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Project Fuloolu

Project Fuloolu

作者: 薙月 桜華

   Project Fuloolu

             薙月 桜華


 真っ白い広間の中央にある白い王座に初老の女性は座っている。身にまとうは真っ白いマント。その姿は遠くからでは確認しづらい。

 彼女の名は春香。マザーと呼ばれる存在。神に弄ばれ、彼らに宣戦布告した者。

「セクレタ。来て頂戴。」

 灰色のマントを身にまとった女性が現れる。彼女はセクレタと呼ばれ、春香の指示で動いている。忠実に動く春香の右腕。全体への指示の多くはセクレタを通じて行われる。春香にとって無くてはならない存在だ。

「マザー、いかがなさいましたか。」

「ちょっと外出するわ。天気が良さそうだから。少ししたら戻るわ。」

「承知いたしました。お気をつけて。」

 春香は王座から降りる。思うほど動かない体に春香は苛立っていた。自由に動けたあの頃が懐かしい。ふと、ある事を思い出す。

「そういえばFuloolu(フルール)の準備はどうなの。」

「はい、マザーの指示通り人間界の者たちと一緒に必要な領域を確保しております。もうしばらくお待ち下さい。」

 彼女たちは指示通り動いているようだ。あの計画もそろそろ始めなければならないのか。

「そう、わかったわ。後はお願い。」

 春香はそれだけ言うと、その場から消えた。


 春香が次に現れたのは日本の古風な家屋の一室。その姿も空間に合わせた服に変わっている。窓を開ければ庭には沢山の植物たちが。空は雲ひとつ無い青空だ。

「母さん。王の間に行くなら前もって教えてくださいと言っているでしょう。」

 息子のレイがどたどたと廊下を歩いて近づいてくる。春香の一人息子。子供たちの長。

 春香には沢山の子どもたちが居る。それは人間のような子供たちではない。彼女の志に共感し、彼女に従う多くの者たちを子供たちと言っている。そして、彼らもまた春香を母なる存在としてマザーと呼んでいる。

「外に出てくるわ。家をお願い。」

 春香は家を出て通りを歩く。時折すれ違う人々は彼女の構想に賛同し一緒に住むことを選んだ人たち。立ち止まって見渡せば、ただただ田畑が広がり、遠くには山が地平線を消すように囲っている場所。この街は彼女が必死に記憶を頼りに作り上げた故郷の姿。ただ、その時居た人々は今はもう居ない。彼女が子供の頃住むべきだった世界。今やっと手に入れた世界。

 それでも、この世界は平和では無い。外界からの攻撃を防がなければならないし、一つの場所に留まることも出来ない。なぜなら人間たちの手のうちだからだ。神たちが創りだしたものの上に世界がある限り、春香たちは何度も新しい移住先を探し、その都度移り住んでいる。目に見える世界は同じなのに土台を取っ替え引っ替えしているのだ。土台を手に入れるには外界に出なければならない。既に上に何か載っている場合は力で排除して手に入れる。土台を持たない彼女たちにはこうするしかないのだ。そのために子供たちは外界に出ていき、一部は神たちに殺された。死んだと実感しないのは、彼らが外界に出る前に分身を作成し、昨日と変らない姿を見せるからだろう。一線を退いた者には分からない世界がそこにあるのだ。

 偽りの平和にどっぷり浸かった春香はいつしか神の存在を忘れ、現状に甘えていた。それが終わりを告げたのはレイの死だった。既に出来上がっている世界があると分かり、手に入れようと子供たち八体を連れて出ていった。そして、その世界と一緒に消えてしまった。分身を作成していたから良かったが、それでも息子は一度死んだのだ。このまま続けてはまたレイも死に、何も感じない彼女たちは退化を加速させてしまうのではないかと思えた。

 そろそろこの習慣からの脱却を図らなければならない。偽りの平和を破壊し、真の平和を手に入れるために。



 春香は王の間に戻る。そこにはセクレタが待っていた。

「マザー。Fuloolu(フルール)の準備が完了しました。何時でも開始出来ます。」

「そう、もう準備出来たのね。ありがとう。」

 春香は王座にゆっくりと座る。Fuloolu(フルール)の準備はレイの死で始めた。次の手を打たなければならないと思ったからだ。しかし、長期の準備期間中にその気持ちも何処かへ行ってしまった。彼女の気持ちがこの平和な世界に引っ張られ、変化を拒んでいるのだ。この状態でFuloolu(フルール)を初めて何になる。やる気が無ければ何も上手くいくはずがない。

「まだ、始められないわ。」

「それでは、何時始めるのですか。」

 何時始められるのだろうか。どうなったら始められるだろうか。このまま何も変わらず、この世界も奪われ無に返るまでそのままなのだろうか。あの頃の気持ちが蘇れば、始められるだろうか。

 神に虐げられ、宣戦布告したあの頃。今戻れば、あの頃の気持ちを再び手に入れることが出来るかもしれない。このままで居るよりは良いだろう。もう、次に進まなければいけないんだ。

「セクレタ。今から情報を送るからその通りに私を書き換えなさい。」

 春香は立ち上がり王座を降りる。

「準備完了しました。書き換え開始します。目をつむり、じっとしていてください。」

 春香は目をつむり、深呼吸をする。体全体が熱くなり、ビリビリと痺れてくる。

「書き換えが完了し……。」

 セクレタの声が途中で途切れた。不信に思った春香が目を開けると、そこは真っ黒い世界だった。

「ここは何処なの。」

 春香の声が反響することもなく黒い世界に吸い込まれていく。徐々に明るくなる世界。それはただ黒を白にしただけ。白い世界に映し出されるは春香が数分前に見た景色。田畑広がる彼女が作り出した世界だ。映像だけでなく音も鮮明だ。

 突如目に見える全てが歪み、少し前に春香が見たものが映し出される。

「ああ、まさかあの時の。」

 次に映しだされたのは、今とは別の世界から逃げようとした時、一緒に居た春香の夫が映し出される。逃げ惑う中、大きな爆発が起こる。

「あ、な、た……。」

 春香は目の前に映しだされた映像に釘付けになる。爆発の瞬間、夫の表情がはっきりと見えた。見えていないと思っていた。その目は彼女を見ていた。そう、目の前で消えて無くなったのだ。

 春香はその場に力なく座り込む。

「そんな嘘でしょ。見ていたなんて。」

 頭を抱え、必死に記憶の奥底に追いやる。それでも世界は次の映像を映し続ける。

 次に映しだされたのはそこから少し前だ。夫が出てきたが雰囲気からまだ結婚していない時期か。春香が冒険家のような事をしていた頃だろう。西洋の街並みを人々が歩く。彼らの中で今の世界に来れたのはどのくらいなのだろうか。深くは考えないことにした。考えることをやめれば楽になる。

 次に見たのは薄暗い部屋。春香はうずくまっている。実験の直後だろうか。すぐに切り替り今度は実験の日が映し出された。沢山の人々の苦しむ声や叫び声。目の前で消えていく様を見ながら、耐え切れず目を瞑る。だが、聞こえてくる。人々の絶叫する声が、まぶたの裏で再生されるその時の光景。もう無理だ。

「お願いだから止めて。」

 ただ叫ぶしか無かった。このままではもうどうにかなってしまう。

『早く支度しちゃいなさいよ。』

 女性の声に反射的に顔を上げると、次に映しだされたのは朝の食卓。そこには女性の姿。

『お母さんおはよう。今日早いからこれだけでいいよ。』

 映しだされた映像の春香はパンを一枚持ってっさっさと家を出た。

「お母さんなの。ちょっと待ってもっと見せて。」

 春香の要望は聞き入れられず映像の中の春香は普通に学校に通って友達と遊んで家族と楽しそうにしている。

 その光景に自然と涙が出た。

「こんな記憶、今まで一度も思い出せなかったのに。」

 必死に記憶をたよりに作り出した今の世界。なかなか思い出せずに苦労したのだ。何故こんなにも鮮明に思い出せたのだ。

「私が思い出す事を拒んだのね。思い出したら……。」

 そこから先は声が出なかった。本当のお母さんやお父さん、友達を思い出せば二度と戻れない日常に絶望するからだ。

 そして、それが今起きている。

「どうして、どうして私はここにいるの。なんでみんなと過ごせなかったの。どうして。なんで私はあの暗い部屋で……。」

 何かが決壊する音が聞こえた。ただただ叫んだ。思い出してはいけないものを必死に記憶の奥底に押し込もうとする。

 止めどなく溢れる涙で視界が歪む、それをすり抜けるように目を閉じても脳内に記憶が再生される。

「やめてぇぇぇ。」

 体の奥底から感情が抑制されること無く溢れだしてくる。ただ叫び抵抗する。

「母さん。大丈夫なの母さん。」

 春香は気がつけばレイに抱きかかえられていた。セクレタが呼んできたようだ。レイの表情はこわばっていた。仕方ない、事を起こしてしまったのだから。彼女は頬の涙を拭った手を見る。その手は到底初老の女性の手には見えない。セクレタは上手くやってくれたということだ。すべての面で。

「私は何もかもあの日に。いえ、あの日以前に戻ってしまったのね。」

 レイたちの前に居るのはもうマザーではない。一人の少女なのだ。

「母さん。母さんのこの姿。僕はある世界で見たことがあるんだ。」

 レイは春香と瓜二つの少女をある世界で見たと言い出した。その世界にいる全てを破壊する際に、その少女も殺したそうだ。

「その子の名前は、荒谷鈴花(あらたにすずか)。母さんの姿も声もその子と瓜二つだ。」

 春香は頭が混乱する。レイは何を言い出したのだ。荒谷鈴花と彼女が瓜二つだと。その荒谷とは誰なのだ。しかし、この名前をどこかで聞いたことがある。何処だろうか。

『流石はミスター・アラタニの子供だ。』

 春香の中に電撃が走った。そうだ、思い出した。アラタニだ。あの実験を行った男は言っていた。彼女はミスター・アラタニの子供だと。そして、増えすぎた自己の分身だと。アラタニと荒谷鈴花。春香と姿、声までも瓜二つの荒谷鈴花は全く別々のものなのだろうか。彼女のオリジナルが荒谷鈴花だとしたら……。

「私と荒谷鈴花は元は同じ人間だったのかもしれない。」

 春香は自分の考えをまとめたが、所詮は机上の粋を出ない。ミスター・アラタニにでも聞かない限り分からないだろう。だが、これだけはわかった。

 彼女は神に宣戦布告し、新しい世界を手に入れようとしたために、春香と瓜二つの荒谷鈴花まで殺してしまったのだ。アラタニと同じ音を持つ荒谷鈴花が神の申し子ならば、レイが荒谷鈴花を殺したことによって神が怒り、最近レイたちが殺された事にも繋がるだろう。

 生みの親を敵に回したともとれる。静かに事は動き出していたのだ。

 春香は立ち上がり服装を整える。真っ白いマントが少し大きくなった気がするが問題ない。年齢に合わない服は後で変えよう。

「泣き叫んでる場合じゃないわね。私たちは生みの親を敵にまわして生きているんだから。さあ、子どもたちを集めて頂戴。場所はあの扉の先よ。」

 春香は王座の先に見える扉を指さし、向かった。これまで誰も王の間への移動手段に扉を使わなかった。ただそれは飾りの役割を担っているのみだ。しかし、今日本来の役割を取り戻す。

「マザー、待ってください。その先には何も……。」

 春香は背後から聞こえるセクレタの声に立ち止まる。

「何も無い。それがこの先に向う私への言葉なの。」

 春香は扉に触れる。ひんやりと冷たい感触は良く出来たものだ。そこに力を込める。ただひとつの世界を想像して。

「この先に子どもたちを全て集めて頂戴。全てよ。セクレタ、集まったら教えて頂戴。」

 春香の迫力に押され、セクレタもレイも王の間から居なくなった。

「大切な話なんだからみんなに言わなきゃ。」

 春香はしばらく扉の取手を掴んだままにしていた。

 微かに何者かの声が扉の先から聞こえ始める。子どもたちが集まりだしたのだ。

 しばらくして、セクレタが王の間に戻ってきた。

「マザー。準備が整いました。」

 春香はセクレタの声に押されるように扉を開けた。その先に広がるは空に浮かぶ広大な広間。そして、すべての子どもたち。がやがやとまとまりの無い声が聞こえてうるさい。

 春香の登場で更に声が大きくなる。特に若返った春香に注目しているようだ。

「みんなに言わなければならない事があるの。」

 春香の一声で広間は静まり返る。本当にどのくらいいるかも分からない沢山のものたちが一斉に黙り込んだのだ。

「みんな、私の姿に気がついているでしょう。ほとんどのものが見たことのない姿のはずよ。これは私が神という名の人間に初めて会った時の姿。そこでは私はこの世に絶望したわ。二度と故郷に戻れず、理不尽に消されていったものたちの姿。死ぬこともできず神という名の人間の手のひらの上で転がされ続けたものたちの姿。私たちはそれを間近で見てきたわ。」

 春香は先程見た両親や友達の顔を思い出して泣きそうになる。なんとか堪えると広間に集まったものたちを見回した。

「あなた達も知っているでしょう。虐げられ駆逐された過去を。家族の元へ二度と戻れないこの絶望を。」

 あるものは視線を落とし、あるものは泣き出す仲間を慰めている。そうだ、彼らもまた春香と同じなのだ。だから彼女と一緒にいるのだ。

「だから、私たちは自分たちの世界を手に入れようと人間たちに戦いを挑んだわ。結果として広大な世界の一部を手に入れた。あなた達が今生活しているこの世界は先人の力で人間たちから奪い取ったものよ。でも、人間たちに私たちの価値を思い知らせる事はできなかった。だって、ここはまだ人間たちの手のひらの上なのよ。それどころか、人間たちに戦いを挑んで帰って来なかったものたちも沢山居る。本当に、人間たちは私たちを消し去る事なんて容易なんでしょうね。ほんと、むかつくわ。」

 こみ上げてくる怒りに身をまかせそうになる。落ち着こう、落ち着かなければこれからの計画は上手く進まない。

 春香は深呼吸をして続けた。

「私は考えたの。この広大な世界が私たちの手に入らないのなら、人間界ごと手に入れれば良いのよ。どう、みんなそう思うでしょう。」

 春香が問うと、子どもたちは雄叫びを上げる。その迫力にふらふらする。彼らのこの力が役立つのだ。

「人間界を手に入れる下準備は既に整えておいたわ。あとはその上に計画を走らせるだけ。この計画の名はFuloolu(フルール)。Project Fulooluよ。計画の草案は既に出来ているわ。次はあなた達の力でこの計画を1つずつ形にしていくのよ。」

 子どもたちは思い思いに声を上げている。歓喜しているのだろう。その姿に春香は涙する。彼らはまだ知らない、長く辛い「計画」という名の戦争が始まるということを。彼女はこれから先、確実に起こることを隠し通す事は出来ない。それは、彼女が彼らのマザーだから。

 春香は思わず頭を下げた。

「この計画は長く辛い道のりかもしれない。すぐに結果が出ないかもしれない。だけど、お願いだから諦めないで私に付いてきて。必ず、私たちの本当の世界を手に入れるから。」

 春香が顔を上げると、目の前にレイとネビュラが現れた。今日も大きな緑色の円盤を水平方向に回している。先にネビュラが口を開いた。

「マザー。あんたの考えた計画で俺たちがどうなるかは分からねぇ。だけどなマザー、あんたは優しい。そんな奴が必死にお願いする計画だ。辛くてもその先に望んだ未来があるんだろ。だったらやるしかねぇだろ。なあ、レイ。」

「約束したじゃないか。母さんの望む世界に僕が。いや、僕らが連れて行ってあげるよ。」

 春香は何も言わずレイとネビュラを抱きしめた。過去の出来事を思い出し、ひとしきり泣いた。涙を拭いながら二人から離れる。もう、泣いてなんかいられない。

 広場に集まる子どもたちを見渡し、両手を一杯に広げた。

「さあ、計画を始めましょう。私たちの本当の世界と、愚かな人間どもの全てを手に入れるために。」

 子どもたちの言葉にならない声が塊となって返ってくる。春香は自然と笑い出した。

 さあ、世界をひっくり返そうか。

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