一晩の再会~指輪と男・番外編~
処女作「指輪と男」の蛇足的番外編です。お盆でなにか書こうと思ったらこうなりました。
あれから一年がたった。俺は現在高校三年生、大学受験に向け猛勉強中の受験生だ。受験生ともなれば夏休みとは名ばかりで、普段学校に行く時と同じくらいーーいや、それ以上に勉強している。たとえ今日がお盆だとしても、それは変わらない。
本当はあの子の墓参りに行きたいのだが。
昨年の今頃、俺はある不思議な少女に出会い、そして別れた。たった一晩だったが、間違いなく俺は彼女に惚れていた。墓参りに行こうにも、俺は彼女の素性を全く知らない。名前すら訊いていない。そんなモヤモヤした気持ちを無理矢理心の奥に押さえ込み、再び机へと向かう。
卓上時計は8時過ぎを示していた。丁度あの子と出会った時間だと、少し懐かしく思った。
「えっと、ベクトルABイコールベクトルOBマイナスベクトルOAで、ベクトルABがベクトルOCと垂直だから、えっと……」
「ベクトルABとベクトルOCの内積は0、でしょ」
「あっそうそう。内積が0だった……ってえぇ?!」
たった一晩だったが忘れることのない彼女の声。思わず振り返ると、白い薄手のワンピースに身を包んだ少女が悪戯っぽく微笑んでいた。
「エヘヘ。久しぶり」
「えっ、これはどういう……?」
幻覚かと思い目を擦ってみたが、彼女の姿は変わらずそこにあった。
「まぁそりゃ驚くよね。私死んでるし」
夢を見てるのかと思い、頬をつねってみた。
「痛っ」
「痛いに決まってるよ。夢じゃないんだから」
少女は可笑しそうに笑っていた。白い肌が服装と相まってとても眩しい。
「じゃあ何で?確かあの日成仏したよな」
「ねぇ、今日って何の日?」
今日?今日ってまさかーー
「お盆?」
「ピンポンピンポーン。というわけで戻って来ました!」
そう言って無邪気に白い歯を見せる。可愛い……ではなくて。
「え、何。そういうシステム? ってか何で俺のところに?」
家族や友人とか、会いたい人はたくさんいるはずなのだが。
「だって私の知り合いはみんな''見えない''人だしさ。行ってもつまんないのね」
笑いながら言っているが、俺には何処か寂しそうに見えた。
「っていうか何で勉強してんの? 今お盆休みだよね」
「そうだけど受験生だからな。休みとか関係ないさ」
「へぇ。じゃあ邪魔しちゃったね」
そのまま少女は俺に背を向けて、開け放した窓へと右手をかけた。その中指で見覚えのある赤い指輪が光っていた。
「いや待てって! ……その、一日くらい平気だから、ここにいてくれよ」
窓枠に手をかけたまま振り返った少女は、大粒の涙を流していた。
「本当に?」
俺が頷くと、さっきまでの死んでしまいそうなほど弱々しかったのが嘘みたいに勢いよく抱きついてきた。ってもう死んでるか。
「っていうかちょっと待った! 君って幽霊だよね?なのに何で普通に触れるんだよ」
腕の中の暖かさは、生きている人そのものだ。
「えっ、そういうものじゃないの?」
「いやいやいや」
でも確かに不思議なことだが、こうして彼女に触れ合えることが幸せなのは間違いない。今はその幸せを存分に堪能しよう。
「そういえばさ、結局聞けずじまいだったけど君の名前って何て言うの?」
「私は後藤沙紀。貴方は?」
「俺は桜井結城」
「そっか、結城君か」
そのまま沙紀は俺の胸に顔を埋めた。俺も無言で彼女の滑らかな髪を撫でた。
どれくらいそうしていただろうか。俺にとっては至福の時間だった。しかし突然沙紀は俺の胸を両手で押し、離れてしまった。
「ありがとう、結城君。これ以上はわがまま言えないや。じゃあね」
「えっ」
突然の別れ。思えばあの日もそうだった。
「そうだ! 沙紀のお墓ってどこ? 俺お前のーー」
沙紀は俺の先を遮るように首を振った。
「やめて、私はそこにはいないから。まぁ死んでるけど」
舌を小さく覗かせながら彼女は窓に手をかけ、出ていこうとして振り返った。
「結城君」
「何だ?」
一瞬目を伏せたが、しっかり俺の目を見て言った。
「私以外の人、好きになってもいいからね」
驚いて俺が何も言えないまま、沙紀は窓から飛び降りて行った。
「っ! それってどういう?」
慌てて窓の外を見るが、既に彼女の姿はそこにはなかった。
ふと自身のTシャツを見ると、胸のあたりがビショビショに濡れていた。
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