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小人な彼女は大人でした

第十七期テーマ短編参加作品。テーマは「部屋に小人が現れた」、恋愛です。

「じゃあなー拓磨(たくま)

「おーうまた明日」

 部活の友達といつも通りの場所で、いつも通りの別れをする。彼が小走りに自転車がせいぜい通れる程度の裏道を行くのを見届けるまでもなく、俺も自分の帰路へとつく。部活――水泳部なのだが、この日の落ちるのが早い時期はシーズンオフである。プールに入ろうものなら凍死と隣り合わせになってしまうので、学校の外周を走ったり簡単な筋トレをしたら、それでおしまいである。それでも、帰る頃には既に日が傾いているのだが。

 夏の間は千キロ泳いだりもザラなので、正直数キロ走った程度では物足りない。けれども、あまり走りすぎると泳ぐのに必要ない筋肉がついてしまい、夏に支障が出る。というのが顧問の考えらしく、オフの間はずっとこんな調子である。一応言ってることに筋が通っているし、俺としては大人しく従う他ない。ああ、夏が待ち遠しいな。



 家に帰ると、まず荷物をそこら辺の床に放り、自らの身体をベッドに投げ打つ。この時の緊張の糸が一気に解れる感覚がたまらなく好きで、日課というほど厳格な決まりではないが、毎日のお決まりの行動となっている。だが、今日はその行動は叶わなかった。俺のベッドには、シングルの布団が不釣合いに見えるほど小さな小人が座っていたから。


「よっ拓磨、早かったな。部活はもう終わったん?」

 その小人とはよく言葉を交わす仲だが、部屋を訪ねてくるなんて久しぶりのことだ。こいつが小学生の頃が最後くらいだから、ざっと七年ぶりかな。

「ああ。お前がここに来るなんて珍しいな。どした?」

「せーやーかーらーお前じゃなくて(さき)お姉様。せめて咲ちゃんとかで呼べって昔っから言うとるやろ」


 叫ぶたび頭を振る仕草は昔から変わらない。けれど、揺れる髪は昔とは比べ物にならないほど洗練されている。何も手を加えていなさそうな黒のストレートだというのに、どこか光沢があり、そして一本一本が滑らかだ。って、そんな風に一瞬でも咲を女として見てしまったことが気恥ずかしい。何を血迷っているんだ俺。あいつの身体をよく見てみろよ。真っ平らな胸……よく見たら若干膨らんでるか。短パンから伸びる細っこい足……細いのに太ももの肉付きはいいんだな。

 待て待て。どうしたんだ今日の俺は。今まで咲のことをチラリとも女として考えたことなかったろ。大学生にもなって小学生みたいなナリした、妙に年上ぶった幼女だろ。何だ、久しぶりに部屋を訪ねてきたことに動揺してるのか? 俺は。


「どしたん拓磨。さっきからニヤついたり眉間に皺寄せたり、表情の変化がせわしないやん。まさか恋煩い? なあなあどうなん?」

 咲がニヤニヤしながら膝の間に手をついて、こちらに身を乗り出してくる。Tシャツの全面が完全に垂れてしまっていて、その隙間から控えめながら二つの膨らみが見えるよ。着痩せするタイプだったのね。うんうん――。


「あっ顔真っ赤になったで。もしかして図星? 図星なん?」

「ちっ、違っ」

「ほらほらあ、おねーさんの顔をよーく見んさい。私の前で嘘なんてつけないんやからね」

 目を逸らそうとすると、すかさず両手で顔を押さえられてしまった。近い。咲の顔がすぐ目の前にある。咲の目、パッチリと開かれていて、それが普段は童女のような印象をつけるのだが、至近距離で見つめられるとそれは、果てしなく妖艶に思えてしまう。この目だったら、どんな嘘も軽く見破るのではないかと、わりと本気でそう思った。

「って、ダメだ! このままじゃ同じことの繰り返しじゃん。いい加減離れろよ咲ーっ」

「えっ待ってや、急に引っ張るなや――」


 忘れてた。こいつがベッドの上で身を乗り出すだなんて、不安定な体勢をしていたことを。ちょっとの衝撃で触れてしまうほど近くにいたことを。それらのことが脳裏をよぎった時、俺のファーストキスは小人の手によって奪われていた。

「嘘……ゴメン拓磨! そんな気はなかったんや」

 茹でダコのように真っ赤になった咲が慌てて弁明してきたが、その言葉のどれもが俺の耳には入ってこなかった。きっとあの滑らかそうな頬は、俺の肩を掴む小さな手と同じように、燃えるように熱いんだろうな。とか、柔らかい感触とともに漂ってきた、シャンプーの香りとか、そんなことばかりが思考を占拠していた。もはや咲のことを、一人の大人の女としてしか見れない。小学生ほどの背丈しかなくても、なりふりが子供っぽくても、実際はちゃんと成熟した女になっていたんだ。こいつは。

 やべ。意識して考えてみると、この状況って。未だ咲は俺のお腹に跨ったままだし、無防備な胸がさっきからまたチラチラと見えてしまっている。下半身の欲望の化身を抑えるのも、もう限界を通り越してしまっている。


「なあ、拓磨。もしかして――」

 これ以上赤くなる余地なんてないと思っていたけど、その予想を裏切って更に顔を朱色に染めた咲が、気まずそうに太ももを擦り合わせようとする。俺の身体を挟んでいるから、擦り合わせることは不可能なんだけど。

「もしかしなくても、です。本当にすみませんだから一刻も早くそこをどいてください」

「んー……それはイヤやな」

「何でだよ!? ……っておい!」

 咲は俺の上から離れるどころか、更に後ろ――俺の腰の方へと身体をずらした。そうすることで、今まで微かに当たっていただけのものが確かな感触へと変わる。俺の理性崩壊にまた一つ近づいた。

「だって、拓磨が私のこと、女として見てくれてゆうことやろ? それはめっちゃ嬉しいもん」

 そう言って咲は腰を左右にくねくねと揺らした。照れてなのかわざとなのか、その判断はつかないけど、どちらにせよ俺の崩壊しそうな理性の砦を刺激していることに変わりはない。


「おい咲。これ以上やったら、マジでお前のことを勢いのまま傷つけかねないぞ。いいのか?」

 とろんとした瞳でニッコリと笑う咲は、今まで見たどの咲の表情よりも子供っぽく、大人だった。

「咲お姉様って呼んでくれたら、許してあげる」


 その瞬間、俺の俺を止める全てが崩れ去る音がした。残ったのは、ついさっき自覚した、素直で純粋な気持ち。

「咲お姉様。好きだ」


 この小人には、一生敵わないんだろうな。そう思わせられた。


この続きの話『小人な彼女に大人にされました』(http://novel18.syosetu.com/n2338cn/)をノクターンに掲載しています。18歳以上の方はこちらも是非どうぞ。

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