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TRUMP  作者: 四季 華
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第2章


「ハル、今日はいつもの時間でよろしいですか?」

「何が?」

「電車です」

「・・・・・・今日学校あったっけ?」

 そこで初めて春一の食事をする手が止まる。春一が夏輝の顔を伺うように見ると、彼は溜息を吐いて頷いた。

「ああー・・・・・・。そういやそうだったかも。うん。いつもの時間。よろしく」

「わかりました」

 春一は電車通学で、最寄りの駅まで遠いことと、バスの本数も少ないことから、夏輝に送り迎えを頼んでいた。

彼は定時制の高校に通っていて、今日は土曜日なのだが学校がある。昨日が学校の創立記念日で休みだった代替だ。学校のことはあまり話さない春一。本人は生徒会役員だと言っていたから真面目なのだろうが、よくわからない。いや、生徒会役員でありながら学校の日を把握していないというのはどういうことなのだろう、と夏輝は思ったが、そもそも常識の通じない人間なので気にしないことにした。

「ごちそうさま」

 一足先に食べ終えた春一が席を立つ。彼はこの後身支度と学校の準備を整えるのだろう。夏輝は彼の皿を片付けながら、時計を確認した。


「行って来ます」

「行ってらっしゃい」

駅の駐車場で車を降りた春一は、ドアを閉めて改札口へと向かった。カードを取り出し、それを読み取り部分にタッチさせる。

 定刻通りにやってきた電車に乗り込み、今現在の七月という熱気から解放される。クーラーの冷たい風が気持ち良い。

 春一は学校がたかだか三つ先の駅であることに若干気落ちしながら、十分後に再び味わう熱気を想像してそれをかき消した。



「ねぇねぇ、知ってる?」

 眠気と闘いつつドア付近に立つ春一の耳に、甲高い声が聞こえてきた。向かいのドア付近に同じく立っている女子高生の会話だ。彼女達にしてみれば声を潜めているつもりなのだろうが、丸聞こえだ。

「この間ね、新町(あらたまち)の図書館にユーレイが出たらしいよ!」

「ええっ! マジで?」

「そうそう! 町立図書館の二階にある資料室に男の人のユーレイが出て、発見した人が見た途端霧みたいになって消えたって話!」

 彼女達はわざとらしい悲鳴を上げ、他の乗客達の視線を集めた。

(新町の町立図書館ねぇ・・・・・・学校のついでに調べてみるか)

 春一達の住む数珠市の隣にある新町に建つ西新(にっしん)高校。そして、その向かいに建つのは新町町立図書館で、西新生御用達だ。

 新町駅で降車し、西へ歩く。徒歩五分ほどで、目的地の高校だ。門の前で建っている先生は話し易くノリがいいので、生徒達から人気があった。

「おはようございます」

「春一君おはよう。そういえば会長が探していたみたいだよ」

「えっ、マジすか。わかりました。ありがとうございます」

 昇降口で靴をスリッパに履き替え、携帯を開く。メールが一件入っていた。

「自習室か」

 メールの文面には自習室で待っていると書いてあった。送り主は生徒会長だ。一限の始業まで時間はあるし、寄ってみよう。

「おはよー」

「おはよっす。珍しいな、夢亜むあが呼び出すなんて」

「だろ」

 自習室に入ると、生徒会長―夢亜が教室に一人で座っていた。彼はこの高校の三年生であり、情報屋でもある。春一達の所に仕事を持ち込むのは、大方彼の話を聞いた人である。

「で、古典の授業をサボる生徒会長が何の用だよ?」

「単位には障りねぇからいいんだよ。あのな、向かいの図書館で・・・・・・」

「幽霊が出たんだろ?」

「知ってんのか。つまんねぇ」

「今さっき周りに迷惑を掛けていることに一ミリたりとも気付いていない一番タチの悪い人間の代名詞、女子高生がそう言ってた」

「偏見だな」

「偏見だよ」

 春一は鞄を机に下ろして、椅子に座った。夢亜の方へ向き直ると、彼も数学のレポートを書く手を止め、顔つきを変えた。

「その幽霊だが・・・・・・正体は妖だ。解決はお前に任せると思うから、よろしく」

「わかった。動きがあったら逐一教えてくれ。すぐに対処する」

「ああ。よろしく頼むぜ、副会長」

 すると、夢亜の携帯が振動した。彼は急いでそれを取り、忙しなく指を動かした。パソコンにしろ携帯にしろ、相変わらず驚愕すべきタイピングスピードである。

 彼は最後に電源のボタンを押して、携帯を閉じた。

「悪いな。今別件で情報の取引しててな。チャット形式でやり取りしてるから相手のコメント入ったらすぐ返さねぇと沽券に関わる」

「大変だな、相変わらず」

「まぁ、慣れたけどな」

 夢亜は笑って消しかすを払った。



 春一は六限目に入っていた現代文の授業をやり過ごし、今日一日の課程を終えた。すぐに帰ろうか駅前のコンビニに寄って雑誌でも読んで帰ろうか考えを巡らせていると、教室に夢亜が入ってきた。

「よっ。この後用事ある?」

「ねぇけど・・・・・・何?」

「生徒会のことで話し合いたいことがある。図書準備室を借りてあるから、来てくれ」

「・・・・・・わかった」

 夢亜は図書準備室のタグがついている鍵を指で回し、先にそこへ向かった。春一は教科書や筆箱を仕舞ってから、図書準備室へと向かった。

 春一はわかっていた。夢亜が向かいの図書館で起きた幽霊騒ぎの情報を握っていることを。

 生徒会の用事で呼び出すのならばこんなに急であることはまずないし、第一場所は生徒会室になるはずだ。図書準備室を選ぶということは、他の人間には見られたくない、そして聞かれたくない話だということだ。

 図書準備室というのは、この学校の図書室の隣にある部屋で、過去に図書室に置いてあった本を処分するまでの間、置いておく場所だ。要するに、本の物置である。そこならば四方が分厚い本の壁で覆われているので、声が漏れる心配もないし、今の時間図書室を利用する生徒も、図書室がある別棟まで足を運ぶ生徒も殆どいない。隠れ話をするにはうってつけだ。


 コンコン


 春一は図書準備室のドアを二回ノックして、返事を待った。

「合言葉は?」

「意味わかんねぇもん勝手に作るな」

「つれねぇの」

 溜息と共にドアが開かれる。中から夢亜が顔を見せ、春一を招き入れる前にさっさとテーブルについてしまった。

 中には木でできた簡素なテーブルと椅子が何個かあるだけで、何年も手入れされていない本が所狭しと並んで積み上げられていた。

「で、情報は?」

「なんだ、わかってたのか」

「わかってないと思ったのか」

「まさか。言ってみただけさ。で、情報だな。まぁ、これはこの間奢ってもらったラーメンの借りを返すってことで報酬はいらないよ」

「それはありがたいな。んで?」

「幸いなことに、その妖怪は遊びでやってるだけの愉快犯だ。霧のように消えるってのは、そいつの幻覚を見せる能力だな。男ってのも違って、本当は子供みたいな背丈のやつだよ。全部その子供妖怪がやった悪戯だ。悪趣味じゃなきゃ悪戯とは言えないから、まぁ及第点だな」

 よくわからない点数を付けて、夢亜は右手でペンを回した。

「じゃあ、今回は説得か」

「ああ。直接被害にあった奴がいるわけじゃないけど、図書館の客足が遠退いたり噂に尾鰭がついてとんでもない話になるのも困るから、適当に話しつけておとなしくさせてやってくれ」

「了解」

 妖怪、と聞くだけで、人は異形の化け物、人を食らったり、と思うかもしれない。しかしそれは間違い。妖怪達はどこにでもいて、人間達と共存している。何らかの理由から人間達にちょっかいを出すことも珍しくないが、それは全てが有害でなく、今回のように悪戯心から、ということもしばしばだ。飽く迄、思考や感受性は人間達と変わりないのである。

「で、そいつはいつならいるんだ?」

「この時間ならいるはずだ。学校帰りに資料室を利用する西新生を狙ってるはずだからな。さっさと片付けたいなら今すぐ行くことをオススメする」

「わかった。行ってくる」

 春一は早速鞄を持ち、図書準備室の扉に手を掛けた。ドアを引く前に夢亜を振り返り、

「ドーナツ屋の借りはまだ返してもらってないからな」

 とだけ言って部屋から出て行った。図書準備室には財布の中身を確認する夢亜だけが取り残された。



 春一は学校を出て横断歩道を渡り、図書館に入った。冷房の効いている館内はとても涼しくて気持ち良い。このまま椅子に座ってゆっくりと涼みたい気持ちは溢れんばかりにあるが、そうしている暇もない。春一は二階への階段を上った。

 二階には、手前右に閲覧室、その向かいに飲食コーナー、そして奥に参考・郷土資料室があった。早速問題の資料室へと立ち入る。中は薄暗く、曇りガラスの窓から赤い夕日が幻想的な色を差し込んでいる。

 春一は資料を読むフリをして、気配を探った。自分の後ろ、部屋の隅になにやら動く気配がある。件の妖怪だ。

 後ろから脅かすつもりなのかは知らないが、妖怪はそろそろと春一の後ろに近付いてくる。手の届く所まで近付いた瞬間、春一は半身を翻して妖怪の腕を掴んだ。

「わっ!」

 最初は大人の男の姿だったが、驚きで変化が解けたのか、原型と思われる小さな子供の姿に変わった。妖精のような格好をして、栗色の髪の毛は夕日に照らされて色を強くしていた。目はくりくりとして大きく、外見年齢凡そ六、七歳だ。

「反射神経には定評があってね。さぁ、とりあえずおとなしくしろ」

 笑みを浮かべ、春一から逃れようと彼の手を叩く妖怪のもう一方の手を掴んで万歳のポーズを取らせた。

「離せっ!」

「やーだ」

 意地悪く舌を出す春一に、妖怪は怒って足を踏み切り、彼の顔面めがけて蹴りを放った。

 しかし春一は浮いた足と足の間へ頭を滑り込ませ、そこから上体を伸ばすことで妖怪を肩車した。

「わぁ・・・・・・」

「高いか?」

「うん! 高い!」

 子供らしく高い所が好きらしい。春一は上を向いて子供妖怪の表情を伺った。あまりにも楽しそうなのでこのまま落とすことはやめる。

 子供らしい笑い声を上げながら、子供妖怪は春一に対する敵意などすっかりなくしてしまったようだった。

「さて、話を聞かせてもらおうか?」

 一通り楽しませた所で、春一は子供妖怪を肩から下ろした。子供妖怪は自分が目の前の少年に敵意を持っていたことを思い出したが、頬を膨らませるだけに留まった。

「俺はハル。妖万屋だ。お前の名前は?」

「・・・・・・スラック」

「格好良い名前だな。よし、スラック、本題だ。何であんな悪戯をしたんだ?」

 春一はしゃがんでスラックと目線を合わせ、バツが悪そうに斜め下へ視線を逸らすスラックを真っ直ぐ見た。

「俺はハナから怒るつもりで聞いてるわけじゃない。お前の意見を聞いて納得できるものなら怒らないし、解決策を一緒に探すこともできる。だから、とりあえず話してくれ」

「・・・・・・本当に怒んない?」

 上目遣いで尋ねるスラックに、春一は頷いた。

「理由によってはな。どうなんだ?」

「・・・・・・あのね、人間がおれたちの住処を奪っちゃったから、遊ぶ所がなくなったんだ。おれたちの種族は森に棲む。けど、人間が木を切っちゃって、住む場所がなくなったんだ。この裏にある山に今は何とか棲んでるけど、遊ぶ場所まではないよ。だから、子供も大人も来るこの場所で悪戯してたんだ」

「そういうことか。成る程、よくわかった」

 春一はうんうんと頷いて、スラックの頭に手を載せて撫ぜた。そして一回ぽんと叩いた。

「遊ぶ場所がなかったんだな。まぁ、こんくらいの子供なんて遊ぶのが仕事だから仕方ねぇ。仕方ねぇが・・・・・・・悪戯はダメだろ」

 口調を少し厳しくして注意すると、スラックはしゅんと項垂れて、再び頬を膨らませた。

「怒らないって言ったクセに」

「怒ってんじゃねぇ。注意だ注意」

「一緒じゃん!」

「違うっつーの。帰ったら母ちゃんに聞いてみろ」

「ううー」

 言い返せずに唸るしかないスラックの頭をもう一度軽く叩いて、春一は立ち上がった。

「スラック。悪戯以外にも楽しいことたくさんあるんだぜ」

「本当?」

 俯いていたスラックが弾かれたように頭を上げる。目には光が満ちている。

「ああ。お前の変化能力があるなら、普通の子供とか大人に化けてこの図書館の本を読み漁ったって良いし、隣にある公園で遊んでもいい。公園で遊べるもんなんていくらでもあるぜ? 野球にサッカー、鬼ごっこにかくれんぼ。遊具で遊んでも良いし、かけっこしたって良い。・・・・・・最近の幼稚園・小学生がどんな遊びしてるかは知らないが、俺の時代はそんな感じだ」

「でも、一人で遊ぶなんてつまんないよ。おれ友達いないもん」

「あのなぁ、友達ってのは作るもんじゃなくてできるもんなんだよ」

「どういうこと?」

「友達ってのは、自然にできるもんなんだ。『友達になりましょう』ってなるもんじゃなく、自然と『こいつは俺の友達』って言えるようになるんだ。だから、友達になった日なんて誰も知らない。気付いたら友達なんだ」

「そうなるにはどうすればいいの?」

「とりあえず話しかけてみろ。一緒に遊ぼうってな。そうすりゃ友達なんてすぐできる」

「うん。わかった! おれ、悪戯はもうやめて友達作る!」

「そうしろ。その方がよっぽど楽しい」

 スラックはぱあっと笑って資料室を走って出て行った。春一はその小さな背中に「館内では静かにー」と言いながら見送った。


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