閻魔と少女とトラウマ
「世界が滅びればこんな素晴らしいことはないのにね」
「リンゴってそんなに言うほど美味いかなぁ」
少女がしゃくしゃくと美味そうに音を立ててリンゴを食べる。丸齧りスタイルである。
「だろ?やっぱり梨が一番だって。僕はそう思うなぁ」
少年は梨好きである。リンゴは好きではない。寧ろ嫌い。少女はじゃ今度梨買ってきてと少年に頼む。うんわかったよ、良い子にしてたらなと少年は返す。
「私良い子にしてるよ。世界がたとえ終わるとしても」
「大袈裟だなぁ。結局君は……」
少年は言い淀む。少女は残ったリンゴを一口齧って捨てた。嗚呼勿体無い。
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人の命は何かを為すにはあまりに儚い。だが存外にしぶとい。私?私は死なないよ、いや死ねないというべきか。あわよくば見せてくれたまえ。君の輝きを。
『ベルルナク・シュトレヒトマイスターの願望と虚言』より
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「ヒナタ、ヒナタ」
「何? どうかしたの?」
僕は眺めていた参考書を置き、突然話しかけてきた少女に目をやる。透き通るような肌と恐ろしく整った相貌は、いつ見ても迫力があった。が、その往々にして仕草や言動が台無しにしていた。彼女は逆立ちをしていた。
「見て、凄い?」
「あー、凄い凄い」
逆さの顔が少し赤らむ。逆立ちのせいなのかそれとも怒っているのか。どちらにしろまぁその、台無しである。この姿にぐっときてグッドな奴もいるのだろうが、僕は幸か不幸かその類の人間ではない。
「心がこもってなーいー!」
彼女は逆立ちからのブリッジを華麗に決め、その綺麗な足を僕の頭上に、って痛い……。
「今日のおやつは無しってことで」
「ごめんなさい」
僕の台詞を少し食い気味に少女はブリッジから半回転しつつの土下座を決めた。僕は素直に凄いと思った。少女はこちらに涙目を向ける。
「よろしい」
「よっしゃあ!」
これまた僕の台詞を少し食い気味に少女は土下座からのガッツポーズを決める。僕は素直に凄いと思うと同時に、本当に反省しているのだろうかと疑った。がまぁ別に子供のやることだ、いちいち気にしては負けだと思うので気にしない事にした。
「ヒナタ~、今日のおやつは?」
「地獄堂のシュークリーム」
名前はアレだがここらでは知る人ぞ知る良店である。店の看板メニューであるシュークリーム、正式名称『閻魔の脳髄』は、やはり名前はアレだが売り切れ御免の絶品だ。
「シュークリーム?それって美味しいの?」
「ここのシュークリームはマジ美味い。それは保証するが、」
少女は笑みを讃えて冷蔵庫を漁りそれを見つける。で一つ頬張る。キラキラと目を輝かせてこちらを向く。
「座布団十枚!」
彼女なりの美味いという表現なのだろう。しかし人の話はきちんと聞いて欲しい。
「そのシュークリーム、当たりがあるらしくて、あっ!それ僕の」
聞かず、僕の分まで頬張る彼女。しかし、先程とは打って変わって顔色が青くなる。あぁこれは当たったか。運が良いのか悪いのか。全く、僕は結局美味いシュークリームは食べられない運命にあったらしい。少女は本日二回目の涙目で説明を求めるかのように無言で僕を見る。
「地獄堂のそのシュークリームには偶に当たりがあるらしくて、その当たりは、当たりは当たりでも罰当たり。本当にその商品名通り、『閻魔の脳髄』の味が再現される事があるんだと。……まぁその都市伝説的なものだから僕も信用してなかったけど、まさかあったとは……なんか、ゴメン。でも、人の分まで食べちゃうのが悪い、」
聞かず、トイレに駆け込む少女。トイレからはそれから数十分の間女の子らしくない声が漏れ聞こえてきた。その後彼女はシュークリームを嫌いになりましたとさ。めでたしめでたし。ってめでたくないか。
「世界が永久に続きますように」