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ホワイト・バースデー

前話「バレンタイン・バースデー」の続きのお話です。同じくあまあまです。

 記録的な大雪が日本中で降った、今年の冬。それももう過去の話。今は春だ。

 そう、季節は春だ。だけど私に春が訪れるなんて期待していない。あの鈍感太一のことだから、きっと無難なクッキーあたりを、いつもの余裕な表情で渡してくるのだろう。

 あいつとは高校入学以来、三年の付き合いになる。ずっとクラスが同じで、何となく一緒にいて楽しかったこともあり、太一とはよくつるんでいた。

 屈託なく笑う太一を、いつしか友達以上の目で見ていた。別に初めてのことではない。私は割りとサバサバしていて、男に抵抗がないのもあって、よく恋だの愛だのとは無縁かと思われるが、そんなことはない。私だってちゃんと恋愛くらいしている。実ったことなんてないけど。


 今日は三月十三日。明日は世間ではホワイトデー。そして私の誕生日。

 先月の十四日、太一に誕生日プレゼントと称してバレンタインチョコを渡した。チョコを手作りなんて初めてのことで、正直自信なんてないけど、込められるだけ気持ちを込めたつもりだ。でも太一は気付かないんだろうなぁ。今まで色んなアプローチをしてきたけど、気付いたことなんてないし。

 太一の鈍感さはもう伝説レベルだと、私は思う。

 あいつがショートカットの子が好きって言ってた翌日に、背中まであった髪を今の長さまで切って登校したのに、ノーコメント。気付いた素振りさえ見せない。二人で喋ってて凄く盛り上がってたから、その勢いで腕を握ってみても、無反応。

 私のことを全く女として見てないなんてことはわかってるけど、せめて私の気持ちくらいには気付いてもいいんじゃない!? と何度思ったことか。

 でもいいの。告白する勇気なんて私にはないし。この間チョコを渡したときでさえショート寸前……というか完全にショートしてた私に、告白なんて無理。

 だから太一と会うのは明日が最後。明日あいつが適当に買ったであろうクッキーを受け取って、それでおしまい。

 ってゆーか未だにあいつから連絡来ないんだけど。もう夜の十時だけど。まさかあいつ、約束すら覚えてないとか? ……いや、それはないか。あいつは馬鹿で鈍感などうしようもないやつだけど、今まで約束を破ったことなんて一度もない。そういう所は誠実なのだ。だからいつ連絡が来てもいいように、スマートフォンを握りしめて、でもちょっと眠いからベッドに横になって……ってダメだー! それじゃホントに寝ちゃ、う……


 ーー


 うーん……さっきからずっと何かが鳴ってる。目覚まし時計? いや、そんな騒々しい音じゃなくて、これは……

「スマホの着信? あぁもう朝からうるさいなあ……朝? うわぁぁぁあ!」

 枕元の置時計は一時を示していた。カーテン越しでもはっきりとわかる明るさに、自分が十時間以上寝てしまったことを思い知らされる。

「って着信着信! はいもしもし?」

 寝起きでパニックになるあまり、誰からかかってきたのかも確認せずに出てしまった。でも電話口のあいつの声を聞いたとき、あいつの怒りを含んだ声を聞いたとき、そんなパニックは全て吹き飛んだ。

「お前、何なんだよホント。昨日の夜送ったラインには未だ既読ついてないし、一時間以上電話かけてるのに全然出ないし。元はといえばお前が連絡しろって言ったんだろ!? ただからかうだけならもう二度と連絡してくんな!」

「あっ、ちょっと待っ……」

 言い訳なんてする暇もなく、切られてしまった。

「そんなつもりじゃないのに」

 でも私が悪いんだよね。私が連絡してって言ったのに、当日の昼過ぎまで寝過ごすなんて。ああもう完璧太一に嫌われちゃったよ。恋人以前に友達としても付き合えないよ。

 そういえばさっきライン送ったって言ってたような。ってこれはーー

 ラインを開く前にまず、着信履歴に目がいった。太一の言った通り、十二時あたりからずっと着信が。これ五十件以上はあるような気がする。こんだけ電話鳴ってて起きない私って……

 ラインを開くと、通知が一件。太一から。送られてきたのは昨日の十時過ぎ。もしかしてこれって私が寝落ちした直後? そこには、太一にしては少し長めの文章が綴られていた。

『久しぶり結衣。卒業式以来だな。先月の十四日、結衣が誕プレくれたときにお返ししろって言ってたよな? そのお返しがしたいから、明日の十二時、お前がいつも降りる駅に来てくれないか?』

 読みながら自然と涙が落ちるのを自覚していたけど、とてもそれを拭う余裕なんてなかった。今日の為に色々準備してくれた太一に申し訳なくて、こんな大切な日に寝過ごした自分が憎たらしくて、ただ泣くしかなかった。


 いや、それじゃ駄目だ。この胸のもやもやはどれだけ泣いたところで消えることはない。不思議とそう確信を持てる。

「そうだよね。どうせ嫌われるんだったら、全部言いたいこと言っても同じだよね」

 もしかしたら、本当にもしかしたら、太一はまだ待ってくれているかもしれない。いや、怒って帰っちゃった確率の方が高いけど、高いっていうかほぼ百パーセントだけど。それでも!

 私は何も持たず、寝起きのままの格好で家を飛び出した。


 私の家から一番近い駅には、歩いても五分しかかからない。走れば三分。いや二分で行ける。まだ間に合うかもしれない。そんな淡い期待を抱いて走ったが、そこにはもう太一の姿はなかった。

「そっか。そうだよね」

 そりゃそうだ。当然怒って帰ってるに決まってる。それなのに私は何をそんなに期待してたんだ。ホント馬鹿だな。私って。

「馬鹿か、お前」

「へっ?」

 振り返ると、そこにいたのは私の今一番会いたかった人。太一がそこにいた。仏頂面で腕を組んでいる太一は、私が知っているどの太一よりも怒っているように見えた。

「ご、ごめんっ! 言い出しっぺの私がずっと寝ちゃってて。太一のこと待ちぼうけにして。本当にごめんなさい!」

 許してもらおうだなんて思ってない。許してもらえるなんて思っていない。でもどうしても、一言謝りたかった。それで私の心が晴れるかといったらそうじゃない気がするけど、やっぱり言わずにはいられなかった。

「……いよ」

「へっ?」

「そのことはもういいんだよ。俺も言い過ぎちゃったしな」

 おかしい。太一は明らかに怒ってると思ってたのに。もう怒ってない? いやいやいや、そんなはずはない。さっきから怒気というか殺気が凄いよ。

「嘘。太一むっちゃ怒ってんじゃん。いいんだよはっきり言って」

「じゃあはっきり言うけどな。お前何なんだよ。その格好」

「格好? ……あぁあっ!!」

 必死過ぎて忘れてた。チェック柄のパジャマに、ぼさぼさの髪。靴は履いてなく、裸足のまま。私ったら必死過ぎて、寝起きの姿そのままで家を出ちゃってたんだ。あうぅ……冷静になるとすっごく恥ずかしいよ。こんなだらしない姿を太一に、いや道行く全ての人に見られちゃったなんて。

「これじゃ私もうお嫁にいけないよぉ」

「大丈夫だ。お前なら嫁にいけるから」

 うずくまる私の上から、いつになく優しい声がかかった。

「太一?」

「お前は、その……可愛いし、しっかりしてるし、明るいし。だから……まあ大丈夫だろ!」

 信じられない。太一がこんなに私のこと褒めちぎるだなんて。明日は雨どころか大雪が降るね。きっと。

「ふふっ。今日の太一なんかおかしい」

「なっ!? いやいや、おかしいのは結衣の方だろ?」

「そうかもね」

 よかった。いつの間にか自然と太一と話せてる。これなら後腐れなく別れられるね。

 いや、それじゃよくないって! 言いたいこと、今までずっと伝えたかったこと、最後に全部話すって、出るときそう決めたじゃん。

「ねえ太一、私……ふぇっ?」

 私の肩に、暖かい黒いコートが掛けられた。

「恥ずかしいだろ? その格好じゃ」

 コートを脱いだ太一は、下に薄手のシャツしか着ていなかった。

「でもこれじゃあ太一が寒いじゃん」

「俺のことはいいんだよ」

「でも……じゃあ」

 私はいつもの距離より更に近づき、太一の背中に腕を回した。私の頭が、太一の広い胸に埋もれた。

「えっ。ちょっと結衣!?」

「だって太一が寒そうなんだもん。あっ嫌なら嫌って言ってね」

「べ、別に嫌なことは……」

 えっちょっと何で頬染めるの? 何でそんなに太一の心臓は脈打ってるの? 私、これ以上を期待しちゃっていいの?

「ねえ太一。私、そのね。太一のこと好きだよ」

「はっ!? ……ああ友達として?」

「違うよ」

「えっ、てことは……」

「そういうこと」

「マジか」

「うんマジ」

 何だろう。今さらながら、この太一に腕を回して密着している状態が、ものすごく恥ずかしくなってきた。よし離れよう! って思ったのに、太一が私の肩に手を置いてしまった。

「太一?」

「あの、俺の勘違いだったらすまないんだけどさ。もしかして結衣先月くれたチョコってハート型、だったりした?」

「え……う、うん。そうだよ」

 嘘みたい。あの鈍感太一が気づくなんて。私から見てもハートとは程遠くなっちゃってたのに。

「あれ貰ったときな、すげえ嬉しかったんだよ」

「それって……」

「そーゆーこと。まああの日まではそういう目で見たことなかったけどな」

「えーっ。私はもっと前からだよ」

「嘘!? いつから?」

「内緒」

 こうしていつもより近くに太一を感じて、太一の気持ちを知ることが出来て、私は本当に幸せだ。ついさっきまでは二度と太一に会えないかと思ってたんだから。

「そういえば太一、ホワイトデー何くれるの?」

「バッ、これは誕生日プレゼントだって」

「いいじゃん今さらそんなこと。それでそれで、何くれるのっ?」

 太一は私の肩から手を離し、鞄の中をまさぐった。

「ほら、これ。何となくこういうの、お前好きそうだったから」

 太一の手にあるのは、どこかの店で買ったであろう無難なクッキーだ。やっぱりね。でもーー

「ありがとう。嬉しい」

 太一が私の為にこれを選んでくれたことは、すごく嬉しい。それに何だかんだいって私、クッキー大好きだしね。

「あっそうだ太一、今から家来る? 今日お父さんいるけど」

「なっ、流石に今日は遠慮しとくよ。また春休みの間にでも、どっか遊びにいこうな」

「へへへ。冗談だって。じゃあその時はまた連絡してね」

「どーせまた寝てるんだろ。するけどさ。たまにはお前からも連絡しろよな」

「えー、それはちょっと」

「何でだよ!?」

 そんなわけで、私に人生初の春が訪れたみたいです。勿論太一と別れた後、私のほうから真っ先に連絡しましたよ!

感想、批評等下さると嬉しいです。

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