が低く、類似情報として集約されし他階層の記憶・人格もまた融合体の意識へ十分に反映せしむべく、同技術を改良せり。この新方式は以後一般化せるも、彼女においては最も劇的なる効果を招来せり」


「融合後の彼女は突如衰退に瀕したるかの如く、しばらくその活動を低下せしめたり。種族全体の精神融合にあたり、それまで消耗品の如く取り扱われし無数の労働者が抱きたるささやかなる願いと幸福や、時に報われることなく打ち捨てられる哀しみ、あるいは生まれながらに生涯産卵機械となるべく運命づけられし女王、伴侶と生活を共にすることもなく短き生涯を終える雄達の、願望や悲哀が波濤はとうの如く襲い来たるが如し」


「然し彼女はその後再び活力を回復して、傘下種族に同様の悲哀を与えまいとするかの如く、自艦隊の運営改革に着手せり。彼女は個々の種族及び個体の欲求や関心に配慮し、下位の種族や個体に対しては技術革新による生活向上に加え、教育や医療による資質向上と、それに相応ふさわしき責任分与や待遇改善を行いたり。また組織のために自らの能力を発揮せんと願う者を支援する一方、権限を私物化する上級者やこれに加担して私利を図る下級者を摘発せり。加えて作戦行動の際は必要以上の破壊を避け、第三者への被害を抑制すべく努力せり。さらに以上の配慮をよりよく為し得るべく、他種族の文明や性質につきて関心及び研究を深めたり。これらの改革は当時の帝国の政策方針とは一致せざりしが故に、彼女は中枢種族からうとんぜられたるも、警戒すべき種族からは無用の注意や反感を招かざるよう注意し、長期的には艦隊の成績も向上せしめたるが故に、辺境守備艦隊の司令官として帝国に貢献し続けることを得たり」


「彼女の艦隊は皮肉にも疎外されしが故に、〝銀河系戦争〟においては不名誉にも中枢種族の私兵と化して相戦あいたたかわされし同僚達との同士討ちを免れ、現皇帝への情愛と共に親衛艦隊の誇りを以て先帝弑逆犯を発見・討滅し、旧皇帝領を全滅より救うことを得たり。然し、かかる成果は容易に得られしものに非ず」


「現皇帝の告発によりて犯罪の露顕ろけんせる中枢種族のひとつザフィエルは、証拠隠滅のために先帝の暗殺及び超新星兵器による皇帝領の破壊を試みたり。また、その艦隊は当時我等が未開発の超空間駆動機関を装備せしが故に、これと遭遇したるバールゼブル艦隊は窮地きゅうちに陥りたり。間一髪で彼女の艦隊を救いしものは、超空間航法の弱点を発見して逆用せる彼女の機転と、それを支援せる技術部門副司令官アミーの演算能力、そして敵の買収を拒みたる情報部門副司令官グラシャラボラスの忠誠心なり」


「ザフィエルの討滅後、バールゼブルは生存せる他の中枢種族に停戦及び秩序の回復を求めたるが、彼女達は混乱に乗じて帝国の実権を掌握し、あるいは積年の遺恨を晴らさんとするが如く、超新星兵器の応酬を継続せり。もとより彼女達は〝脱落組〟にして、彼女達を指嗾しそうせる高位の中枢種族はこの時既にアンドロメダ銀河へと逃亡せるが故に、戦闘は結局彼女達の共倒れに終わりたるが、その戦場となりし皇帝領は著しく荒廃せり。バールゼブルとその副司令官達は少数戦力ながらよく戦闘被害の拡大を防ぎ、最終的には同地を平定して治安を回復せり。然し彼女達は上級種族の逃亡を許し、より多くの種族を救い得ざりしことを悔いて悲しみたるが故に、戦後自ら現職を希望して、同地の再建と復興に尽力せり」


「グラシャラボラスは肉食の狩猟性動物より進化せる活動的な種族なれども、不幸なる星間戦争の歴史及びその後の文明発展から、平和の恩恵と友好の福利を希求ききゅうせる種族なり。彼女は同じく社交的なアスモデウスと友好関係を結びたる後に、その上司たる現皇帝の推薦を得てバールゼブル艦隊に配属せられたり。バールゼブルは、彼女の虚偽や虚飾を好まざる天真爛漫てんしんらんまんな性格から、欲求及び感情が多様にして豊富な他種族の心理につきて識見を深めたり。グラシャラボラスはバールゼブルから、軍事力の効率的な行使の技術のみならず、人道的な制御の手法につきても学習せり。然し彼女は、ザフィエルからの買収を拒みたる直後に奇襲を受け、自動反撃装置によりて辛くもこれを撃破せるも、指揮下の艦艇に損失を被りたる経験を有せり。故に彼女はバールゼブルのもとで、戦場における脅威度の識別及び奇襲対策につきても研鑽けんさんを重ねたり」


「なお近年の情報公開によれば、現皇帝が旧帝国の不正につきて疑惑を抱きたる契機は、グラシャラボラスが宇宙進出期に経験せる星間戦争なり。当時、同宙域の開発を担当せる現皇帝にとりて、四つの種族が同時に同等の発展段階に到達し、恒星間戦争を行うが如きは確率的に不自然な事象じしょうなり。然しグラシャラボラスは、これらの種族の中で唯一、戦争の不毛なる帰結を正しく予測し、他の種族に向けて和平提案を行うと共に、攻撃から防御への戦略転換を敢行かんこうせり。故に、現皇帝は彼女を高く評価し、その一員に偽装せる分離個体を通じて、防衛技術開発を支援せり」


「〝大戦〟中、現皇帝は旧帝国陣営より、文明開発省の種族と後の親衛軍種族との〝不透明な関係〟につきて非難を受けたり。然し彼女は、『グラシャラボラスの真価は、単に生き残りしことにあらず。相討ちとなりて滅亡に瀕せる他の三種族に対し、寛大にも救援の手を差し伸べたることにあり』と述べて、彼女に対する支援の正当性を強調せり。なお、現皇帝の秘密支援につきては、グラシャラボラス自身も帝国加入後にこれを知り、種族融合を支援されしバールゼブルと同じく、彼女に対して感謝と信頼の念を抱きたる旨を、最近の公刊資料において述懐せり」


ちなみに彼女は、有翼の犬に酷似せる分離個体の形状で有名なる種族なり。先進種族でありながら未文明化生物の如き形態を採用する理由につきては、軍事種族として常に不測の事態に備えるため、あるいは発展途上種族の緊張を緩和するため等の推測もなされたり。然し実際のところは、彼女自身が告白せる如く、融合体から〝解放〟されし折には自由闊達じゆうかったつなる生活を望むため、とみるのが適切な理解ならん。形態が異なる他の知的種族との接触においては、その外見から相手を軽んずることなく、礼を尽くすべきことが肝要なり。然し、彼女がこの愛くるしき基本形態をとりたる際には、公式行事を除くほとんどの場合において、自ら濃厚なる身体的接触によりて愛玩動物の如く親愛の感情を表現せるが故に、かかる機会には遠慮なく同様の方法を以て答礼することを推奨するものなり。然しながらこの個体は、かつての親衛軍上級種族の一員として主力戦車級の戦闘能力を有するが故に、その意に反する拘束や養育は全く不可能なることをゆめ忘れるべからず」


「中枢種族の超新星兵器が準備状態に入りたることを受け、バールゼブル及びグラシャラボラスの艦隊は当該青色超巨星の星系へと急行せり。旧帝国派種族は最も強大なる四種族の系列に分かれ、各々が超新星兵器の生産と供給、機動艦隊の運用、後方における指導的先住種族の監視と拘束、前線における従属的先住種族の動員と督戦を分担せり。バールゼブルは〝皇帝領の悲劇〟の拡大的再現を何としても阻止せんがため止むなく、速力に優れ、長距離精密誘導弾としても使用可能な自らの強化外殻を使用することを決断せり。彼女は敵艦隊の哨戒網を突破して当該星系に可能な限り接近したる後、外殻を分離して多方向から拠点に向かわしめ、目標から至近距離内で通常空間に復帰せしめることにより、迎撃されることなく超新星爆弾群及び中枢種族母星への同時衝突攻撃に成功せり」


「然し、ここにおいて恐るべき事態が発生せり。中枢種族は数千光年の遠方から恒星周辺を正確に探査・照準し得る超空間技術の存在を予期せざりき。故に彼女達は、反物質の効率的生産及び拠点の隠蔽いんぺい・防御のために、全ての超新星兵器と自らの惑星を、生産設備たる小型の恒星包囲型構造物ダイソン・ストラクチャーの内側、即ち超巨星の極めて近傍に集中して配置せり。惑星大の反物質爆弾に誘導弾が準光速で激突したる際、爆裂して飛散せる大量の反物質はその大部分が直ちに超巨星へと落下して、これを極超新星化せしめたり。敵軍の大多数は自ら築きたる城砦じょうさいの内部で、自らの爆弾が招来せる地獄の炎に呑まれて滅び、惨劇を免れし者はごく少数の幸運な艦艇のみなりき。然しながらこの攻撃の成功により、中核領域に存在する膨大な数の星系は破滅を免れたり。幸いにもこの星系は、比較的に恒星密度が少なき宙域に位置したるが故に、周辺星系への波及的被害もまた最小限に止められたり」


「生産拠点の壊滅を知りたる敵機動艦隊は、攻撃を実施せるバールゼブル艦隊を発見・包囲せるも、外殻を失いし彼女を救いたるは、わずかに遅れて到着せるグラシャラボラス艦隊なり。新帝国側は二艦隊が合流せるに対し、旧帝国側は追撃が間に合いたる司令部艦隊と宙域警備の先住種族艦隊のみなりき。また、旧帝国の超空間航行技術は恒星付近における作戦行動が困難であり、先住種族は同航法さえ殆ど有せざる上、脅迫手段の消滅によりて動揺せり。グラシャラボラス及び麾下の艦艇は、優秀なる猟犬の如く超空間を自由自在に疾駆し、戦意を失いたる先住種族の艦艇を避けて、攻撃を加え来たる旧帝国種族の艦艇のみを選択的に撃破せり。彼女はこの戦闘において、バールゼブルへの衝突攻撃を図りたる中枢種族の可動惑星を捕捉し、遂にこれを破壊せり」


「司令部を失いたる敵艦隊は降伏せるも、その直後先住種族の艦艇は、恫喝どうかつにより戦場へ駆り出されしことへの怨念を込めて、旧帝国種族への攻撃を開始せり。バールゼブルはこれを制止すべく威嚇いかく攻撃を準備せるも、グラシャラボラスは直ちに分離外殻を両艦艇群の中間に進入せしめ、中枢種族の処罰と損害の賠償につきて告知すると共に、無益な戦闘による犠牲の増加を戒めて攻撃を止ましめ、かつての母星宙域や中心星域の如き惨禍の発生を阻止せり。四大中枢種族の半数と超新星兵器の大部分を失いし旧帝国残党はこの後、境界領域の前線においてアスタロト率いる本艦隊、中核領域内部においては我が分遣艦隊に降伏せり」

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