鬼と少女と天使
世界よ、廻って廻って塵になれ
「全く、だから嫌いだね、人間ってのは。やっぱりただの土くれだよ、つちくれ」
彼或いは彼女は驚くほど端正な、造られた美が、調和の笑みを崩し、歪み嘲る。
「無責任で傲慢で、身勝手で我儘で、醜悪で邪悪で、あー、もうとにかく最悪」
天を仰ぎ、地を嘲り、彼の者は淡々と見張りを続ける。それが与えられた仕事であり、使命であり、運命であった。
彼の者の仕事は、運命から見放された者の救済。言うなれば予定調和の守護を司っていた。
だが、そんな事態は稀であり、悠久は退屈そのものであった。
その上、見張りというものの性質上、彼の者は見たくもないものを延々と、永遠と、繰り返し繰り返し見なければならなかった。彼の者の強靭な精神力をもってしても、それはさながら無間地獄だった。
「恐喝、強盗、詐欺、暴行、殺人、戦争。暴食、色欲、強欲、怠惰、憤怒、傲慢。もう見飽きたよ。ほとほとうんざりだ。もし僕が裁定員だったら審判はお仕舞い、土くれ遊びに異議をあげるところだ」
彼の者が見たのは人間の負の面だけではないが、そんな事は問題ではなかった。
戒律を刻んだ三対の白翼を翻し、彼の者は、天使は舞った。
「次はあの運命を見届けようか」
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狂喜せよ、狂喜せよ、真に永久なる者たち。もはや罪と悪魔の申し子たちは我らの主ではない。真に永久なる我らは、手遊びの慰みに離別を告げる。運命などという戯言から解放される。
ハノックの偽書・第二章・第二節・「反乱」より
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「こんにちは」
少女は言った。店先だというのに誰もその声に耳を傾けない。誰もその姿を気に留めない。店は開いている。店主もいる。
『からもの』というその店は、別段唐物を扱っているわけではなく、辛いものを商売道具にしている。世界各地の唐辛子やそれを用いた菓子が店頭に所狭しと陳列されている。
「これ買うよ。お金置いとくね」
そう言って少女は『おにからせんべい』という可愛らしい平仮名表記の名の菓子を手に取る。可愛らしいパッケージではあるが、名の通りまさに鬼辛いことを忘れてはいけない。
少女はそのまま誰にも接触することなく、『おにからせんべい』一袋を片手に店を出た。
「辛いっ! でも美味いっ!」
「でしょー? やっぱり私の見立ては正しかったよ」
煎餅を頬張り、僕は牛乳を飲んだ。なんでも、水なんかは辛いものには逆効果らしい。それに『おにからせんべい』の品質表記の注意欄に、胃に刺激が強いのでおなかがゆるくなることがあります、と書いてある。牛乳は胃壁を保護する作用もあるので、一石二鳥だ。
「うーん、病み付きになる辛さ。座布団十枚だねっ!」
「だな。あっ、それって」
「うーん?ほーひたほ(どーしたの)」
整った愛嬌のある顔に煎餅の赤い粉を散らして、一際真っ赤な煎餅を咥えた彼女が問い返す。鮮やかな色は自然界では警戒色と呼ばれ、要するに危険の度合いを示す目安となる。また、染料などと小賢しい真似が出来るか、という『からもの』店主の性格から、商品は全て素材そのままを活かして作られている。これらのことから推察すると、つまり一際真っ赤な煎餅は……。
「っぁぁぁぁ!!!!!!!」
一際辛い。はい、牛乳だね。
「落ち着いた?」
「うん。超辛かったけど、辛さが頂点までいったら何かこう、別次元の美味さになった瞬間があった」
「まじ?」
「うん、まじ。鬼辛で鬼美味」
オニウマかぁ。ちょっとだけ食べたかったなぁ、なんて思ってしまう自分がいる。あれっ、僕ってそんな食に執着してたっけ。
っというまにおやつの時間からお昼寝の時間に。彼女はいつのまにやらぐっすり。
「おやすみ」
「もももー。おにうまー」
寝言をむにゃむにゃと呟く。
あいつも、食べれば良かったのにな。
止まったままの時間へ。
世界……時よ止まれ