わがまま姫様(ひめさま)とナメクジ妖精(ようせい)
童話に初挑戦です。童話的文体が崩れているところもしばしば……なのです(汗
童話ということで子供でも読めるよう、全ての漢字に振り仮名を振っています。見苦しかったらすみません。
Twitterでのタグで、ある方に戴いたテーマで書きました。主人公もその方がモデルです。
見渡す限り一面の緑が広がる草原。強すぎないが髪がふわりと浮く程度にはそよ風が吹き、空も蒼く澄んでいる。そんな自然豊かなところに、二十代半ばに差し掛かろうとしている、乙女と呼ぶにはギリギリな女の子がおりました。彼女は暴れる髪を細い指で抑えつつ空を仰ぐ。口元に不敵な笑みを浮かべながら。
「ふふふ、ここまで来れば、流石のお父様も追っては来れないでしょうね」
女の子は住んでいたお城のある方向をちらりと見た。ここからでは見えないが、純白の大理石で造られた、大きな大きなお城である。
そう。女の子はこの国の王様の娘、つまりお姫様である。お姫様というより女王様といった方がふさわしい様相だけれども、とにかくお姫様なのである。そんなお姫様がなぜこのような何もない草原に一人でいるのか? ごくありふれた話だが、彼女は家出をしたのだ。父親である王様とケンカをして。
「はあ……ほんっとお父様はわからず屋なんだから」
女の子は腕組みしながら頬を膨らませた。頬以上に膨らんでいる胸が余計目立っていることなど、女の子は知るよしもなかったーー。
「あ……ぁあ」
突如、誰もいないはずの草原に微かな声が響いた。
「な、何?」
「ぁ……み、みず……」
女の子が思わず足元を見下ろすと、彼女の手のひら大くらいの茶色い物体が音を発していた。
「これって、まさかウン……」
「っおい、違うし。どうか水を……」
「水、ねえ」
女の子の腰には青い水筒が提げられている。この歳にもなれば突発的な家出でも装備は万全だ。彼女は正直気が進まなかったけれど、足元の悲痛な声に負けて、上から全ての水をかけた。
「これでいいのかな?」
茶色の物体はぶくぶくと泡をたてながら崩れていく。乾燥した固体だったものが少しずつ溶解し、色も空と同じくらい鮮やかな蒼へと変貌を遂げる。やがてゼリー状の塊となったそれは、生き生きとした声で女の子に話しかける。
「ありがとうございます! お蔭で助かりました」
「そりゃどーも。じゃ、私 はこれで」
色こそ空に負けないくらい綺麗だけど、それはどう見ても特大のナメクジにしか見えない形をしていた。女の子は虫が大嫌いなので、とにかくこの場から離れたいと思っていたのだ。だがーー。
「待ってください。お礼に海、というものを見せたいのですが、どうでしょう?」
女の子は思わず目をみはった。もちろん、丹念な王族教育のおかげで海という無限に広がる水溜まりの存在は、知識として知っている。だが彼女の国は大陸の真ん中に位置しており、普段お城から離れられないので海も見たことがなかった。女の子はナメクジへの嫌悪も忘れて、キラキラとした目を向けた。
「うんっ、行くっ!」
ナメクジが女の子の頭に飛び乗ったかと思うと、次の瞬間蒼い体液が女の子の全身を包み、思わず目をつぶった。おそるおそる目を開く頃にはもう、周りの全ての空間が蒼く澄んだ水へと変わっていた。
「あれ? 苦しくない。というか喋れる」
「それはこの空間が、私の創りだした世界だからです。実際の海ではこうはいきませんよ」
「そっかぁ」
状況を飲み込むにつれ女の子は、少しずつ周りを見る余裕が出てきた。彼女の目に映る光景は、今まで見たどんなものよりも美しく、綺麗で、形容しがたいものだった。
「すごい……」
思わず呟く。素直な言葉に気をよくしたナメクジは、さらに話しかける。
「見てみなさい。あれが魚というものだ。知ってるかい?」
「うん。でも見るのは初めて、かも」
「そうか。魚にも色々(いろいろ)いる。今目の前を泳いでいる群れは比較的おとなしい部類に入る。だけど……」
彼方から猛スピードで突っ込んでくる、女の子よりも一回り大きな、尖った牙が目立つ魚。そいつは群れからはぐれた魚を容赦なく、その大きな口に運ぶ。
「あれは鮫と呼ばれている。見ての通り獰猛な輩だ。人間をも躊躇なく襲うから、君も気をつけるんだな」
「えっじゃあ今も危ないじゃん!」
「今は私がいるから襲ってくることはない。安心しなさい」
「ふぅん。そーいうものなの」
いろいろ突っ込みどころが満載だけど、女の子は素直に納得した。
「ねぇねぇ、あの白いつぶつぶしたやつ何?」
女の子は海底の岩に貼り付いている物体を指差して、小首をかしげた。
「ああ、あれはイソギンチャクという刺胞動物だ」
「しほうどうぶつ?」
「そうか。陸にはいないからわからないか。刺胞動物っていうのは原始の海から既に存在していたと言われている、毒針を持った生物のことをいう」
「あんな綺麗なのに、毒があるの?」
「ああ。だけどよく見てみろ」
ナメクジが頭を向けた方ーーどこが頭かなんてよくわからないけれど、とにかく頭っぽい所を向けた場所を見ると、イソギンチャクの中から小さな赤い魚がひょっこりと顔を覗かせていた。
「えっ嘘!? あの魚大丈夫なの? 食べられちゃったりしてないよね?」
「まあ落ち着け。あの魚ーーカクレクマノミというやつは、イソギンチャクの毒にやられることはない。それどころかあいつらは、お互い共生関係を築いている」
「つまり、協力し合っているってこと?」
「そういうことだ。綺麗だろう? あの白と赤のグラデーション」
「うん! ……わわっ! おっきい亀」
女の子の視界に入り込んだのは、彼女が普段見るのよりも遥かに大きい亀。普段のっそりと歩いている亀が優雅に泳ぐ姿は、女の子の中の亀のイメージを根底から覆した。
「ウミガメだな。あいつの産卵する姿は本当に美しい。まあその時は陸に上がるのだが」
「そうなんだ。海って凄いね。……で、あれは何なの?」
女の子が今までずっと敢えて視界に入れないようにしてたソレは、海洋生物を全く知らない彼女にも異常なのがはっきりとわかった。
「アレ、は……私にもわからん。胴体は鮪という食用の魚に見えるのだが、なぜ人の足が生えているのか」
「食用? おいしーの?」
「美味しいぞ。足以外は」
「ふぅん……」
女の子の獲物を見るかのような視線を感じた謎の生命体は、悲鳴をあげながら逃げていってしまった。そう。悲鳴をあげながら。
「鮪って喋れるんだね」
「いや、普通は喋れないぞ」
「あ、そうなんだ。ふふふっ」
女の子は家出して以来、初めて満面の笑みを浮かべた。その眩しさにナメクジは思わず目を細めた。いや、目なんてものがどこにあるかわからないけれど。そもそも目があるのかどうかも微妙だけれども。
「楽しんでくれたようでよかったよ」
「うん。本当にありがとう! 私の知らないこと、いっぱい知れたよ」
「それじゃあ、そろそろお別れだな」
そう言うとナメクジはここに来たときのように女の子の頭に飛び乗り、蒼い体液で包んだ。女の子は思わず目をつぶるーー。
女の子が目を開いたとき、目の前には見慣れた自室の天井が目に入った。右手を誰かに握られているのを感じて振り返ると、彼女の父親ーーこの国の王様が図体に似合わない小さな椅子に座って、眠っていた。
「お父様?」
女の子の声にカッと目を見開いた王様は、その太い腕の中に彼女を包み込んだ。
「よかった。よかったよ無事で。心配したんだぞ!」
王様は女の子を抱きすくめたまま、大粒の涙を流した。
「私、いったい……?」
「草原の真ん中で倒れてたんだよ。全く何してたんだよ!」
「……ごめんなさい」
王様は女の子の肩を掴み、引き離した。
「分かればいいんだ。お前だってもう大人なんだから」
王様は目を細めて女の子の頭を撫でた。だがすぐにその目に真剣な光を帯びる。
「だがな、それとこれとは別だ。お前ももう大人なんだから、いい加減話を飲んでくれんか。どう考えてもお前にとって好条件のはずなんだが」
「だーかーらー。私が結婚するのは身長百八十センチ超えの彫りの深いゲルマン系イケメンと決まってるって何度も言ったでしょ?」
「そんな都合のいいやつがそう何人もいるか。大体今回の相手はアラブ系王子ってだけで、他の条件は全て満たしておるぞ。せめて会うくらいしたらどうだ」
「いーやーだー」
王様は盛大にため息をついた。つまり女の子は、父親の提示する結婚話が飲めず家出したのだ。
「全くお前ってやつは……そうだ、お前海って見たことないだろう。今回の王子が住む国からまみえる海は、相当綺麗だと聞く。興味はないか?」
女の子は、海という言葉に思わず先程の興奮が胸に甦った。それを王様に悟られないよう、ポーカーフェイスを貫いていたが。
「そうだね、私だってもうこの歳だし。いいわ。とりあえず会ってみる」
それから女の子。いや、お姫様が海辺の国の王子と結婚したのは、一月が過ぎた頃のことだったーー。
のちに海辺の国の王女様が海洋生物の研究者として歴史に名を残したのは、また別のおはなし。
おしまい。
もう少し弄る予定だったのに何故か可愛らしくなっちゃってますね、主人公。自分の力不足か……
感想、批評等下さると嬉しいです。




