ここはどこだろう
目が覚めた其処は、暗闇の中だった。
灯りは、うっすらと地面にある。
それは淡い点滅を繰り返す囲炉裏だった。
「囲炉裏?えっ……」
思わず言葉にした俺は、自分の声に驚く。
まるで女の子の声みたいだからだ。
「えっ、どこ、ここ」
「目覚めたかね」
「ッ!?」
声を掛けられ、ビクッと肩を震わせる。
まさか、自分以外に人がいるとは思わなかったからだ。
声の主は上半身裸の禿げたオッサンであった。
そのオッサンが囲炉裏を使って調理をしている。
「うぅ、うぅ~ん」
「ひゃっ!?ひ、人ですか?」
「うむ、そのようである」
またもや声が聞こえた。
しかし、それはありえない現象を伴って聞こえていた。
誰もいなかった場所、そこに半透明の女の人がいたからだ。
それは徐々に色付いて、ハッキリとした色合いへとなる。
今度は困惑するような男の声が聞こえた。
「貴公も虚空から現れたのだ」
「き、貴公?」
「ロールプレイの癖である」
「あ、はい」
話しかけるわけにも行かず、起きるのを私達は待つ。
起こせばいいんだけど、何だかためらってしまう。
多分、この禿げたオッサンもそんな感じで俺を見ていたんじゃないだろうか。
「どこなんでしょうか、ここ」
「気付いたらここにいた。外は森の中であった」
とにかく分からないが、周囲を調べ上げながら自分の状況を整理する。
この状況が一体何なのかと。
思い返すと昨日の夜、俺はベッドに入った記憶が無い。
そう、そういえばゲームをしていた。
VRゲーム、所謂仮想現実にダイブするゲームだ。
俺は、そのVRMMOでネカマプレイしていた。
キャラ名アリス、エルフをベースに自分と違う性別アバターを作って楽しんでいた。
「見たところ、アジア圏の木造建築に近いですね」
「アジア、埋め立て地域であったか?」
「そうです。東京がある、あの地域です」
「それは、時代劇の話しなのではないか?」
そう、時代劇に出てくる過去である。
俺は色々動き回り、中の様子を観察する。
石と木だけで出来たそれは、金属板が見当たらなかった。
コンロなんて穴と薪で、アウトドアのようにすら感じる。
本格的な自然派建築、ドローンやAIなどが存在していない。
外を見れば、乱雑な木が配置されており空には何も無かった。
つまり、環境設定管理が為されていないことを意味する。
「分かりました」
「ほぉ、分かったか」
「ここは、ゲームの世界です」
「それは違うぞ」
えぇー、と俺は変な声を上げる。
だって、今の時代にこんな景色と言ったらゲームしかありえないからだ。
だが、オッサンは自信満々に理由を説明する。
「腹が減るぞ」
「それはそういう設定では?」
「GMコールできないぞ」
「あっ!いや、それは故障とか」
「それに倫理規定に止められないぞ」
「どうやって確かめ……まさか!?」
俺は何故か無意識に胸元を押さえた。
ストーンと絶壁だが、なんでか隠して身を捩る。
倫理規定とは18未満の子供に対する設定で、過剰なエロやグロが禁止される物である。
VRだからといって情操教育に悪い事は出来ないようにするシステムだ。
「例外なく解除されることない物が解除されているのだ」
「触ったんですか?」
「故に、我輩はゲームではないと断じた」
「触ったんですね!」
「気にするな」
気にするよ!乙女の純潔を何だと思っているのだ!
と思ったけど、俺は男のはずである。
あれ、なんでこんなに羞恥心と嫌悪感が生じてるんだ?
「ふむ、我輩達が騒ぐから起きてしまったようだ」
「えっ?」
言われて、女の人を俺は見た。
女の人は黒髪ロングの女で、ドッグタグをつけて、黒いティーシャツ、そして巨乳。
割れた腹筋とヘソ、迷彩柄の長ズボン、硬そうな黒光りする靴。
腰にはナイフ、軍人にしか見えない姿だった。
そんな人が伸びをするもんだから、胸がプルンプルン。
凄い、倫理規定は解除されてる。ゲームじゃないぞこの世界!
そんな女の人は俺達を見て、首を傾げて口を開く。
「誰だテメェら?」
「おぉ、そう言えば自己紹介して無かったな」
「ど、どうも」
自己紹介する流れとなって、ふと気付く。
自分の本名が分からなくなっていたのだ。
どういうことだろう、アバターの名前は覚えているのに……
俺以外も同じなのか、二人も口籠もって困惑した様子を見せる。
「あぁ、ったく、さっぱりだ」
「我輩も和尚と名づけたアバター名以外は分からん」
「お前のような和尚がいるか、日本舐めんな」
腕を組んで唸る和尚に、冷たい視線を向けて吐き捨てるように女の人が言った。
その様子を見ている俺の視線に気付いたのか、目と目が合う。
なんだろう、怖いから嫌だなこの人。
「お、おい。私のせいか、悪かったって」
「うぇ!?」
急に近づいてきて俺の頭を痛いくらいの勢いで撫でてくる。
何で急に撫でてるんだこの人、と思ったら床が濡れていることに気付く。
どうやら、いつの間にか泣いていたようであった。
何でだよ、どうなっているんだ。
「それで、貴公の名は」
「あぁ、名無しかな……設定してねぇんだ、ジェーン・ドゥで分かるか?」
「名無しでも分かるよ」
「しかし、これはどういう状況なんだ?随分昔の様式だな」
そう言って、ジェーン・ドゥは俺がさっき行なったように色々と周囲を観察する。
そして、何か分かったかのように頷いていた。
何も分からない状況だけど、手掛かりになるようなことでもあったのかな?
「どうやら戦国時代のようだな」
「戦国時代、冷戦か」
「いや、もっとマイナーな千年代後期みたいな感じだ。私達の時代から数千年前だな」
冷戦、聞いたことがある。
すごく昔の戦争で、今のAIの元となるシステムが発明された時代くらいだ。
昔と言うことしか、知らない。
「二千年分かるか?IT革命だが、歴史で習ったろ?」
「パソコンが発明された時代か!」
「いや、パソコンの元になるのはもっと前の時代には発明されてるんだが、まぁいい。恐らく、これは戦国時代の様式だ。マイナーなフィールドだがゲームで出ていた」
ジェーン・ドゥさんが言うには、彼女の祖先がいた日本の時代らしい。
俺の見立てどおり、日本様式だったみたいである。
アジア圏だと思ったけど、囲炉裏とか竈は日本に多いもんね。
でもって、戦国時代と言うのは小学校で習った。たしか、徳川って人が日本を建国したんだよな、少ししか先生言ってなかったから詳しくないけど。
「私はこの手の知識はゲームで知ってるから分かったが、分からねぇだろ。相当昔だぞ」
「どのくらいなんですか?」
「テラフォーミングすらない時代、大陸ごとに国が乱立していた時代だな」
「古典の世界じゃないですか」
ジェーン・ドゥさんの話を纏めると現在の国境がなく星ごとに民族が別れている時代よりも遡り、一つの星に民族が集中していた時代、そこから更に国と言う集団すら出来ない国民同士で争っている時代の島国の可能性があるらしい。
合戦ステージなる物の知識なので、性格では無いらしいけどね。
「詳しいんですね」
「まぁ、自分の血筋のルーツを調べた事があるからな、平成だったけど。私は文系なんだ」
「お……僕は理系です。あと、アリスって言います」
ジェーン・ドゥさんですら詳しくはないらしく、一般教養であるレベルしか分からないらしい。
当時、内乱のあった国を徳川さんが治めて大政奉還という出来事があったらしい。
それよりも前の時代があるらしいけど、文系でも専攻している人ぐらいしか知らないんだって、聞けば機械が無い時代とか。
お互いに情報交換してみるとどうやら、それぞれVRゲームをやっていたみたいである。
今の時代、全部自動化されていて人は有事の際に備えて勉強するか遊んでるかぐらいしかしないからな。
機械が企画を考えて機械が働き機械が社会を運営して、私達は何もしなくていい時代だから良くある話である。
でも、この時代は人力で働いているらしい。まぁ、俺もゲームで仕事なる物をやってみてたけどね。
ジェーン・ドゥさんのやっていたゲームはGOW、正式名称GUN OF WAR
一人称視点のシューティングゲームが元で、オンラインで戦争を楽しむゲームだ。
本物と同じ装備、オープンワールドで戦争を楽しむ物だ。
リアル過ぎて、実は国が戦闘訓練として行っている実験だとかいう陰謀論すらある。
軍人が多いゲームで、たまにゲームのせいで殺人を犯す奴が現れると代表例として紹介される悪名高いゲームだ。
まぁ、ゲームと現実の区別が付かない奴が悪いんだけど。
現代戦から古代の戦いまであり、ジェーン・ドゥさんは自動化された戦場ではなく人力対人力のレーザーガンのない時代をやりこんでいたらしい。
知ってるか、当たり所が良ければ銃で撃たれても死なないんだぜとのこと、原子分解されないなんて驚愕である。
和尚さんのやっていたゲームはKOB、正式名称KING OF BATTLE。
VR技術を使った、格ゲーである。
プレイヤーセンス依存で、ステータスも何も無い。
とにかく、炎とか雷とか派手なエフェクトの付いた格闘技である。
実際に戦うため、プレイヤーの大半が格闘技経験者だ。
痛みまで再現可能で、オンラインで、現実じゃ出来ない派手な戦いが売りである。
全身が燃えた状態で戦うとか、剣から雷を出して飛ばすとか、そういうゲームだ。
でも特に意味は無く見た目だけなので結構、玄人向けのVRである。
自分のはWORLD CRAFTというゲームで自由度の高さを売りとしたゲームでプレイヤーは自由に動き回り、素材を集めて、物を生産していく。
所謂、生産系のゲームでストーリーがないサンドボックス型ゲームだ。
過程などは簡略化されていて設計図と素材があれば一瞬で製作が出来る物であった。
暇を持て余した現代人が、わざと不便な環境で自給自足の生活をするというものである。