靖国でまた会おう
始めまして。
前作を読んで下さった方はお久しぶりです。
作家活動をちまちま行っている、しがない者です。
今回は靖国神社をテーマに短編を書きました。
ぜひ、御時間を頂けたらと思います。
彼は今、輸送船の乗船口に立っているだろう。
彼は正義感に溢れ、徴兵検査にも正々堂々受けて「見事に」受かった。
彼の手紙によれば、教官に絶賛され周りに羨望の目で見られるほどの好成績で、訓練では小隊の中核をになっているそうだ。
私は太平洋の島々に行って戦うなど到底できないと思い、醤油をコップ一杯用意して飲み、徴兵検査を逃れ、「戦争」からも目を背けた。
私は徴兵検査を逃れたことを後悔していない。
しかし、彼のことを考えると胸が苦しくて堪らなくなる。
彼と私は幼い頃からの友だった。
一緒に棒切れを振り回してチャンバラして、一緒に金持ちの家の奴に頼んで自転車を借りて遠出して、時には喧嘩して、それでも翌日には仲直りして、よく翌日にはまた喧嘩して……。
一緒に過ごしてきたのに、彼は今、死地に向かおうとしている。
私はと言うと、この灯台の下で一人、輸送船の出航を見送ろうとしている。
後悔していないはずなのに、何故か胸が苦しくて目から水滴が流れ落ちる。
「くっ……。」
悔しい。
戦地に行って散り果てようとする彼に「さよなら」も「頑張って」も言えず、言う資格も無く、ここでただ突っ立っていることが悔しい。
本当はわかっていたんだ。
戦うのが怖かったわけじゃない。
死ぬのが怖かったんだ。
しかし、彼はそれに屈しず死地に向かおうとしているのだ。
同じように過ごしてきたはずなのに彼と私はとてつもない隔たりがあったのだ。
私が悔しさで苦しんでいると唐突な声に意表を突かれた。
「武、久しぶりだな……。」
彼である。
「ひ、久しぶりだな……出征の時間は?」
「輸送船が一隻遅れているから軍の決定で、出征は午後からになった。それより大事にしてたか?」
「あ、あぁ。 」
私は罪悪感で胸が張り裂けそうだった。
しかし、次の言葉で罪悪感が俺を飲み込んだ。
これなら、死んだほうがマシだ。
「俺の思いを武に押しつけて悪いと思うが、武は絶対に生きててくれ。死ぬのは俺だけでいい。」
「お、俺も直ぐに行く。それまで戦地で待っていろ。」
私は嘘をついてしまった。
しかし、そんなの彼に通用するはずがない。
「いいんだ。俺は御国のためだけでなく、武を守るために戦地に行く。武のために死ぬんだ。借りを返すには丁度いい。」
「借りって、ガキの時にお前が溺れたときのあれか?」
彼は昔、川で溺れたとき私に助けられたことがあった。
「あぁ、そして、俺の名前を武が後世に遺してくれればいい。」
「だ、だけど!」
私は納得がいかなかった。
しかし、彼は全く聞く気はないようだった。
「俺、そろそろ出征の準備品の確認しなきゃいけないから返る。じゃあな!俺のことよろしく頼んだぞ!」
そう言って彼は私に背を向けて走り去った。
その後ろ姿は一生忘れない。
今までに見たことないほど、悲しい後ろ姿だった。
それから二年後、日本は東南アジアの諸地域で劣勢になっていた。
埠頭で別れてからも、彼から三ヶ月に一度ほど経過報告の手紙が来ていた。
今回の手紙も同じ経過報告の手紙だと思って手紙を広げた。
前略
元気にしていたか?
俺は日々、銃声のなか先陣きって米軍との戦闘に励んでいる。
しかし、最近は物資の不足で満足な戦いができていない。
そっちはどうだ?
お互い人も物が足りてなくて苦労してるんだろうな?
だけど、この戦いに勝てば裕福で平和な生活が待っていると思う。
だから、お互いに頑張ろう。
追伸
俺はこれから米軍に一泡ふかせてやるつもりだ。
落ち着いたら靖国で会おう。
草々
彼の手紙を読んで私は涙が出てきた。
手が震え、喉からは熱いものが込み上げてきた。
私は彼が最初からこれを予想して名前を託したんだと思っていたし、覚悟も決めていた。
しかし、覚悟してても涙を堪えることは難しいのだ。
私はその場に突っ伏して一晩中泣いた。
私はこの世で最も大切なものの一つを失ったのだと改めて突きつけられた。
それから直ぐに南西諸島で死んだと知らされた。
玉砕して米軍に多大な被害を与えたそうだ。
時は流れて十年後。
私は結婚し、息子が生まれた。
息子の名前は俊。
彼の名前だ。
すくすくと育ち、もうすぐ小学生だ。
息子の成長を日々感じていると、その度に彼の顔が脳裏を過る。
終戦から九年。
充分落ち着いたと思う。
私はゆっくりと思い腰を上げ、家を出た。
今日は彼の11回忌だ。
靖国で再開しようじゃないか。
貴重な御時間、ありがとうございました。
作家活動これからもひっそり続けていきたいので応援よろしくお願いいたします。