日曜日と少女と閻魔再び
「世界の存在を許容しない」
ある晴れた日の日曜日の午後。少年は自堕落にもテレビを聞きながら浅めの寝息を立てていた。
そこへ、軽快なチャイムが響く。それはよくあることだった。
「もしもーし。起きてるでしょ? 居留守使っても無駄だからね。ちょっと、聞いてるのヒナタ?」
インターホンという文明の利器は、一人の少女の姿と声をしっかりと届けていた。
しかし、寝ぼけた頭を上げる事無く、テレビを消し、ベッドに潜り込むヒナタと呼ばれた少年。
「ははーん、わかったわ。そっちがその気なら奥の手よ」
意味ありげな笑みを浮かべながら、少女は何やらごそごそと肩に掛けたバッグの中を探り始めた。
未だじっと息を潜めるヒナタ。
「これを見よ! じゃじゃーん!」
全く見ていないヒナタ。状況は音声だけで掴んでいる。
「ふっふっふ。これはねえ、何を隠そう、ヒナタのウチの合鍵なのだ!」
布団から跳ね起き、インターホンに向かって叫ぶ。
「何でお前が持ってるんだよ!」
その鍵を差し込みながら、少女は画面越しのヒナタにしてやったりとニヤつく。
「お母様に頂いたのよ。私がいないと何かと心配だから面倒を見てやって下さいねってね」
「あの外面聖母め、余計な真似を! 嫌がらせか? 新手の嫌がらせなのか?」
がちゃ。
「あっ、侵入――もとい乱入成功!」
「言い直した意味を問いたい!」
それからヒナタがいじられたり、ヒナタが笑われたり、ヒナタがからかわれたりして、一緒に夜を共にした。
そんな日曜日の午後。
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過去が未来へと陥入し、現在が産まれる。しかし存在を許容されるのは唯一つ。誰もがそれを蔑ろにし認めようとしない。
グラフスツ・ルテルニカ著『飛ぶキリンは蝶に劣るか』より一部抜粋
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僕は自堕落に布団に寝そべる。すごく、すごく久しぶり。そんな風な気がする。
「今日は日曜日か」
一人呟く。そうだ、今日は日曜日。久しぶりの日曜日。
「たっだいまー」
閉塞を蹴破り少女が玄関から入ってくる。
「おかえり。どこいってたの?」
「ひ・み・つ。女はアクエリアスな方が魅力的なのよ?」
水々しい美人もいたもんだ。
「ミステリアスな」
「そうともいう」
そうとしか言わない。
ちんぷんかんぷんな彼女は徐に下げている袋から何かを取り出し、僕に差し出した。
「おみやげ」
「ありがとう。何これ?」
見覚えのある包装紙だ。なんだったっけ。
「シュークリーム」
「え! 地獄堂の?」
彼女はこくりと頷く。そういえばこのくすんだ緑色は地獄堂のものだ。しかし、信じられない。あんなことがあったのに。
「食べよう?」
「う、うん。でも、大丈夫?」
食べられるのか、またアタリの可能性だってあるんだぞ? とそんな意味で訊いた。
「平気。夜ごはんもちゃんと食べる」
そうじゃなくて――まあいいか。
「いただきます」と二人揃って言う。
むしゃむしゃと美味そうにシュークリームを頬張る彼女の顔は幸せが満ちていた。僕もと頬張り、舌鼓を打つ。美味い。
「座布団十枚!」
「まったくまったく」
今回は二人ともハズレだったようで。良かった。
そうして彼女は笑った。
僕も笑った。
僕は――ちゃんと笑えているのだろうか。
「世界を痛くとも甘受する」