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■ 後 編

 

 

 

とある日の昼のこと。


ハヤトがトラックの助手席に座り、行儀悪くダッシュボードに足をもたれて窮屈

そうにコンビニ弁当を食べている。

 

 

その隣、運転席で同じようにカップラーメンをすする先輩は一旦発泡スチロール

のその器を運転席と助手席間のアームレスト上に置くと、おにぎりの半透明

フィルムをはずし海苔を巻きながらハヤトに言う。

 

 

 

 『だって、ゴトウ・・・


  お前、まだ大学生だろ~・・・? いくらナンでも早くね??』

 

 

 

その声色は可笑しそうに、まるで理解出来ないとでもいうようなそれ。

からかっている訳ではないけれど、あまりに急いているハヤトに半ば呆れ顔を

向ける。

 

 

 

 『だってどうせ決めてるんなら、早い方が良くないっスかぁ~?』

 

 

 

ハヤトの顔はそんなの愚問だとでも言いたげに、ツナおにぎりを頬張るその

先輩に目線をやり日焼けして引き締まった顔を向ける。 肉体労働で散々コキ

つかう体はコンビニ弁当ひとつでは満足出来ず、膝の上に置くコンビニ袋から

更にあんパンを取り出して透明な袋を乱暴に左右に広げ、大好きなあんこに

満足気に一口齧り付いた。

 

 

ハヤトと先輩は、同じ社名が入った帽子を被っている。

そして制服でもあるつなぎの胸元にも、それが。


ハヤトは大学の講義の合間をぬって、引越屋でアルバイトをしていた。

 

 

 

やはり納得いかない顔を向ける先輩が、尚も続ける。

 

 

 

 『だってさぁ~・・・


  お前、まだハタチそこそこだろ~・・・?


  今から結婚資金貯めたい、なんてよぉ・・・

 

 

  他に誰か現れる可能性とか考えないわけぇ~・・・?


  運命の長くもつれまくった赤い糸は、


  地球の反対側の遠い誰かに繋がってっかもしんねーじゃ~ぁん??』

 

 

 

すると、ハヤトはまっすぐな迷いのない目で言った。

 

 

 

   『だって、・・・・・・・・・・・・・・』

 

 

 

 

 

 

ハヤトのケータイを盗み見て以来、ミノリはハヤトを避けていた。

 

 

ミノリからは一切電話もせずラインもせず、しかしハヤトはそれに気付いて

いないのか特に別段なんの反応も無かった。

慌てることも焦ってハヤトから連絡してくることも無い。


それがミノリには疑念の答えなのだと、その胸は仄暗く重い苦しいもので

埋め尽くされていた。

 

 

 

 

  (ハヤトなんか・・・ 大っキライ・・・。)

 

 

 

 

ひとり涙を堪えるミノリが自室のベッドに体育座りをして、ハヤトとペアの

キーホルダーを床に思い切り投げつけた。 ゴトウ家の合鍵が、硬く哀しい音を

立てて転がった。

 

 

 

 

とある休日。


いつもならハヤトと当たり前に一緒にいるはずのミノリは、一切連絡もせず

ひとり駅前に来ていた。 特にそこにはなんの用事も無かったのだが、ひとりで

家にいるとハヤトのことばかり考えてしまう。 本当はちゃんとハヤトに問い

ただすべきなのは分かっているけれど、怖くて怖くて本当のことなど知りたくない。

 

 

ぽつり寂しげに駅前の横断歩道に信号待ちで佇んでいた。

行くあてなど全く無い。 しかし、家の外にいたって考えるのはハヤトの事

ばかりだった。

 

 

すると、信号待ちで横に立つ人が覗き込んでいるような気配に怪訝な顔を

向けたミノリ。

本当は見たくもないけれど、しずしずとそちらへ目線を遣る。

 

 

 

 『あ! やっぱり・・・ あのー・・・ ミノリさんですよね?』

 

 

 

急に知らない無精ひげの大男に声を掛けられ、あからさまに嫌な顔を向けた。

しかしそんなミノリの顔にも怯まず、尚も話し掛けてくるその大男。

 

 

 

 『いっつもアイツにウっザいくらい写メ見せられてっから・・・


  俺。アイツとバイト一緒なんですよ、ゴトウと・・・。』

 

 

 

『え・・・?』 ミノリがせわしなく瞬きを繰り返し、確かにその耳に聴こえた

”ゴトウ ”という名に、その無精ひげの大男を射るようにまっすぐ見る。 


片手に大量に買い込んだらしい買い物袋を抱えて、大らかに笑うそのひげ面。

 

 

 

 『あ! ごめんごめん・・・


  俺、青井です。 


  引越屋のバイトで、ゴトウより一応ちょっと先輩なんだけどね。』

 

 

 

ミノリの耳に聴こえたその大男の名前に、『アオイ??』慌てすぎて甲高く声が

ひっくり返った。 暫し、呆然と目の前の事の経緯を考えあぐねる。

 

 

”バイト ” ”アオイ ” そして、そのアオイという大男が片手に抱える袋から

覗く大量の猫缶。 淡い色のシャツには、黒猫の抜け毛がちらほら見て取れる。

 

 

 

 『ハヤト・・・ バイトしてるんですか・・・?』

 

 

 

目を見張ったミノリへ、アオイは慌ててしかめ面を向けると『やべぇ・・・。』

背中を丸めてひとりごちた。 そして猫缶の袋を抱えていない方の手で後頭部を

ガシガシときまり悪そうに掻くと、情けない顔をして呟く。

 

 

 

 『バラしちゃったこと、内緒にしてて!


  ・・・俺、ゴトウにめちゃくちゃ怒られるわ・・・。』

 

 

 

人の良さそうなその困り果てた情けない顔にミノリはぷっと吹き出して笑った。

ハヤトへの疑念が晴れたことだけでミノリは充分で、こっそり隠れてバイトを

する理由など正直気にしていなかったのだが。

 

 

アオイがついでとばかり、ニヤっと笑って口を開く。


『ついでにバイトの理由も教えちゃうか~・・・。』 悪びれもせず思い切り

口角を上げて愉しそうにどこか嬉しそうに話し出した。

 

 

 

 『どうせ結婚するって決めてるんだから、


  貯金はじめるなら一日も早い方がいい。 って、アイツ・・・。』

 

 

 

アオイは他人事のように装うも、まるで兄のようなやさしくあたたかい顔で

微笑んで続ける。

 

 

 

 『運命の赤い糸は他に繋がってるかもよ?って、俺が言ったらさ、


  ・・・アイツ・・・。』

 

 

 

目を細めて頬を緩めたアオイ。


トラックの助手席であんパンを頬張りながらまっすぐ迷い無い目で言った

ハヤトを思い出す。

 

 

 

 

    『 ”だって、ミノリは一人しかいないから ”


            ・・・って、アイツいってたよぉ~・・・。』

 

 

 

 

 

翌朝、まだ8時前のハヤト自宅のドアチャイムが鳴り響いた。

 

 

こんな早くに誰だろうと訝しがって玄関ドアを開けたハヤトの目にミノリの姿。

走ってやって来たのか、肩で息をして苦しそうに顔を歪めている。


『なに・・・ どした?』 ドアを開け放し玄関先に招き入れると、ミノリは

掴んでいた生成のトートバックをまっすぐハヤトへ差し出した。

 

 

『ん??』 バックの中を覗くと、そこにはチェックハンカチで包まれた四角い

ものが見える。

 

 

 

 『・・・お弁当 ・・・作ってきたの。』

 

 

 

ミノリが目を細め照れくさそうにハヤトに差し向ける。


『え?? なんで?まじで?? ええええ!!!チョー嬉しい!!!』 こども

の様に喜びまるで飛び上がりそうなその嬉々とした様子に、ミノリは愛しさが

抑えられずぎゅっと抱き付いた。

 

 

 

 『大好き・・・。』

 

 

 

朝から弁当を差し入れされて、おまけに抱き付かれて、ハヤトは何がなんだか

よく分からなかったが嬉しくて仕方がないのだけは明白だった。


片手にトートバッグの取っ手を掴んだまま、ハヤトもミノリの背中に手を廻し

抱きしめ返す。 

ハヤトの頬がミノリのサラサラの髪の毛に触れると、やさしいシャンプーの

香りがふんわりかすめた。

 

 

『ん・・・ 俺も。』 照れくさそうに幸せそうに、ハヤトが囁いた。

 

 

 

 

 

 

 『ねぇ、お母さん・・・ 


  今年の年末・・・ ひとり分、多くお節作ってくれない・・・?』

 

 

その日の朝にキッチンでハヤトのお弁当を作りながら、照れくさそうにミノリは

母へ声を掛ける。 最近ふたり分のお弁当を作っている娘に、こっそり微笑んで

いた母。 ミノリの ”言いたいこと ”は瞬時に気が付いた。

 

 

『じゃぁ、専用のお箸でも準備しておこうか・・・。』 なるべくさり気なく

言ったつもりだった母。 からかうような声色になってはミノリが恥ずかしい

だろうというやさしい気遣いのもと。

 

 

その会話が聴こえているはずの食卓テーブルにつく父に、チラリ目線を流すと

母は言った。

 

 

 

 『・・・お父さん、年末にまた鯛焼きよろしくね。』

 

 

 

すると新聞を広げ顔を隠していた父が、少し口ごもりながら 『・・・ん。』と

返した。


クスっと微笑む母のその横顔に、ミノリが小さく呟いた。

 

 

 

 『あと・・・


  わたしも、もうちょっと料理できるようになりたいな・・・。』

 

 

 

 

 

久々、休日に街に出てデートをするふたり。

ハヤトの腕にしっかり絡みつくミノリが、悪戯に覗き込むように言う。

 

 

 

 『ねぇ・・・ なんか最近、たくましくなったんじゃない・・・?』

 

 

 

ハヤトの二の腕を両手でにぎにぎと掴んで、笑いを堪える。

 

 

 

 『あぁ・・・ あの、うん・・・ 筋トレしてるから、かな・・・。』

 

 

 

慌ててそう言ったハヤトはせわしなく瞬きを繰り返し明らかに挙動不審のそれ。


『へぇ・・・。』 ミノリがそっとハヤトの肩におでこを付けて微笑み目を

伏せた。

 

 

 

 『でも・・・ 筋トレ、あんまりムリしないでね・・・。』

 

 

 

『・・・ん??』 ハヤトが小首を傾げミノリを見つめる。

その視線に、ミノリは幸せそうに満面の笑みで返した。

 

 

 

 

ミノリの片手には、先程立ち寄った本屋の紙袋が握られている。


『さっき何買ったの~?』 ハヤトに訊かれ、ミノリもまたせわしなく瞬きを

した。 『ん・・・ た、ただの雑誌・・・。』 そう慌てて口ごもる。

 

 

 

紙袋から小さく覗くそれには ”はじめての家庭料理 ”というタイトルがあった。

 

 

 

  

 

               【指先で紡ぐぼくらの・・・ 特別編 完】

 

 

 


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