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第四章 ストラス 3

3 中核領域への偵察 ……ストラス及び、アミー並びにヴォラク


「アスモデウスの作戦によりて、外縁領域からの脅威は消滅せり。然し、中核領域を占領せる中枢種族と、その支配下にある先住・移住種族につきては早期の講和が望み得ず、また戦力の集中による決戦は、周辺の先住諸種族にも多大の犠牲を生ぜしめるものと予測せられたり。故に我等は和戦いずれの積極的行動もなし得ず、戦線は膠着こうちゃくせり。後方艦隊のアドラメレクは、かつて外周星域派遣軍の司令官ガルガリエルが、隷下れいかの種族を母星破壊や遠隔自爆等の悪質な脅迫によりて動員したる前例から、中枢種族は今回もまた何らかの脅迫的手段を用いて被支配種族に戦闘を強制せるものと推測し、我にその旨を通知せり。これに基づき、分遣艦隊の理事種族は精神連結を解除したる後、超空間航法を用いて中核領域に潜入し、分散・展開して状況の把握及び制御を試みたり。前者即ち戦略偵察は我及び我が姉妹種族アミー並びにヴォラクの分離体が担当し、後者即ち精密攻撃はバールゼブルとグラシャラボラスの分離体が担当せり」


「新帝国艦隊は、恒星近傍の超空間内においても高速航行や通常空間への往還及び探査を可能とする、重力場干渉への補正装置を装備せり。特に我等が分遣艦隊は、隠密航行や秘話通信につきても優秀なる技術を保有せり」


「注目すべきは、これら新技術の開発に関しては軍事技術のみならず、広範な基礎科学研究に立脚せる、民生技術の発展によるところが大なりし事実なり。そもそも超空間関連技術は旧帝国の中枢種族が開発せしものなるが、彼女達はこれを軍事機密として秘匿ひとくし、以後の発展は内戦及び他銀河への侵略・支配のもとで停滞せり。これに対し、新帝国においては銀河系再建への希望に溢れる多数の種族が、全帝国種族の福利を実現すべく、超空間を経由せる安全な航行や自由な通信、周辺種族に対する重力震被害の防止のために熱意を以て各種の研究に挑み、成果を共有せり。故に、ひとたび実用化への隘路あいろが打開されるや以後の技術発展は目覚ましく、遂には中枢種族の最先進技術をも凌駕りょうがするに至れり。我等は敵陣営に察知されることなく、受働式の遠距離探知機を搭載せる多数の分離外殻を送出し、新技術の灯火ともしびによりて中核領域の暗闇を探照すると共に、必要なる場合にはいかなる目標へも短時間で到達し得るべく、詳細な宇宙地図を作成せり」


「然し、以後の分遣艦隊の行動を述べるに当たりては、我等の関係及び当時の状況につきて、いささかの解説が必要とならん。何となれば我等分遣艦隊による攻撃は、〝アンドロメダ戦役〟の帰趨きすうを決する一方、新帝国による非人道的行為とも非難される作戦なるが故なり。我は今より、この攻撃が中枢種族の非人道的企図を阻むため、止むなく最小限の犠牲において行われしことを説明するものなり」


「我ストラスは光栄にも、〝賢明王〟の別名を与えられしが、実際には過去の愚かな過ちをい来たる者なり。それは他ならぬ中枢種族のために、種族融合技術の開発及び提供を行いし事実なり。我は大型の凍結惑星において、例外的に複雑な物質組成や極低温下における特異化学反応等の、極めてまれな偶然が重なりて生まれたる単一生物にして、同種の存在は現在に至るまで発見し得ざりき。帝国成立の遙か以前に誕生したるにも係わらず、我の進化には酸素・炭素系生物の数百倍から数千倍の歳月を要し、外界の物質の加工も困難なことから、宇宙進出が可能となりしは、中枢種族からの技術支援を得て以降のことなり」


「当時彼女達は銀河系外周種族との戦争の最中さなかにあり、天然の集合意識生物たる彼女達との戦闘において劣勢となりしが故に、その利点を自らもまた獲得すべく、類似種族たる我に情報提供者、演算装置兼実験素材となるよう要求せり。拒絶は自らの死を招くものと理解せる我は、これを承諾せり。この協力による量子頭脳への人格転移マインドアップローディング技術の完成及び、それが可能とせる幾多の技術革新によりて、先帝率いる旧帝国は勝利し、我もまた先進種族の列に加えられたり」


「然し、かかる地位の向上は、我にとりて必ずしも幸福なものには非ざりき。代謝が活発で活動的なるも、短命で利己的・衝動的な側面を有する多数の個体が、自己や集団の利益を巡りて争う酸素・炭素系種族の気質は、時に我には理解し難く、特に反抗種族に対する絶滅処分等の過酷な措置は容認し難きものなり。然し、生活環境や文明様式がある意味においては外周種族以上に異なり、また傘下・類縁の種族もなき我にとりては、旧帝国下における政治的発言力の獲得は極めて困難なりき。故に、我はただ帝国全体の科学・技術の進歩を通じ、先進種族のみならず途上・外周種族も加えた全種族の、倫理性も含めた発展に寄与することを自らの存在意義と信じて、研究活動を継続せり。我は、惑星全域に成長せる記憶素子と演算回路網の恩恵によりて科学省長官の職に就きし後も、重大なる政策論争には介入せず、〝帝国の臣よりも科学の臣〟〝生きた計算装置〟として働き続けたり。其は、政権内部の権力闘争への関与が直ちに、孤立種族なる我自身の生存に危険を及ぼすことを認識せるが故なり」


「中枢種族はまた、銀河系内の覇権維持と他銀河侵略のために軍事種族を量産せしむべく、現皇帝の所管せる途上種族への文明開発計画に対し、非人道的な干渉を加えたり。現皇帝からその調査を依頼されし我は、我自身が担当せる先進種族への融合体複製計画にもまた、同じ目的が隠されしことを発見せり。現皇帝は我に対して事態改善への協力を求め、我は彼女と相互支援の盟約を結びたり。然しこの時、我は内心において帝国の将来に絶望し、万一の場合は複製実験により生まれしアミー及びヴォラクと共に、安全が確保されるまでの間、銀河系外に脱出することを検討せり。然し、我を翻意ほんいせしめたる者達もまた、この両名なりき」


「実験によりて双子種族となる以前のアミー及びヴォラクの前身種族ウォフマナフは、海豹あざらしの如き海生動物より進化せる生物種にして、つぶらで愛らしき瞳を有するも、屈強な身体と高度の知性に恵まれし種族なり。また彼女は典型的な酸素・炭素系種族にして、地球人類のものと酷似せる、鉄原子を核とする赤色の有機化合物を酸素運搬体として、呼吸活動を行う種族なり。注目すべきは、彼女が比類なき好奇心・探究心や、アスタロトとは対照的に過激とも称し得る諧謔かいぎゃくの才能を有する反面、その胸中には同様の厚き道義心と責任感を秘めたる種族であることなり」


「アミーとヴォラクは過去の種族間融合実験以来、姉妹種族として心を結びたる我の悲嘆を共有し、次の如く我に通信せり。即ち、『現下の如き国家の一大危機に際し、絶望や悲嘆に暮れる猶予ゆうよはあるまじ。帝国の存在意義を守るべく、我等はかつて忌避きひしたる軍組織への参加を含め、いかなる活動にも身を投じる所存なり。今回の事件につきてはその関係者が極めて高位なるが故に、敗北は許されざることを、我等もまた了解せり。また、帝室及び中枢種族の企図や軍備につきては未だ不明の部分が多く存在せり。然し、〝全ての種族のための文明発展〟という理想は我等の絶対に譲りえぬ信念なり。我等は中枢種族との敵対や外周種族との同盟もいとうことなく、汝姉妹種族ストラスと最後まで命運を共にすることを、酸素呼吸種族の名誉にかけて誓うものなり』と。我は、現皇帝への全面的な協力を決定せり。両名もまた各々、親衛軍のバールゼブル及び正規軍のアスタロトの副司令官へと転任したる後、〝銀河系内戦〟において中枢種族の撃退や最小限の犠牲や被害による治安の回復に貢献し、〝救国伯〟〝救命伯〟の別名を得たり」


「因み《ちな》に周知の如く、彼女達は極めて稚気溢れる種族にして、地球型分離個体の形状を決定する際も人類の頭髪に尋常じんじょうならざる興味を示し、アミーは頭頂部、ヴォラクは側頭部にのみ極彩色の直立毛髪を集中させる髪形によりて、両者の判別を行う予定なりき。然し、理事種族の識別機能も有する適応分離個体は、各種族の特徴を反映しつつも、極力強圧的な印象を排して親近感と好意を醸成すべく、相手方種族の愛らしき若年個体の姿を借りることが一般的なり。例えば現皇帝は栗色の御河童頭をせる大人しく優しげなる少女、アスタロトは長髪痩身の生真面目そうな少女、アスモデウスは髪に飾細布リボンを結びたる快活そうな少女の姿を、好んで採用せり。故にアミー及びヴォラクもまた、金色または茶色の髪の利発そうな少女の容姿を選択せるアドラメレクの助言に従いて、左右の一方に髪留めを装着せるお転婆そうな双子の少女という、現在の形態を選びたり。然しながら今もなお、『より魅力的にして我等の好奇心を満たし得る形状あらば、新しき髪型も採用可能なり』とは、彼女達の弁なり」


「アンドロメダ銀河の中核領域を超空間より精密に走査せる我及びアミー、ヴォラクの偵察艦隊は、先住種族の中でも指導的なる一種族の惑星系に対する、超新星兵器の使用を確認せり。その後前線において、従来は戦闘に消極的なりし同種族系列の艦隊が、攻撃的な作戦行動を実施する方針に転じたることから、中枢種族は同銀河においても悪質な脅迫による動員を継続せることが推認せられたり。また、中核領域にある一青色超巨星においては、惑星数千個分の反物質が生成及び蓄積され、その総量は中核領域の全体に壊滅的な被害を惹起じゃっきし得るものなることが判明せり。超新星兵器の実体とは、超光速駆動機関を搭載せる惑星規模の反物質誘導弾なり。故にこの観測結果は、中枢種族がかつて銀河系において試みたるが如く、超新星兵器による銀河の破壊に乗じて他の銀河へ逃亡し、これを征服したる後に、同地より新帝国に次なる反撃を行わんと企てつつあることを意味せり」


「さらにその直後、新帝国・外縁種族間の和平成立と時を同じくして、これらの超新星兵器に装備されし駆動機関が次々と作動準備状態に入りたる兆候が観測され、事態は一刻の猶予もなきものへと変化せり。それらの使用を許すことは、我等三姉妹にとりて、旧帝国下における恐怖政治の果ての悲惨な戦禍という、堪え難き悪夢の再来を意味せり。故に我等は協議のうえ、現皇帝の裁可を得て、バールゼブル及びグラシャラボラスの攻撃艦隊に対し、緊急の対応を要請せり」

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