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恋は実力行使で掴むもの

「実力行使」というテーマを戴いたので、それで恋愛小説書いてみました。小説書いたの久しぶりだ……。

 床を踏み鳴らす音に、気迫のこもった掛け声。そして竹刀と竹刀のぶつかる音に混じって時々聞こえる、面布を捉えた際の爆ぜるような気持ちいい音。中学から剣道を始めて六年目になる俺。剣道の何が好きかと訊かれたら、こういった独特の音だと答えるだろう。我ながら変わっているとは思う。普通ならば一本取った時の爽快感だったり、お互いに向き合って緊張感を極限まで高めた駆け引きが好きだというのが大半だと思う。しかし、この部には俺と同じ変人がもう一人いる。今年の春入部してきた、我らが剣道部唯一の女子、佐々木紀子。大人しそうな見た目に反して誰よりも凄まじい気迫、下手な小細工のない真っ直ぐな剣道、俺と同じくどこかズレている考え方。彼女のそういうところが、いつしか俺の心を強く掴んでいた。


 佐々木が好きだ。そう自覚した頃、紅一点である彼女は既に部内の複数の男子からアプローチをされていた。しかし佐々木は、そんな男子たちを真っ向から突っぱねることこそなかったが、やんわりと、的確にあしらっていた。自分に自信があるわけでもない俺が、果たして普通に食事に誘ったり告白したりしたとして、佐々木にオッケーしてもらえるだろうか? それは無理だ。ではどうするべきか。この想いを胸にしまって、廊下ですれ違ったら挨拶を交わすような、時折他愛もない雑談で盛り上がるような、今まで通りのただの先輩後輩でいるべきなのか。確かに今の関係は心地良い。でももっと近くに、彼女の手を握れるほど、そっと口づけができるほど、近くに行きたい。そんな近くに別の男がいると思うと、胸を掻きむしりたいほどに苦しい。彼女と、佐々木と付き合いたい。じゃあどうすれば……。

 その時、一つのズルいアイデアが頭に浮かんだ。


「お疲れ様です、先輩。それで、頼みごとって何ですか?」

 部活終わり、佐々木には手伝って欲しいことがあるから少し残ってくれと頼んであった。頼んでとは言っても、先輩と後輩である。余程のことがない限り、断る事などできない。実質命令だ。

「ああ、悪いな。ほら、もう十一月だろ。体育の授業でも剣道をする時期になるんだけど、授業用の防具……特に胴の紐が半分以上とれちゃっててな。その補修を手伝って欲しいんだ」

 防具の補修を頼まれていたのは本当だ。ただ、顧問には「部員全員で協力して」と言われていた。

「それは構わないですけど、でも何で私だけ? この量なら皆でやった方が早いと思いますけど」

 首を傾げた拍子に、ほどけかけた髪の一部が頬に垂れた。綺麗だ……。

「おーい、せんぱーい?」

「おあっ!? そうだ、他の奴らだとこういう細かい作業苦手だから、それで佐々木に頼もうと思ってだな」

 練習後の健康的に崩れた佐々木が妖艶で見とれていただなんて、顔を近づけてきたことで心臓が爆発しそうなほど騒いでるだなんて、言えない。

「ふふっ、わかりましたよ。じゃあ、気合入れていきましょっか。お腹もペコペコですからね」

 そう言うと佐々木は白い道着の袖を捲り、日常的に竹刀を振っているとは思えないほど細い腕を披露した。また見とれそうになるのを抑えて、俺も作業へと没頭した。


「終わったー!」

「お疲れ様です、先輩」

 部活が終わったのが、日が沈む寸前の六時前。それから一時間も作業してしまい、外は完全に真っ暗だ。

「佐々木もお疲れ。今日は本当手伝ってくれてありがとな。助かったよ」

「いえいえ、先輩のご命令とあれば、何なりと従いますよ」

 褒められて気をよくしたのか、えっへんと胸を張った。えっと、道着って結構胸が目立つんだよな……いかん、気にしたら負けだ。

「そんなこと言ってると、無茶な命令しちゃうぞ」

「大丈夫です。先輩に非道徳的な命令はできませんから」

「どういう意味かなあ?」

「もちろん、いい意味で、ですよ」

 照れくさそうにはにかむ佐々木を見て、当初の計画が思ってた以上に順調に進んでいるのではと感じた。先輩権限を使って二人きりで遅くまで作業し、遅くなったしお礼にと一緒に食事をする。そしてあわよくば連絡先を手に入れる。そうして他よりもより親密な関係になれば、もしかしたら付き合えるかもしれない。そのためにもまずは食事に誘わないと――。

「先輩、ちょっといいですか?」

「ん? ああ」

 佐々木に引っ張られるがまま頭を下げると、彼女は俺の頬に顔を近づけた。

「……えっ?」

 とても柔らかくて、熱い感触がした。

「今、もしかして……」

 佐々木の頬はほんのり染まっていて、今まで見たことのない情熱のこもった瞳で俺を見上げる。

「ごめんなさい。本当は先輩の口から直接聞きたかったんだけど、もう我慢の限界だったから。でも、先輩が私のことを好きで、私が先輩のことを好きだってことは、剣道部の全員が知ってるんですよ?」

 待て。俺が佐々木のことを好きだと知っている? いつの間にバレてたんだ? っていうか私が先輩のことを好きって……えっ? ……えっ!?

「待って、何か衝撃的事実の連続で頭が追いつかないんだけど、つまり、ええと……」

「好きなんです。先輩のことが好きなんです。だから、返事を聞かせてください。先輩の口から、ハッキリ聞きたいんです」

 好き。佐々木が俺のことを好き。俺も佐々木のことを好き。ということはつまり、俺たちは両想いってこと、なのか? えっと、だから……返事か。返事。そりゃあもちろん……。

「俺も、好きだ。何でバレてたのかは知らないけど、好きなんだ」

「だって先輩わかりやす過ぎるんだもん。私も人のこと言えないですけど」

 そう言うと、赤く染めた顔を俺の胸に埋めた。

「ちょっと!? こんなところで……」

「汗が冷えて寒いんです。あっためてください」

 もう我慢できなかった。力強く天使を抱きしめ、体温を分かち合う。

「もう……可愛過ぎるだろお前。こんなことされたらたとえ好きじゃなかったとしても落ちてるぞ」

「好きじゃなかったのならこんなことする勇気はないです。だから先輩も、先輩の権限を使って実力行使ではなく、普通にこういうことしていいんですからね」

 俺たちは一旦離れ、肩に手を置いたまま、くっつきそうな距離で見つめ合った。

「じゃあ、いいんだな?」

「うん、いいよ」

 そのまま吸い寄せられるように、顔を寄せ合った。


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