アイツ、狂人に違いない
武田攻めはあと少しというところまで来ていた。
八割ほど攻め落とし、あとは上杉と北条といった具合になっていたのにそこから先に進むことが出来ていなかった。
「えぇい、なぜこれほどの軍備がありながら勝てぬ!」
「ハッ、それが所々に材木が放置されており進軍が進みません。また撤去しようにも山から、弓兵が攻撃してくる始末」
「そんなもん気合でどうにかしろ!」
本陣の軍議の間、外に作った布に囲まれた場所では簡易の椅子に机と地図を置いて話し合っていた。
地図の上には駒が置いてあり、敵の軍勢を大体で表している。
そして、そこで部下の報告に怒り心頭だったのは鬼柴田と呼ばれるおじさんである。
残っているのは武田勝頼と呼ばれる者の部隊らしく、戦場の士気もやっぱ武田は強いよってことで下がっていくというヤバい状況だった。
「どういうことです?」
「いいか、あそこを攻めようとするにはまず中継地点になる拠点が必要なんだ。そのまま行くと、上から上杉、下から北条が来るだろ、そうなったら三方向から攻撃される」
「なるほど、というか山から断続的な攻撃ってそれなんてゲリラ、敵は特殊訓練を受けたゲリラですね分かります」
あーでもこーでもないと、話し合っていると徳川さんが遅れてやってくる。
その後ろには、小汚い青年とオッサンが立っている。徳川さんと対して変わらないので、もしかして茶飲み友達かな?
「おい、三河守!今は軍議の時間だぞ、そこに部外者を入れるとは何事か!」
「し、しかし柴田殿!これには訳がございまして」
「訳など知るか!そこに」
今にも切り掛かろうと柴田さんが槍を手に持った瞬間、トンと机を扇子で叩く音がした。
それは、一番中央に座った殿が発した音だ。
「やめよ」
「しかし、殿!」
「不服か?」
「め、滅相もございませぬ」
プルプル震えながら引き下がる柴田さん、ざまぁ怒られてやんのといつも威張ってるからいい気味である。
さて、件のやってきた者達が何なのか徳川さんから説明が入る。
「こちらにいますは武田勝頼が軍師、真田安房守でございます。これまで当家と織田家を苦しめましたのはこの男の策でございます」
「何だと!つまり、貴様は敵の智将を捕らえたということか!よし、今すぐ斬ってしんぜよう!」
「やめよ」
説明の途中で、今度は刀を抜いた柴田さんに殿が睨みつける。
周りからも、またかよ、またアイツ怒られてるよといった雰囲気が流れる。
もうちょっと、落ち着いたらいいと思います。
さて、問題はこのゲリラ戦術を考えた人の方である。
「それで」
「は、ハッ!実はこの者、当家の元へ身一つで交渉したいとやってきたのでございます。信じられませんでしょうが、織田家に着くとのこと」
ざわざわ、と軍議の間がざわめく。
そりゃ、敵軍の処にノコノコやってきたら普通は切られるからだ。
つまり、そんな命懸けのことをするこの人は狂人の類である。
「ククッ、その方真田安房守と申したか。そちらの餓鬼は、もしや嫡男か?」
「へぇ、真田安房守の嫡男、名は源次郎、真田源次郎信繁でございます」
「よもや勝算あっての行動か?」
「へぇ、岩櫃城の攻防は全ては我が采配でございます。ここで死のうとも易々とは攻略出来ませなんだ。ただ、もし私が落とすなら容易いでしょうな。無論、私以外に可能なものがいるならばここで一族諸共斬って結構!」
「ち、父上!?そんな話聞いておりません!」
「うるさいぞ源三郎、今言ったのだ!」
殿の詰問にスラスラ答えたオッサンの言葉に後ろの子供が騒いでいた。
いや、しょうがないよね。一緒に殺していいですっていきなり言われたんだからな。
「ふむ、引き抜きであるか。そういえば、小山田信繁、貴様も武田から来たのであったな……」
「おお、殿の覚えめでたく小山田は嬉しく思いまする!」
「貴様のおかげで勝頼をどうにかできた、して貴様は勝頼の仇討ちではなく恭順を示すこの者をなんと心得る」
「ハッ、旧知の好ではありまするが甲斐一の不忠者、即刻首を斬るのがよろしいかと」
「そうか、そうかそうか。おい、刀を寄越せ」
殿は立ち上がり、そういうと家来衆から刀を貰い平伏する安房守を見る。
微動だにしない、安房守にフンと面白そうに笑うとさっき呼ばれた小山田に奴を押さえろと命令した。
「さて、ここで死ぬぞ」
「父上!えぇい、無抵抗の者を斬るとはこれが織田のやり方か!」
「覚悟は出来て参りまする」
そうかと殿は楽しそうに、刀を振り下ろした。
「なっ……」
「当家に裏切者はいらん」
「お、おのれ……」
重い音を発しながら、押さえていた小山田が背中から斬られて血を流しながら倒れる。
そ、そっちかよと思わずびっくりである。でも、よく考えたら盛大にブーメランな発言をしていた。
「儂に仕えるとはこう言うことだ。一度でも裏切れば未来永劫忘れぬ。いつ死ぬか分からぬ覚悟を持ってして、仕える理由が貴様にあるか?」
「成し遂げなければならぬことがありますれば」
「であるか……貴様の策、聞かせてみせろ」
殿と、みんなが反対するが聞く耳持たず、いつものワンマン社長っぷりであった。
しかし、このまま埒が明かないのも事実なので殿の考えも一理あるのかもしれない。
政治とか戦争のことは良くわからないからね。
「現在、徹底抗戦をしておりますは岩櫃城でございます。ここを基点に、織田軍を攻めており三方の守りもありますれば落とすのは容易ではないでしょう。ですが、内側からならば脆い物です」
「ほぉ、貴様にしか出来ないことだな」
「彼方には話は着けております、織田家に裏切った姿を見せて軍備を整え機を見て裏切りましょうと。とはいえ、それには織田家の信用が不可欠。捨て身の策故に、警戒はされましょう。なので、織田家の歴々にはご協力願いたい」
「何を望む?」
「武器を、そして兵糧を、また金山などに送るつもりの兵士達を」
それは、持っていけるもの全部寄越せと言っているような物だった。
流石の発言に、斬られてもやっぱり仕方がない。
もしそのまま裏切られれば敵に塩を送ることになる、確かに信用がなくては出来ないことだ。
しかし、みんな感心したようにおぉと声を上げる。
「その方が裏切らぬ保証は?」
「この劣勢で裏切るものは信玄公に義理立てする忠義者でございましょう。策ならば運任せ、下策も下策でございましょう。このような不忠、裏切るならば行いませぬ。また、あり得ぬからでこそ、策の成功へと繋がりましょう」
「確かに、本当に寝返ったのならそのまま襲い掛かれるにも拘わらず無抵抗ならば信用できよう。そして、当家からの信頼も得たという証明となろう。いいだろう、だが努々忘れぬことだ貴殿は織田方に付いたのだと、今の話に嘘偽りないな?」
「では!ははぁ、ありがとうございます!」
そうして、安房守は武器と兵糧と兵士を持って岩櫃城攻略に乗り出した。
しかし、裏切ったフリのフリの……なんだかややこしいな。
まぁ、裏切らないでしょう。だって、圧倒的に劣勢ですからね。
だが、そんな予想とは裏腹に殿は楽し気に出て行った安房守を見ながら言った。
「安房守、よい面構えだ」
「イケメンでしたっけ?」
「そうではない。奴は小山田を斬った時、震えておった。自分も同じ目に遭うと考えたのだろう、しかし目には覚悟があった。家の存続かはたまた野心か、奴は嘘は言っておらん。もし裏切れば、儂の見る目がなかったか奴が一枚上手ということだ」
そんな話をした、数日後。
岩櫃城から煙が上がった、策が成功したのだ。