リンゴと少女と悪戯
「世界なんてなくなれ!」
「なぁなぁリンゴって美味しいのか?」
少女が訊ねる。しかし返事はない。返事がないことに少し腹を立てながら少女は再度聞く。
「なぁなぁリンゴって美味しいのか?なぁなぁ」
「うるさい寝ろ!今何時だと思ってるんだ!」
時刻は真夜中。もう夜よりも朝が近い真夜中の四時である。少年が怒るのも無理はない。明日は中間テストを控えているのだ。
「はい……。ごめんなさい。……おやすみなさい」
少女は黙って寝た。
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人生はばねのようなものだ。先端の死を引き伸ばせばある程度は長生きできる。その反作用は言うまでもないがね。おやおやもっと跳ねたいのかい? ん?
『エリスクリトル・ディスクレジュニンガーの欺瞞』より
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僕こと朝霧日向はひょんなことから僕以外には見えない女の子と住む事になったのであるが、そんな与太話誰が信じるというのだろう。最も信じたくないのは僕かもしれない。なぜかは思春期を迎えた事のある男性諸氏なら重々承知であろうと思う。隠し事というのは隠してなんぼ、思春期のバイブルも然り。その他も然り。
「ねぇ、ヒナタ。リンゴってさ美味しい?」
「持ってるなら食べてみればいいじゃないか。まぁ僕は梨の方が好きだな」
「甘い?酸っぱい?甘酸っぱい?ん~~よくわかんない」
「それはリンゴじゃなくてトマトですね、はい」
しゃくしゃくと美味そうな音を立ててトマトを頬張る少女。可愛い。が、誓って言うけれど、僕に小さい子を生温かい目で愛でる趣味は無い。全く。まぁ実際彼女の方が遥かに年上なんだけれど。
「じゃ行って来るわ。お前はおとなしくしてるんだぞ?」
「行ってらっしゃいヒナタ。不埒な寄り道するんじゃないぞ?」
「どんな寄り道だよ。行ってきまーす」
人をからかうのが好きで無邪気。よく言えば子供のように純粋無垢。悪く言えば、馬鹿?
「今失礼な事考えたでしょ。ふふん私には何でもお見通しなんだから。それならこっちにだって考えがあるんだから」
とか何とか言うのが聞こえたが、毎度の事なので気にしない。どうせ大した考えじゃない。子供の悪戯だと高を括っていた。
その日、冷蔵庫から調味料が無くなり、家で腹を抱え悶え苦しんでいる少女がいた。子供の悪戯恐るべし……。そっと横にリンゴを置いてやった。
「世界に平和あれ」