Re start.
オレガノ王国に、一人の賢王がいた。
彼の剣技に右に出る者はなく、彼の人徳は多くの民を導いた。
しかし、それ故に、その者は苦悩する。彼が救えたのは、ほんの一握りの命。彼が救えなかったものの多さに、自責する。各国は自国の利益を求め小競り合いが絶えない。オレガノは新興国のため、彼の意見は、何処の国にも届かない。 自分の国を、民を、愛する者達を守る為に彼は研究を重ねた。
そんな日々に、終止符がうたれる。
古代の文献を読み解く内に、彼は古代の戦争に現れる悪魔の存在に心を奪われた。
――曰わく、悪魔は願いを叶える。曰わく、魂と引き換えに――
その一文を見つけた時、彼は狂喜した。己の命と引き換えに、全てを救えるのなら、これほど嬉しいことはない、と。
――しかし、彼はこの時、分かってはいなかった。命と、魂とでは、意味の重さが異なることを。かつて、悪魔に願い、すがった者が、どのような末路をたどったのかを。――
彼は悪魔の眠ると言われている魔窟、タルタロスを進んだ。
行く手を遮る罠や、獣は、彼は持ち前の剣技と知恵で乗り越え、ついに最下層にたどり着いた。
――そこには、夜闇の黒さにも勝る、漆黒の宝玉が置かれていた。――
彼は宝玉へと歩を進めた。傷ついた彼の体では、この洞窟を抜け出すことは出来ない。元より、命をここで来たのだ。後戻りなどするつもりもなかった。
――しかし、彼の体に異変が起こりはじめた。
――彼の体は燃えるように熱くなり、全身を押し潰されるような痛みが、彼を襲った。
――並大抵の者ならばその痛みで絶命しただろう。精神の弱い者ならはそこで諦めただろう。賢き者ならば"それ"に何かを感じるだろう。――
しかし、彼には当てはまらなかった。彼は、磨き抜かれた体で、この魔窟を進んだ精神で、妄執に取り憑かれたように、すすんだ。
その双眸は出血で失明し、剣を杖にして歩き、ついに彼は宝玉にたどり着いた。
――刹那、彼を襲った苦しみは消え失せた。――
――汝、我に何を求む?――
「この世全てを変える力を!!」
言うが否や、彼は倒れ、その体を蝕むように、漆黒が彼の体を覆った。
――一方、別の地に緑色のローブで身を包んだ、大男が異変に気付いた。
彼の手には、二つにわれた琥珀がのっていた。
「あの封印を解かれた、だと……」
大男は南西の方角、オレガノ王国を見る。
ある一部の空が紅く染まり、雷雲が集まっていた。まるで神の逆鱗に触れたかのように。
「いずれ訪れるとは思っていたがな、あの日からずっと」
大男は手の中の琥珀を握り潰した。
「あの忘れ形見と再び会うのが、こんな早いとはな」
大男は踵を返し、移動呪文を唱え始めた。向かう先はエルダー山脈の麓、フィル村。
そこには、トールの愛娘と呼ばれる少女がすんでいる。が、大男の目的は彼女ではなく、一人の少年だった。
「アレン……」
大男は過去を懐かしみながら、闇の中に消えていった。