Recollection
――数ヶ月後。――
――エルダー山脈。雷神トールが住むと言われている霊峰。その樹海の中で一人の少年が剣の鍛錬をしていた。背丈はそれほど高くはなく、琥珀色の双眸をしている。
彼の名はアレン。エルダー山脈の麓にある、フィル村に住んでいる。
五年前、アレンははエルダー山脈の頂上に倒れていた。偶然、薬草を探しに来ていたイーリスに発見されて、フィル村に運ばれた。
アレンは自分の名前と、歳以外は何も覚えていなかったので、イーリスの提案により、村長の家(イーリスの家でもある)で暮らす事になった。
イーリスは、ある雷鳴の轟く夜に、雷と共に降りてきた子供だという。
その所為か、イーリスは魔術の中で最も難しい、雷の魔術が使えた。
そしてイーリスは村長に、育てられ、健やかに育ち、神官になることを夢みて頑張っていた。
ゆえに、彼女は「トールの愛娘」と呼ばれていた。
イーリに命を拾われたアレンは、彼女を守れる「騎士」になるべく、剣の訓練に明け暮れた。
あれから五年、十三歳になった今でも、アレンは剣の鍛錬をしていた。
「はぁっ!せいっ!やあっ!!」
――もっと、もっと強くなって、イーリを守るんだ!――
その一心で、剣を振るった。
――日の暮れる頃、頼まれていた薪を背負ってフィル村に戻った。
村に戻るや否や、一人の少女がアレンに向かって駆け出してきた。
「こらーっ!アレン!」
短めの金髪に、翡翠の瞳の活発な少女。
「げっ!?イーリ!?」
俺はイーリから逃げ始めた。捕まったら説教だ。冗談じゃない。
しかし、薪が邪魔でどうにも走れない。仕方なく家の影に隠れた。
「ハァ〜、危ない危ない。」
イーリはアレンが鍛錬に行くのに反対している。だから隠れながら行くのに、 勘がいいのか、すぐバレてしまう。
「まったく、もう少しおてんばじゃなければなぁ…、」
一人ため息をついてると、雷鳴が聞こえて来た。
――あ、まずい。――
エルダー山脈は一年中雷が落ちるから、雷鳴は珍しくはない。でも、それにしては、あまりに近すぎる。アレンが恐る恐る振り返ってみると――
「アーレーン……」
顔を引きつらせているイーリがいた。
「天誅ー!!」
落雷が、また村に焦げ跡を増やした。
――夢を見ていた。赤子を抱くエルフの女の人と、それを見守る男の人がいた。幸せそうな家族だ。そんな記憶の無い俺はよくわからなかったけど、とても幸せそうな家族だった。――
気がつけば家の中にいた。まだ少し、体が痺れる。
「やれやれ、まったくイーリには困るぜ。毎度毎度雷を落とされる身にもなれってんだ…」
「何よ、まだ足りないの?」
「おわっ!?」
アレンが寝ている部屋の前にイーリがいた。
「い、いつから居たんだよ!?」
「何を今更…私の家なんだけど?」
やや怒りぎみのイーリが、アレンを見つめる。
「アレン。言ったでしょ?樹海には行かないでって」
「あそこじゃなきゃ、鍛錬出来ないだろ」
「だから、それをやめてって言ってるの!どれだけ心配してると思ってるの?」
「子供扱いすんな、俺より年下の癖に」
イーリは十二歳。アレンより年下ではあるが、アレンを運べるほどの怪力を持っている。アレンからすれば、お転婆姫なのだ。
「子供じゃない。しかも精神は幼稚だし」
「なんだって!?」
「なによ!?」
互いに睨み合うアレンとイーリす。最近はこんな事ばかり続いている。いつからこうなったかは、アレンは忘れたが、とにかくよく言い争いになってしまうのだ。
「とにかく、樹海には行かない事!いい!?」
「はいはい」
アレンは仕方なく、おざなりに返した。そもそも、アレンに鍛錬をやめる気など全くないのだ。
そんな事よりアレンはどうしてか、さっき見た夢が気になった。あんな幸せそうな家族とは、関係がなさそうなのに、頭から離れなかった。
その夜は、もう一度あの夢をみれないかな、なんて考えながらアレンは眠りについた。