第7章
1
「ハル、聞きたくないかもしれませんが・・・・・・」
「じゃあ聞かない」
昼ご飯を食べる前に夏輝が話を切り出した。不吉な切り出し方に、春一が早速シャットダウンする。
「聞いてもらわないと困る話です」
「ええー」
「枢要院から直接の依頼です」
春一が本格的な不平を並べ始める前に、夏輝が核心を話した。春一は溢れ出る不満を垂れ下がった目に湛えた。目は口ほどにものを言う、である。
「そんな目をされても困ります」
「何であいつらが・・・・・・。っつーか、何で夢亜経由じゃないの? 大体あいつからなのになんでまた直接?」
「これは推測ですが・・・・・・」
「お前が推測だけでものを言うなんて珍しい」
「事件の内容を見る限り、枢要院が事を見てすぐにハルを指名したのではないでしょうか。夢亜さんが回すよりも先に」
「内容って?」
相変わらず不機嫌そうに尋ねる春一に、夏輝は内容と自分が推測に至った経緯を話したら春一は更に機嫌が悪くなるだろうと思いつつ答えた。
「人間の不良グループが妖怪を買収し、恐喝や強盗紛いの犯罪行為をさせているようです。枢要院はその妖怪三名を摘発するとのことです。そうなると、その妖怪の退治と共に不良グループの殲滅も仕事内容に入ってくるので、真っ先に挙がる適当人物がハルではないかと・・・・・・それが内容と私の推測です」
ちらと春一を見ると、想像したのに寸分違わぬ白け顔がそこにはあった。
「・・・・・・言いたいことは大体わかるので言わなくて結構です」
「そりゃどーも」
も、にアクセントをつけて不機嫌を全体で表す春一。夏輝はこの状況を打開すべく、昨日の野球の試合を話題に出した。
「あれは勝ったけど内容はいけなかった。あそこで代打を出すのが間違ってる。監督も言ってたけどさ。で、情報は?」
しまったと思ったが、春一が筋を戻してくれた。
「妖怪の出所は夢亜さんに追ってもらっていますが、如何せん心当たりが多すぎるということで確定には至っていません。今回は突発的に起こる事件を追わなければならないので、夢亜さんでも難しいようです」
「ああ、そりゃ夢亜の管轄外だ。こういうのは専門家に任せねえと」
「専門家・・・・・・?」
昼食のパスタを食べる手を止め、春一が携帯を取り出してどこかへ電話をかけた。
「おう、久しぶり。いきなりで悪ぃーんだけどさ、ちょっと調べもの頼まれてくんねえ? 最近やんちゃしてるやつらの情報を教えて欲しいんだけどよ。・・・・・・そう、最近出始めたやつらだ。で、バックに誰かついてるやつ。バックっても大層なもんじゃなく、チンピラ集団みたいな奴らな。ああ、頼む」
それだけ言って電話を閉じ、再びフォークを麺に絡ませる。
「ハル、今のは?」
「ダチだよ。こいつの方が今回に関しては夢亜より早いと思うぜ?」
「ハルに友達なんていたんですね・・・・・・」
「そりゃどういう意味だ」
「言いにくいですが、言葉どおりの意味ですね」
春一は先程のような不服な表情をして、舌を出した。
2
「出てくる」
「どちらへ?」
「遊び。晩メシいらねーから」
「わかりました。いってらっしゃい」
夏輝が三時のお茶を淹れていると、バスケから帰ってきた春一がシャワーを浴びるなり、外へと出て行ってしまった。遊びに忙しい人間である。
彼は自転車ではなく徒歩でどこかへと行ってしまった。彼は徒歩だろうと自転車だろうとどこまでも行ってしまう人間なので、行動範囲なんてあってないようなものだ。
夏輝は一応夢亜にも連絡をつけておこうと思い、メールを送るためパソコンを立ち上げた。
しばらく夢亜とメールのやり取りをして、自身も情報収集のためにネットサーフィンをし、珍しく来た客の相手をしている内に閉店時間がやって来た。店のシャッターを閉めようと外に出ると、急に背後を囲まれた。
「もう店仕舞いですが」
首だけで振り返ると、彼らは三人組で、どこかの高校の制服を着崩して着ていた。ブレザーで、ネクタイはつけている者とつけていない者がいる。
「ちょっと聞いたんだけどさ、アンタ、俺らのこと嗅ぎ回ってんだって?」
「文房具屋の店主が俺らを捕まえようって聞いたからさー」
「ちょっとお話聞かせてー?」
夏輝は少し思案し、抵抗してもプラスになることがないと判断してそのまま彼らについていくことにした。手荒な真似をされるかと思ったが、彼らにその気は今の所ないようで、彼らに囲まれる形で夏輝は歩いた。
入り組んだ裏道をぐるぐると回り、着いたところは住宅街から離れた空き地だった。その空き地の隅に倉庫があり、光と声が漏れている。
「ただいまー」
「おっかえりー」
扉を開けると、他にも何人かの制服姿の高校生がいた。夏輝を連れてきた三人と合わせると十人ほどはいる。それと、その中に私服姿の三人。夏輝は彼らが件の妖怪であることを感じ取った。
「それが噂の?」
「そうそう」
「俺らのコト捕まえよーってふてーの輩か!」
「ふてーってどういう意味?」
「まぁつまり敵ってコトだろ」
「なるー」
夏輝は突き飛ばされて、無理やり砂のようなものが詰まった麻袋へ座らされた。
「で? 俺らのことどっから知ったのよ?」
「そこの三人から聞くとさー、あいつらが追われてて、俺らも捕まえる気なんだって?」
そこの三人とは妖怪三人組のことだ。夏輝が目をやると、向こうは焦ったように目を逸らせた。彼らも立場がなく、バツが悪いのだろう。
しかし夏輝はどうやら春一に間違われているようで、話は彼が春一として進められているようだった。彼としても、名前を尋ねられていないので何も言っていない。
それにしても拉致する相手の名前と顔の確認もしないとは随分雑な連中である。夏輝は正直面倒になって、どうやってここから抜け出そうか考えた。
「やめといた方がいいよー? 俺らもそういうことされそうになって黙ってるクチじゃないからさ」
「だからさー、この件からは手ぇ引いてよ。そしたら俺らも今日はちょっと遊ぶだけで終わるからさ」
「お兄さん頭良さそうだからわかるよね? ドゥーユーアンダスタン?」
「何で英語なんだよ」
「ノリ的に」
馬鹿笑いをする若者達に、夏輝は口を開くのすら面倒になって読みかけの本の続きを早く読みたくなった。
「何とか言えよ!」
ついに声を荒らげて殺気立つ若者達に、夏輝は静かに目を伏せた。何度も言うようだが面倒臭い。
「あなた達の申し出は受けられませ・・・・・・」
夏輝が口を開くと、派手な轟音が響いて、入ってきた両扉が吹き飛んで夏輝の目の前まで飛んできた。
後からバイクが二台入ってきて、フカしたエンジンが唸りを上げた。
「ちわー。皆様に愛されてウン十年。四季文房具店です」
明るい茶髪に三本の銀髪メッシュ。バイクに跨った内一方が聞き慣れた声を発した。
3
「よう、久しぶり、ジョー」
「おお、久しぶりだな、ハル。半年振りぐらいか?」
春一はバスケットボールから帰りシャワーを浴びて、近所のカラオケ店の前である一人の少年と会っていた。
少年―七紀丈は春一と同じくらいの外見をしており、春一よりも明るい茶髪の左サイドに黒いメッシュを三本入れていた。右と左に三つずつ開いたピアスは均等に並んでいた。
「だな。最近どーよ?」
「相変わらず勉強の日々だゼ? 楽しんでる」
「お前らしーや。で、情報はどうよ?」
「焦んなヨ。とりあえず中入ろうゼ?」
「ああ」
二人はカラオケ店の中に入り、二時間だけ注文をして指定された部屋へ入った。入ってソファに座ると、曲を入れるより先に丈が口を開いた。
「ダチや後輩連中に聞いたら、いたゼ、お前お探しのヤツラ」
「誰だ?」
「妖怪の三人組を買収して、手足にしてんのは南校のヤツラだよ。あそこの不良グループが買ってるらしいゼ? ボス役のヤツがお坊ちゃんで、金には困ってねーみてーだからヨ」
「そうか」
丈は春一の小学校時代からの親友で、 彼も春一と同じ妖と関われる能力を持っており、物理学者になるという夢を果たすため勉強に明け暮れているので春一のように自ら仕事を請け負うことはしないが、春一に頼まれて共に片をつけるということも多々あった。最近はそこまで大きいことがなかったので活動はしていないが、春一とは親友のままである。
「もう潜伏先も割れてんゼ。乗り込もうと思えばいつでもできる」
「サンキューな。手を煩わせて悪かった」
「気にすんなヨ。お前は詫び入れるタマじゃねーだロ」
「だな。んじゃ、とりあえず歌おうぜ」
「よし来た」
二人はそれからカラオケを二時間近く歌い、十分前の電話が鳴ったのを合図に部屋から出た。
「ああー! 久々に歌ったら気持ち良いゼー」
「たまには息抜きも必要だろ?」
「全くだナ。どうするヨ? 久々にウチ来ねーカ? あの車庫、健在だゼ」
「懐かしい思い出に浸んのも、悪かねーな」
カラオケ店の近くにある丈の家に着くと、二人は家に入らず、敷地の隅にある車庫に入った。
車庫は四方が厚いコンクリートの壁で覆われ、中には大型バイクが二台とテレビ、5・1chに繋がれた音楽プレーヤーとソファが置かれており、車庫と言うよりは部屋である。
実質、ここは丈の部屋でもある。車を入れる車庫は何年も前に別に作り、この車庫が空いてしまったのでそこを丈が勝手に自分の部屋としたのである。
中学時代はよくここで騒いでいた。朝まで騒いでいたこともある。四方がコンクリートなのを良いことにカラオケ宜しく音楽を大音量でかけて、いつまでも馬鹿話をしたものである。テレビなんてついていてもついていなくても変わりはなかった。
「懐かしいな、ここも」
「だロ」
「昔はバイクなんてなかったけどな。狭く感じる」
「そりゃワリー。このバイク、両方とも俺のだゼ?」
「マジか! ゼファーとケッチなんてどっからギってきたんだ?」
「パクリモンじゃねーヨ! ケッチは親父のだったんだけど、新しくハーレー買っちまったモンで、余って俺にくれたんだヨ。ゼファーは兄貴のだったんだけどヨ、アイツどっかのオンナと駆け落ちして行方知れずなんだ」
「あの兄貴駆け落ちしたのか!」
「ああ。俺が駅まで送ってったんだゼ? ハシゴ役ヨ」
「ご苦労だな」
「結構楽しかったゼ?」
愉快そうに笑う彼の笑顔は本当に無邪気で、春一は中学時代の自分を思い出して苦笑した。今言うのもなんだが、あの頃は若かった。
「お前は最近ドーヨ? 相変わらずの道楽者かヨ?」
「まぁ、そんなとこだ。お前とは違う高校で適当にやってんよ。毎日バスケに出かけて、勉強して、妖怪の話聞いて。生徒会の仕事はメンドクセーこともあっけどよ、これはこれで楽しいもんだ。夏の作るメシはうまいし」
「楽しそーだナ。ナッちゃんの作るメシは俺も好きだし、久々に食いてーヨ」
丈は夏輝と面識がある。中学時代にお互いの家に入り浸ると、丈の家では母親が、春一の家では夏輝がおいしい料理を作って持ってきてくれたものだ。料理人である二人に共通していたのは「あまり夜更かしをしないように」と一言添えることで、それがおかしくて笑いあった。その忠告に従ったことは一度もないが。
「思い出話はいくらしても良いモンだナ?」
「んだよ、お前随分年食ったんじゃねーか? 俺のこと馬鹿にしてたくせによ」
「丸くなったって言えヨ」
二人の笑い声が車庫に響く。春一は自分の言葉遣いが昔に戻っていることに気付きつつ、それすらも懐かしく、特に直そうとは思わなかった。
それからまた少し思い出話に花が咲き、一段楽した所でちょうど丈の携帯が鳴った。流行の曲が流れる。
「後輩だ」
そう言って彼は通話ボタンを押した。
「アン?」
『センパイ! 南校のヤツラが誰か連れてどっか行きましたよ。センパイにそいつらのこと聞かれたんで、一応報告をって思ったんすけど』
そこで丈は春一に「動きがあった」と伝え、ボタンを押して春一にも電話が聞こえるようにした。
「その話マジなんだナ? 連れてかれたヤツってなぁどんなんダ? 特徴とかねーのかヨ?」
『三人に囲まれて歩いてたんすけど、やけに背の高い兄ちゃんでしたよ。それこそ、囲まれてたんで身長差がよくわかりました。ありゃあ百八十以上はヨユーでありますよ。後はメガネかけて・・・・・・服は薄い青と白のストライプが入ったワイシャツぐらいしか覚えてないっす』
「ハル」
そこで丈は春一に目をやった。
「夏だ」
「やっぱナッちゃんか。オイ、聞こえてるか?」
『はい、聞こえてます』
「ソイツらドコ行ったかわかるか?」
『自分は最後まで見てないっすけど・・・・・・空き地広場の方行きました』
空き地広場とは空き地が並んでひとつの広場のようになっている所だ。地元の人間はそういう呼び方をする。
「ありがとヨ、おかげで助かったゼ」
『いえ、センパイの役に立てて良かったっす』
「じゃあ、またな」
『はい、失礼します』
丈は電話を切り、春一に向き直った。春一は一気に厳しい顔になり、眉間に皺が寄っている。
念のため夏輝の携帯に電話をかけてみるが、留守番になった。
電話を切って、携帯電話を握り締める。握力に耐え切れず機体が悲鳴を上げる。握る腕からは血管が浮き出て、力の強さを物語る。
「ハル、空き地広場の隅にある倉庫がヤツラのアジトだ。ナッちゃんはそこに連れて行かれたと見て間違いネー」
お互いの顔が厳しくなる。眉間に刻み込まれた皺は、抑え切れない怒りを顕著なまでに表していた。
「ハル」
丈の呼びかけに反応すると、鍵が飛んできた。それを取って見ると、バイクの鍵だった。丈の手にも似たような鍵がある。
「俺はゼファーで行っからヨ、オメーはケッチ乗れヨ。マッポ上等、ブッ込むゼ?」
「ありがとよ。エンジン全開で行くぜ」
「あたりめーダ」
二人はキーを回し、エンジンをかけた。そのまま車庫の扉を開けて、アクセルをかけた。カスタムチューンをした大きなエンジン音が二重に重なって、静かな夜を震わせた。
「ハル、このままブッ込むぜ!?」
「おう!」
倉庫の前まで来て(ノーヘルと速度違反で警察に追いかけられたが撒いた)、二人はエンジンを握る手を緩めることなく、寧ろ速度を上げて、扉に迫った。ウイリーの形にして、前輪で扉を跳ね飛ばした。
呆気に取られる高校生と妖怪達。そして夏輝。春一は一回エンジンをフカし、眉間の皺をそのままに名乗った。
「ちわー。皆様に愛されてウン十年。四季文房具店です」
4
「ハル!」
「夏、頼んでねーだろーけど、助けに来たぜ」
「・・・・・・あなたらしい台詞ですね」
苦笑する夏輝を尻目に、春一は夏輝以外の全員をねめつけた。その眼光や否や悪魔ですら裸足で逃げ出すこと必至である。
「丈君も・・・・・・!」
「やっぱナッちゃん拉致られて黙ってられっほど俺も大人じゃねーんだヨ。何せ一宿一飯の恩が数え切れねーほどあっからヨ」
二人はバイクを降り、堂々と真ん中へ歩み出た。
「何だお前ら!」
真っ先に出てきた男子高校生の横を颯爽と歩き抜けると同時に、春一が肘を上から振り下ろし、丈が膝を突き上げる。その肘と膝に挟まれるように、男の顔が潰れる。
「・・・・・・」
一同が言葉を失った。自分を奮い立たせて二人がそれぞれ一人ずつ襲いかかる。その高校生が確実に顎を打ち砕かれて地に沈む。
一瞬の内に沈められた仲間達を見て、高校生のグループは妖怪の三人を前に出した。登場然り目の前で起こった光景然り、この二人はただの高校生ではない。
「ひっ・・・・・・」
完全に及び腰になった妖怪三人は、それでも襲い掛かった。そうするしか道はない。それに、春一は左の、丈は右のハイキックで二人のこめかみを突いて倒した。足が止まった真ん中の一人を、そのままの勢いで放った二人の後ろ回し蹴りがそれぞれダブルで直撃し、妖怪は三人共いとも簡単に沈んだ。当の二人は息が荒れることすらない。
「な・・・・・・なんだテメーラ! 俺らをやって名を上げよーって腹か!?」
鼻にピアスを付けた高校生が苦し紛れに叫ぶ。懐に手を入れて、ナイフを出すのが伺えた。春一と丈は目を合わせ、その少年がナイフを出すと同時に丈がナイフを手ごと蹴り上げ、空いた鳩尾に春一がトゥーキックを炸裂させた。
「俺が欲しいのは名前でも、テメーラのタマでもねえ。マッポに引き渡すテメーラの身柄よ!」
ドスの効いた声で春一が空気を痺れさせる。
「ああっ!?」
その言葉に幾人かの少年達が襲い掛かろうとするが、その動きは少年達の内、一人によって止められた。
「あっ!」
急に声を上げた仲間の一人に、他の少年達が動きを止めてその少年を見る。どうしたんだと全員の顔に書いてある。
「あ、あぁ・・・・・・!」
「ど、どうしたよ?」
一人が控え目に聞く。声を上げた少年はガチガチと歯を鳴らして、歯と同じように震える言葉を吐き出した。
「茶髪に三本の銀と黒のメッシュ・・・・・・。このハンパねぇ強さとブッ飛び方は間違いねえよ! コイツら、『トランプ』だ!」
その言葉に残りの仲間達に動揺が走る。一気にざわつく。
「マッ・・・・・・マジか! コイツらが伝説のエース&ジョーカー切り札コンビ!」
言うと、二人が吐き捨てるように笑った。皺は伸ばされていないにも拘らず笑うと、今度は閻魔大王が逃げ出しそうだ。
「ハッ! 俺ら伝説だってヨ、ハル」
「大層なモンにまで伸し上がったじゃねーの。ならもう一発伝説作ろーか。南校生徒一斉検挙ってなぁ、ジョー?」
二人の目が残りの少年達に向けられると、彼らは一斉に慄いた。戦意喪失とはまさにこのことだ。このまま黙っていれば検挙、立ち向かえば返り討ち。だが、彼らとしてもこのまま黙ってやられたくはない。それに、数ではこっちの方が大幅に勝っているのだ。向こうは二人、こっちはあと六人残っている。数で攻めれば、勝機はある。
「やっ、やるぞ!」
「おうっ!」
再び威勢を取り戻した少年達が動く前に、丈が口を開いた。
「お前ら、勘違いしてんゼ?」
何のことかと動きを止めた少年達に、今度は春一が続ける。
「俺らエースとジョーカーだけじゃ勝負には勝てねーのよ。そこまで甘かねーからよ。けど俺たちは負けなし。何でかわかるか?」
「クイーンがついてんのヨ。勝利の女神っつー、クイーンがヨ?」
丈が台詞を終えると同時に、耳を劈く音が響いた。少年達の横にあるガラスが突如として割れたのだ。その窓枠に飛び乗って姿を現した金髪の彼女は、身軽に中へ降り立った。
「誰だ・・・・・・ッ!」
少年達が一人残らず狼狽する中、トランプコンビは笑ったままだ。
「だから、勘違いだっつってんヨ」
「俺らトランプはコンビじゃねー。エース&ジョーカー&クイーンのトリオよ」
「ハル、久しぶり。夏兄もー」
「琉妃香、お前相変わらずナッちゃん好きなんだナ」
「お前の兄貴じゃ夏も大変だな?」
二人が本当に笑う。彼女―五樹琉妃香は春一、丈と小学校時代からの親友であり、いつも行動を共にしてきた三人だ。高校に入り三人共道を分かったが、息はずれることがない。
「お前ら、勝利の女神とか調子こいて油断したな! あの女を人質に取れば・・・・・・」
少年の一人が琉妃香の登場を好機と見て、彼女を人質に取ろうと襲い掛かった。だが、二人は動こうともしない。
「あんま琉妃香に近付かねー方が良いゼ?」
「女神は怒るとケッコーコエーからよ?」
「あ・・・・・・?」
少年の雑な拳が空を切り、無造作に伸びきった腕を琉妃香が取る。そのまま捻り上げると、嫌な音がして少年の肩関節が外れた。少年はそのまま泡を吹いて倒れた。ただ外すだけでなく、痛みを感じさせるひどい外し方をした。
「うっ・・・・・・。まずは女をやれ!」
リーダー格の少年が叫ぶと同時に、彼らの頭上に長い棒が舞った。倉庫の資材をまとめておいてある所から一本を丈が投げたのだ。
「琉妃香、それでいいカ? それが一番長ぇーんだヨ」
「うん。ジョー、大丈夫」
その棒は木で、長さは琉妃香の身長ほどもある。ざっとみて百五十センチ以上だろうか。
「ジョーが忠告はしたぜ? あんま琉妃香に近付かねー方が良いってよ」
何のことかと少年達の注意が一瞬春一に向けられると、一番琉妃香に近かった仲間の頭が吹き飛んだ。
「・・・・・・ッ!」
「ソイツ、薙刀の名手だからサ」
「ハル、ジョー、後四人だよ? 早く片付よーぜ。夏兄のアップルパイ食べたい!」
「リクエストだぜ、夏。帰ったら作ってやれよ」
「わかりました。お好きなだけどうぞ」
「やったー! 夏兄大好き!」
「告られてんぞ、ナッちゃん」
のほほんとした雰囲気が漂い始めた中、少年達は目の前の少女もまた異様な存在であることを悟った。登場も強さも、春一と丈に何ら劣っていない。どころか息が合いすぎである。
「テメーラ! もう逃がさねー!」
そう言った少年の言葉に、三人の台詞が被る。
「元より逃げる気ねーよ」
不適に笑った三人の目の前で少年が一人ずつ倒れる。最後に残されたリーダー格の男は自分の台詞が彼方へ行ってしまったのか、逃げ場を失ってじりじりと後ずさりした。
そして春一の左ハイキックがこめかみを、丈の右ハイキックが首筋と顎を突くと同時に、琉妃香の突き出した一撃がのどを抉る。
リーダー格の男は無残に倒れた。
「一一〇番しなきゃな」
「その前にズラかんねーと俺らまで年少送りだゼ?」
「ねー、妖怪は? コイツら引き渡さなきゃいけないんだろー?」
「ああ、それは適当に枢要院のヤツラにさせるよ。琉妃香も呼び出して悪かったな」
「気にスンなよー。あたしらの仲じゃん? それに、夏兄にも会えたしねー」
「だな」
二人が車庫を出る前に呼んでおいた勝利の女神は、いつでもどこにでも勝利を呼んでくれる。
「ナッちゃん、俺腹減っちゃったヨ。久々にハルん家で食って良いか?」
「どうですか? ハル」
夏輝の問いかけに春一はにかっと笑って三人を見た。
「思い出話の続きと行こーぜ」
その笑顔が伝染し、全員の同意の下四季家へと向かうことにした。
5
「ちゃーっす! 久々ー、ハルん家!」
「お邪魔しまーす。夏兄アップルパイー!」
急に騒がしくなった我が家に、夏輝は明かりをつけた。夕飯は作るが、その前に話を聞いておきたい。
尋ねると、春一は適当に返事をするだけだったので、大方を琉妃香が話し、抜けている所を丈が補った。
話を聞いて、自分の知らぬ間にそんなことがあったのかと驚いた。そして目の前の二人が春一の友達ということにも驚いた。丈だけならわかるが、琉妃香のような美少女までが友達だなんて、正直信じ難い。
「しかし、ハルはやはり名の知れた不良でしたね」
ある食材で何とか作り出したご馳走にがっつく春一と丈を見ながら、夏輝が言った。自分の分がなくなる。
「不良じゃねー」
即座に反論が返ってきた。
「まぁ、昔はナ。俺らもケッコーヤンチャだったからヨ? いつもの間にか名前がついちゃったわけヨ。自分らでつけたわけじゃねーのにサ」
「本当は不本意だ。琉妃香はクイーンだって喜んでたけどな」
夏輝の横に張り付きながら、琉妃香はピースサインを作った。彼女が横にいるせいで夏輝の体の軸が斜めになっている。
「でも、何でエース&ジョーカー&クイーン?」
「俺は春一の『一』でエース。ジョーはそのままジョーカー。琉妃香は『妃』が王妃を表すからクイーン。みんなトランプにあやかって、しかも、結構強いカードだからそんな名前がついた。そもそも『トランプ』ってのは英語的に言えば『切り札』って意味だろ? 日本で言うトランプのことは英語じゃ『カード』だから」
「成る程」
筋が通っている。
「夏兄アップルパイはー?」
「今焼きます」
やっと逃れられると夏輝がそそくさと席を立つ。
「何で夏は『夏兄』なんだ?」
春一が気になって聞くと、琉妃香はジュースを飲んでがら言った。
「だって夏兄はおにーちゃんって感じなんだもん。頼れるじゃん? 体もおっきいしさー。ハルは馬鹿だなー」
「オメー・・・・・・」
溜息をついて笑う春一に、夏輝も少しおかしくなって笑ってしまった。
「わー! 夏兄笑ってもかわいー! ハル、ちょーだい」
「ダメ」
騒がしい夕飯を食べ、夏輝のアップルパイを殆ど琉妃香が平らげ、夜も更けた頃。丈と琉妃香はそれぞれ四季家の風呂に入り、春一の部屋着を借りて彼の部屋に入った。そこからまた騒がしい声が聞こえてくる。その談笑は今日中に終わるのか甚だ疑問だ。