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初恋

こちらは未公開作品です。小さな恋愛のお話です。

(かえで)、これ……!」

 まだ桜の残る春先、決して綺麗とは言えない池でお馴染みの小学校の中庭で、僕は彼女に一枚の手紙を差し出した。恐らく、顔を真っ赤に染めながら。

「あ……うん、ありがと。授業始まっちゃうから戻ろ、昭人(あきと )

 彼女は突然のことに戸惑いながらも、いつもと変わらない笑顔を見せてくれた。

 この時彼女に渡した手紙には一言、

『知ってると思うけど、楓のことが好きです』

 とだけ書いた。俗にいうラブレターだ。彼女の返事は数日後、手紙によって知ることとなる。


 楓と出会ったのは小学校一年の秋、僕が初めて地元の剣道教室に足を運んだ時だった。当時僕らと同い年の生徒はおらず、それもあってかまだ入るかも決めかねていた当初から彼女は僕に馴れ馴れしく接してきた。僕も特に彼女を毛嫌いする理由はなく、気付けばその剣道教室で一番仲の良い友達になっていた。

 当時の僕たちは周りの先生方や親御さんにかなり迷惑を掛けていたと思う。先生の話をろくに聞かずふざけ合い、挙げ句の果てには二人して立ったまま寝て、そのくせ練習が終わると道場中で犬っころのようにはしゃぎ回った。時が経ち新しく同い年の子が何人か入ってきたが、僕たちの関係は変わらなかった。小学校の五年生になるまでは。

 楓はどちらかと言えば、発育の早い女の子だった。五年生になった頃から急に出るところが出てきたし、一人だけ反抗期が訪れるのも早かった。僕たちは決して仲が悪くなったりはしなかったが、以前のように戯れ合うことはなくなってしまった。今思えばきっと、お互いに気恥ずかしかったのかもしれない。そしてその頃、僕は楓に友達以上の感情を抱いていることを自覚した。


 楓にラブレターを渡した数日後、帰り際に彼女から手紙を渡された。一言「家で読んでね」と言いながら。

 答えを知りたいような知りたくないような、そんな複雑な気持ちだったが、それでも僕の足は家に近づくにつれて速くなっていた。気が付くと僕は、自分の部屋でランドセルを放り出していた。震える手で手紙を開くと、そこに書いてある言葉を何度も見返した。

『知ってる。じゃあこれも知ってる? 私も昭人のことが好き』

 それからのことはよく覚えていない。ただ果てしない歓喜に包まれていたのだと思う。こうして小学六年の春、僕は初恋を実らせて楓と付き合うことになった。だが僕はしょうもなくガキで、とことん考えが甘かったのだ。

 正直言って僕は、付き合ってから何をすればいいのかを全然分かっていなかった。それにお互い気持ちを確かめ合ってしまうと、以前の比ではないくらい気恥ずかしくなってしまい、目すらまともに合わせられなくなってしまった。そんな状態ではデートに誘うことすらままならず、結局小学校を卒業するまでの一年でしたデートはたったの二回だった。

 中学に進むと僕らは同じ剣道部に入った。一緒にいる時間が増え、僕は根拠もなく安心していた。週末も男友達と遊ぶ日が増えて、楓のことを小学生の時以上に放置してしまった。

 そんな付き合っているのかよく分からない状態で更に二年が過ぎた。それなりに充実した部活も引退し、一気に受験という現実に引き戻された。剣道をしなくなり、楓との接点もなくなってしまった。それでも僕は、勉強の忙しさにかまけて彼女との距離を縮めようとはしなかった。高校が別々になるのが分かっていたにもかかわらず、彼女の心を繋ぎ止める努力をしなかった。それでも大丈夫だと思っていたのは僕だけだった。

 秋を過ぎた頃、楓が他の男と付き合っているという噂が流れた。最初僕は悪い冗談か、はたまた聞き間違いかくらいに思って気に留めてなかった。しかし、二人がキスまでしたと聞いてからは流石に穏やかではいられなかった。僕は久し振りに楓と連絡をとった。真冬のことだった。

 二人で向き合うのは何時振りだろうか。楓はあの時と同じ……ラブレターを渡した時と同じ、普段と変わらない笑顔だった。

「楓……楓にとって僕ってどういう存在なの?」

「えっ……友達?」

 ほとんど躊躇う様子もなく、彼女はそう答えた。友達、と。

「僕は今でも楓のこと好きだったけど、もう諦めた方がいいのかな?」

「……ごめんね」

 そのまま楓と別れた。僕には彼女を引き止めることが出来なかった。いや、そもそも僕にそんな資格などなかった。冷たい風が吹き付け、僕は思わずその場に座り込んだ。

 こうして、僕の初恋は終わった。


 今はもう楓と別れてから三年くらい経つ。最初は気まずかったけれども、少しずつ関係を修復して、付き合う以前の普通の友達へと戻った。戻ってみて思った。僕たちはこれくらいの距離がお互い気を張ることなく丁度良いのかな、と。

 そして僕は今別の恋をしている。楓の時とは勝手が違って苦しむこともあるけれど、あの時と同じ失敗だけはしないよう、出来ることは全てやって後悔だけはしないようにしようと深く心に誓った。

感想、批評等下さると嬉しいです。

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