表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/36

第四章 ストラス 2

2 外縁種族との和平 ……アスタロト、アスモデウス、ベール及びアドラメレク


「遠征の報告に当たりては、各理事種族による行動の背景につきての理解も必要とならん。故に我は、各種族の来歴や作戦参加の経緯から説明を開始せん」


「まず、遠征の総司令官たる〝正義公〟アスタロトは、社会性の渡り鳥を祖先とする種族なり。集権的な統治機構を要する農耕・定住生活の経験少なきが故に、個人の自由、及びその基礎となる平等の理念が発達せる種族なり。彼女が軍事種族として高き評価を得たるは好戦性あるいは攻撃性に非ずして、その清廉実直なる気性や移動生活への適応能力によるものなり」


「かつて、情報不足のまま彼女の母星に襲撃を試みし犯罪種族は、その〝惑星〟の大部分が長期の移動と軍務に適応すべく、高度な自給・戦闘能力を有する無数の可動小惑星及び巨大航宙艦の集合体へと変じりたる事実を発見し、直ちに降伏せり。然し、彼女は本来的には自ら輸送警護を行う通商・交易種族であり、他種族との経済・文化的交流も活発なり。他方で彼女は、かかる交流先に資源・情報の保管庫を設置せるが故に、万一戦闘で艦隊が大損害を被るとも、その活動や人格への影響は限定的なり」


「さらに彼女は、他の種族融合体や個体群種族との間における分離個体の相互帰化も多数に及び、因習や偏見に囚われることなく他文明の長所を摂取・仲介することに積極的なるが故に、むしろ彼女の種族的個性は、他種族との交流による新文化の創造にありとさえ言い得るべし。そして正に、この変わらざる文化的多様性への理解こそが彼女に、かつて文明開発長官なりし現皇帝からの厚き信頼や、多数の種族からなる帝国正規軍の各艦隊からの支持を得しめたるものなり」


「遠征艦隊の民政部門副司令官、〝熱情王〟アスモデウスは、種族融合体への発展以前には巨大な頭脳を有する爬虫類に類似せる種族なりしが、三つ頭の凶悪なる怪物という形容は旧帝国派の虚偽宣伝なり。実際には彼女は、大脳が三つの領域に区分され、各々が個人的・社会的な利害判断、及び両者を合わせた総合的判断を分担せる生物なり。これは決して表裏ある性格を意味するものに非ずして、他の種族なれば未分化な脳によりて直観的に為す意思決定を、その高度な知能を駆使してより客観的・分析的かつ内省的に行うものなり。故にこの能力はむしろ利害関係者に対し、相互の利益を明確化した上で最大限に両立せしめることを目標に、誠意を以て積極的・精力的に交渉する態度を導きたり。かかる性格は、将来の紛争を予防して良好な協力関係を永続せしむることに役立ち、彼女の産業種族のみならず行政、特に外交種族としての成功をも説明せり」


「かつて彼女は文明開発省の副長官として、旧帝国の有力なる中枢種族に内密に接近し、発展途上種族に対する支援と権利付与への協力を求めたるも、制裁の威嚇を伴う拒絶を受けしばかりか、この種族と対立せる他の中枢種族からも政治的な邪推及び中傷を被れり。然し、これは彼女の失策というよりも、帝国内部の権力闘争及び種族間格差が、彼女の能力を以てしても克服困難なまでに激化せることを意味せしものなり」


「彼女はこの経験から、後に現皇帝が、帝国中枢の不正を知りて直訴を試みたる際、これを実力によりて阻止せり。しかし、自らの解任をも覚悟せる彼女は、説明を受けて彼女の真意を知りたる現皇帝から、慰労と感謝の言葉を受領せり。これに応えて彼女は後に、〝自衛措置を講じての公開請願〟という献策を行いたるが、これに始まる多数の種族の努力が帝国の崩壊を防ぎ、新王朝への移行を可能とせしことは、もはや歴史的事実なり」


「アスモデウスは、それまでアンドロメダ銀河〝中核領域〟への旧帝国派の侵略に対し、冷淡なる無関心ないし不干渉の態度をとりたる同銀河〝外縁領域〟の種族が、反乱勢力及び我方の偵察艦隊のみを攻撃せる事実に注目せり。彼女はこの事実から、旧帝国派はかつて銀河系において用いたると同様の策略を以て、同種族の攻撃を我等が陣営に誘導せしものと推定せり。この判断に基づきて、彼女は情報・通信機能を重視せる強化外殻を装備すると共に、司令官アスタロトに対し、銀河系外周星域長官ベールの分離体との共同作戦を進言せり。その理由は第一に、銀河系と同様アンドロメダ銀河においても、周縁部においては巨大な液化気体惑星に居住せる非酸素・炭素系の種族が大多数を占めるが故に、主として酸素・炭素系種族からなる正規軍艦隊のみならず、彼女達と同種の種族からなる外周星域の艦隊も派遣する方が、和平の可能性を高め得ると考えられしためなり。また第二に、不幸にして戦闘を避け得ざる場合においても、巨大惑星の豊富なる資源に恵まれし種族との交戦に際しては、やはり同様の巨大惑星を可動化して中核とする、補給艦隊を随伴させる必要がありしためなり」


「銀河系外周星域長官〝辺境王〟ベールは、大型の液化気体惑星に浮遊する藻類より進化せる種族なり。この藻類は当初は単細胞生物なるも、それらがつどいて多細胞生物となり、さらに多数が集合して巨大なる群体を形成せり。この群体は微弱なる恒星の輻射に加え、惑星上の化学・熱力学・動力学さらには電磁力学的現象までをも活用して成長を続け、遂には惑星表層の環境を変化せしめるほどの浮遊大陸を形成して、他の様々なる生物種も進化・繁栄し得る楽園を創造せり。さらにこの群体は、原核生物が他の同類を体内に摂取・共生して真核生物に進化せるが如く、一部の知的生物種に共有神経網を提供することにより、それらを同化せり。これにより彼女は知覚・思考・動作能力を得て、天然の〝心ひとつなるもの〟とも称すべき、一個の巨大なる集合意識生物へと進化せり」


「この生物は宇宙進出後、外周星域全体に広がりて支配的種族となりしが、他惑星への移住のための再分離は血縁種族間に様々な意見の相違をもたらし、その論争は特に、中心星域を支配せる酸素・炭素系種族との関係につきて、顕著となりたり。〝最初の個体〟を代表とする集団は、血縁種族による全銀河系の〝保護〟を主張せるも、その娘の一人ベールを長とする集団は帝国との分離・共存を提唱せり。然し不幸にも、中心星域においても主戦派勢力が優勢となり、第一次帝国内戦が勃発せり」


「この戦争においては外周星域の敗北によりて〝最初の個体〟を含む多数の種族が滅亡し、代わって穏健派のベールが、形式的な〝銀河系外周星域長官〟に任命せられたり。今回の第二次内戦に際しては、ベール率いる外周星域は新帝国と同盟し、その戦勝に貢献して、完全なる自治権を獲得せり。故に彼女は旧帝国派の宣伝において、その進化の過程から、異種の生物が混合せる怪物として描かれたり。然し、実際にはその生存が自らの体内における生態系の均衡維持に係るが故に、後進の生物種を守り、育み、そして導くことを本能とせる、母性的な慈愛に満ちあふれたる種族なり。即ちベールはむしろ生まれながらにして、発展途上種族の伝承説話にいうところの〝神〟に最も近き存在というべし」


「アスタロトからベールへの協力依頼を仲介せし者は、ベールの副長官たる〝美麗公〟アドラメレクなり。彼女は一惑星上に共生せる二種類の知的種族が、単一種族として帝国に加入せる種族にして、その分離個体は各々、器用なる二本の腕を備える孔雀くじゃく及び騾馬らばに類似せり。彼女達の日常生活において、ある時は強健なる後者が前者の指導のもとに働けるかの如くなれども、他の場面においては前者が後者を家畜の如く愛玩しつつ、親身となりて身辺の面倒を見たり。故に、観察者はその主従関係の判断に悩みたるが、両者の関係は親密にして対等なり」


「彼女は現職への就任に伴いて、中心星域の母星から外周星域の巨大惑星に移住せり。然し近年、旧母星の〝銀河系戦争〟による被害の復旧作業中に、先史時代の激烈なる核戦争の痕跡が発見され、かつて両種族は相争いて文明を失いし後、共同でこれを再建したるものとの仮説が公表せられたり。当時は未だ発展途上なりし当該宙域の文明開発を担当せる部署には、現皇帝が所属せり。また、敵対する種族の間に相互依存関係を構築して紛争を解決せしむるは、彼女の得意とせる発展支援手法なり。報道機関より当時の事情を問われたる現皇帝の分離個体は、記録の逸失によりて詳細は不明なりと答弁し、ただ暖かく微笑みたり。然し、その後にアドラメレク自身が仮説の真実性を公表し、現在の種族的一体性及び答弁における配慮につきて、現皇帝への感謝を表明せり」


ちなみに、その共通個体はやはり二本の腕を有する天馬ペガサスの如くなるが、二種族いずれもこの形態を取りし場合は、行動形態による判別が不可能なり。故に、現在において実質的には両者の区分は消滅し、必要または好みに応じて、各人格が両者の形態を使い分けているに過ぎざるものとの見解も有力なり」


「アドラメレクはその発展の歴史から、他種族の文明を理解し、支援することに長じたる種族なり。彼女は〝銀河系戦争〟の初期、協力依頼のため外周星域におもむかんとする現皇帝に対し、アスタロト及びアモンの分離体を伴うよう進言せり。この配慮は、現皇帝の警護及び外周星域への軍事的助言と共に、慎重な性格を有する外周種族に新帝国の二大軍事種族の人柄を知らしめ、信頼を得ることを目的とせり。中枢種族バラキエルの謀略によりて、最愛の姉妹種族同士が戦闘を強いられしアモンとカイムの悲劇及び復活と和解の物語は、永らく中心星域と対立せる外周星域種族の内に、共感と希望をはぐくみたり」


「一方、生真面目なるアスタロトは交渉時の挨拶において、かつての自らの立場の説明と不得手なる諧謔かいぎゃく精神の発揮を同時に試みたる結果、『我等が最大の仮想敵なりし汝等と、もはや二度と戦い得ざることは誠に残念なり。両星域の未来に祝福あらんことを!』と語れり。これに対してベールもまた、緊張のために彼女の意図を誤解して、密かに臨戦体制に移行せり。然し、これに気づきたるアドラメレクは、『誠実なる帝国軍最良の軍事種族の、懸命の冗句じょうくと最大限の賛辞に感謝を!』と発言して会場内の雰囲気を逆転し、交渉を成功へと導きたり。彼女は今回の遠征参加につきても、『両星域の実力と誠意を互いに証する良き機会なり』と説明し、ベールの裁可を獲得せり」


「アンドロメダ銀河に到着せる遠征艦隊はまず、同銀河の〝境界領域〟に布陣せる反乱勢力及び偵察艦隊の残存部隊と合流せり。同銀河は広大にして政治的に未統一なるが故に、帝国における〝星域〟の如き明確なる行政区分が存在せず、また〝中核領域〟と〝外縁領域〟の中間に存在せる〝境界領域〟は、散発的な紛争地帯ないしは暫定的な緩衝地帯として、未開発のまま放置せられたり。残存部隊からの通報によればアスモデウスの推測通り、旧帝国派は彼女達を境界領域方面に圧迫したる後、その退路を絶つと共に遠征艦隊の進攻を妨害すべく、悪質なる情報操作を行いたり。即ち、『新帝国軍を自称せる者達は、銀河系において非酸素・炭素系種族を侵略し抑圧せる邪悪なる叛徒にして、反乱勢力もまたその同盟者なり』との虚報を流布することにより、外縁種族から反乱勢力及び偵察艦隊への攻撃を誘発せしめたるものなり」


「アスモデウスはこれに対抗すべく、自らの強化外殻を分離して高出力の情報送受信装置となし、外縁領域方面の各所に送出せり。各分離外殻には、本艦隊よりアスタロトの戦闘艦艇及びベールの補給艦艇が、護衛及び支援のために随伴せり。この外殻は亜空間通信によりて、付近一帯の宙域に銀河系史の概要及びアンドロメダ戦役に到る経緯を公開する放送機能に加え、外縁領域種族からの質問及び提案を受信して、回答を送信する通信機能をも備えたり。内政及び外交に関する重要情報は現皇帝の分離体、回答を適切に表現するための言語情報はアドラメレクの分離体が提供し、これらの支援をもとにアスモデウスが膨大な量の演算処理を行いて、回答結果を送信せり。この作戦は大成功を収め、外縁種族の誤解は払拭ふっしょくされて、停戦及び和平交渉が実現せり」


「然し、発見の直後から分離外殻を攻撃せる外周種族に対し、最初に真実を証明せし者は護衛の諸艦艇なり。運動性に優れたる酸素・炭素系種族の戦闘艦艇が自ら楯となりて非酸素・炭素系種族の補給艦をかばい、また超大型の補給艦が標的となる危険をも顧みず、交戦宙域に進出して戦闘艦艇に物資を供給せる光景は、旧帝国派の虚偽宣伝に対し、明白な疑念を抱かしめるに十分なものなりき。彼女達の協力によりて、新帝国と外縁種族の関係が好転せるのみならず、新帝国内における中央種族と外周種族の関係もまた一層親密なものとなり、永遠の絆を強めたることは疑いのなきところなり」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ