大きい鶏を飼うことになりまして。
「でぶ……、というよりも馬鹿デカすぎね…」
家で飼っていたはずの鶏が、一軒家よりも大きくなっていて、私はひとまず見上げることしかできなかった。
田舎暮らしの男爵家には、お金がなかった。
ついでに、食料もたいしてない。
領地は畑が育ちにくく、馬や牛などの家畜を育てて生計を立てている。
そのうちの一つが、鶏だった。
鶏は最高だ。
卵は産むし、肉も食べられる。
領民だけはなく、我が家でももちろん飼っている。
自分たちで育てて、自分たちで食べる、まさに自給自足だった。
そんなある日、行き倒れていた魔女さまを介抱したら、お礼に魔法をひとつかけてくれるとおっしゃった。
だから、遠慮もなしにお願いした。
「たらふく食べられる鶏がほしいです!」
魔女さまはニヤリと笑って、魔法をかけて、我が家を出て行った。
「明日の朝を楽しみにしていてくれ」と、伝言を残して。
翌朝、唯一雇っている執事長の悲鳴で起きると、庭に鶏がいた。
小さくてボロっちい我が家の屋敷よりもでっかくなっていた鶏が、そこにはいた。
たった1匹だけ大きくなっていたのは、不幸中の幸いかもしれない。
「…肉の質が悪くて、不味かったりして」
「心配するところはそこではありません、ノーゼお嬢様っ…!」
「卵も大きいのかしら」
「そんな恐ろしい卵、孵化する前にどうにかしなくては…!」
「はあ〜、領民たちを呼んで卵パーティーにでもしようかしら。面倒くさいわねえ」
見上げているうちに首が痛くなった。
いくらなんでも大きすぎる。
これだけ大きな鶏の解体などしたことがない。
骨が折れそうな作業になりそうだ。
その時、デカ鶏が地面に座っていたところから、のそっと立ち上がった。
そのまま、一歩踏み出すと、地響きが起きた。
どっすん!
あ、これ、ご近所騒音問題になるわ。
ついでに、ボロい家も揺れた気がする。
まずい、あの図体に家をアタックされたら、潰れてしまう…!
「ちょっと、あんた!そこを動かないでちょうだい!」
「お嬢様ぁ〜〜…!」
「あああっ、動くなって!せめて、家の方には行かないで!」
「お嬢様あ…」
なんとかデカ鶏を誘導して、道路の方に来させた。
とりあえず、家の破壊は回避か。
一安心したのも束の間、デカ鶏はブルブルと震え出して。
すぽーん、とでっかい卵が出てきたのと同時に、ドドーン!と地面に転がる大きな音が響いた。
えええ…。
あーあ、近所のじいちゃんばあちゃんから苦情きそう〜…。
卵は地面でゆらゆらしながらも、そこに留まった。
これまた、見上げるほど大きい卵だった。
「やっぱり、卵パーティーね。悪いんだけど、領民に声かけてきてくれる?」
「は、はいっ!ノーゼお嬢様はどうなさるのですか?」
「これの調理を試みる」
ピカピカの卵を指差すと、怒鳴り声が聞こえてきた。
「ノーゼ!おまえさん、また何かやらかしたのかいっ!?」
早いお出ましだ、ばあちゃん…。
もう来ちゃったよ。
「やーね、私のせいじゃないわよ」
「なんだい、この化け物はっ!?」
我が家の一番近いところに住んでいる領民のばあちゃんが、驚いて腰を抜かした。
真っ青な顔で、ガタガタと震えている。
「あら、立てる?」
「なっ、なっ、何したんだい、ノーゼ…!」
「私じゃなくて、魔女さまが…、あーいや、私なのか…?」
「おまえさんは、ほっんとにずっとお転婆なんだから!」
「えええっ、これに関してはお転婆とかじゃないでしょ?」
「ど、どどどうしよう、食べられたりしたらっ…」
「え?私らが食べるの間違いじゃない?」
ばあちゃんに手を差し出すと、訝しげに私を見てきた。
「おまえさんこそ怪物じゃないか…」
「なんでよ!」
「こんなもの食べようとするなんて、信じられんっ…」
「領民の何日分の食糧になると思ってるの?食べる一択でしょうよ」
ばあちゃんの手を引いて起き上がらせて、その背中を叩いた。
「さっ、あの卵を調理するから手伝って」
「…本気で言っているのかい?」
「当たり前でしょ?ばあちゃん、料理上手なんだから、力貸してよ」
「あんな卵、料理したことねえよ…」
「それは、私もだって。とりあえず、オムレツでも作る?」
「…卵スープとたまごサンドも作るか」
「いいねえ!パン屋のおっちゃんのところにも行ってこよう」
「はあ、頼もしい領主さまだことで」
「まだ継いでないって」
ばあちゃんと軽口を叩き合いながら、ついでに近所の奥様たちにも調理に加わってもらうことにしたのだった。
「ノーゼちゃんよぉ、本当に割っていいのかい?」
「うん、頼むよ!」
結局、デカ卵は調理担当の女手では割れなくて、領民大集合となった。
男たちが足場を組んで、さっさと卵の上にのぼっていく。
見たことない光景に、領地の子どもたちも大はしゃぎだ。
「俺ものぼりたかった!」
「こどもは危ないからダメよ」
「父ちゃんずるい〜!」
「怪我だけないようにねー!」
のけぞるように上を見ながら、私は地面から大きい声を出す。
「行くぞー!」
卵のてっぺんに乗っている男たちの掛け声とともに、ハンマーを殻に叩きつけた。
ガツン!とした音で、割れたのがわかった。
「どーう!?」
口元に手を当てて、大声で呼びかける。
「穴が空きましたぜい!これなら、ここから掬えばいけそうですぞう〜!」
「じゃあ、バケツリレーにしよっかー!?」
「ああ、それがいいと思う!」
「よし、ガキンチョども〜、仕事だ〜!」
「ええ〜!」
のぼりたがっていた子どもたちから、一斉に非難の声が返ってくる。
まったく、我が領内は、働かざる者食うべからずだっての。
「これ手伝ってくれたら、たらふく卵料理が食べられるよ〜」
「たらふくって、どれくらい?」
「ものすごくお腹いっぱいになるまで!」
「まじで!?やるやるっ!」
「本当にお腹いっぱいになれる?」
「なれるなれる、だから手伝っておくれ」
「わかったー!」
あっという間に目をキラキラさせて、やる気に溢れていく。
うちの領地だと、お腹が空いている日はあっても、お腹いっぱいな日は多くないからね。
今日くらいは、うんと食べてもらわなきゃ。
こちらもやる気が出るというものだ。
「よっしゃあ、やるよ〜!」
私も、子どもたちの列に混ざった。
他にも、ほとんどの男たちが手伝ってくれたので、卵は円滑に地上へと届いた。
「真っ黄色だ〜!」
子どもたちがキャッキャしながら、黄身の入ったバケツを運んでいく。
それを、うちの庭に出したテーブルやら調理器具やらを使って、若い娘からばあちゃんたちまでが届いたそばから調理していってくれる。
おかげでいい匂いが漂っている。
空になるまで運んだ卵の中身は、どんどん料理へと変化していく。
こりゃ、圧巻だ。
どこを見ても、黄色い卵料理で溢れている。
「ありがと、こっちも手伝うね」
「じゃあ、こっちの鍋をお願いしてもいいかな、ノーゼちゃん」
「はーい」
手際のいい奥様方のアシストにまわる。
「ほいよ、子どもたち。あったかいうちにお食べ」
私が声をかけると、いっぱい卵料理が並んでいるテーブルまで駆け寄ってきた。
「食べていいの!?」
「いいよー、お手伝いご苦労様」
「俺、オムレツがいい!」
「わたしも食べたい!」
「僕は、こっち!」
「ちゃんと『いただきます』するんだよ〜!?」
「「「いただきますっ!」」」
幾重もの子どもたちの声が重なって、卵パーティーは始まったのだった。
「私たちも食べながら作ろっか」
「そうね、男たちにみんな食べられちゃうわ」
「あははっ、こんだけあったら食べ尽くすほうが難しいでしょ」
わたしはケタケタ笑いながら、自分もたまごサンドを一口食べた。
パン屋のおっちゃんのパンで挟んであるから、美味しい〜!
もう片方の手では鍋をかき混ぜていると、執事長が帰ってきたのが見えた。
「あら、おかえり」
「ノーゼお嬢様、少々マナーは悪いですぞ」
「ほら、あなたも食べなさいな」
「…いただきます。美味しゅうございますね」
「ねーっ」
周りを見渡すと、いつも苦労をかけている領民たちの笑顔が広がっていた。
頬張って、口の中をパンパンにしている子ども。
肉も食いてえなと言いながら、楽しそうに食べているおっちゃんたち。
今日の食費が浮いて助かるわ〜と笑っている奥様方。
「こういう光景が見たかったわよね」
「お嬢様…」
「魔女さまに感謝ね」
「左様でございますな」
私が笑うと、執事長も泣きそうな顔で笑った。
「ノーゼお姉ちゃん、腹いっぱい食べられたよ!ありがとう!」
「俺はもうしばらく卵いらな〜い」
「おいしかった!」
「ご飯いっぱいって、うれしいね!」
子どもたちにそう言われたものだから、私もうっかり泣くところだったのは、内緒の話。
その晩、デカ鶏のお腹を撫でて、今日のことを思い返していた。
「あんたのおかげで、久しぶりに領民に還元できたわ。ありがとうね」
デカ鶏にそう言うと、なぜか立ち上がって私の上へとやってきた。
「えっ、なになに、うわっ!」
どすんと乗られたと思ったら、もすんっと羽に包まれた。
まるで卵を温めるように、デカ鶏は私を優しく扱ってくる。
「あったか〜い、これは冬によさそうねえ」
デカ鶏は私のことを離すことなく、ずっと私を温めた。
少しだけ気持ちが救われるような心地だった。
デカ鶏も、悪くないかもね。
卵パーティーを無事に終え、デカ鶏を庭に放置し出してから、数週間後。
すごい形相の執事長が、廊下の向こうから走ってきた。
「お嬢様あああああ!!!」
「なに、朝から元気ね」
「これっ、これを…!」
「手紙?えっ!?なんで王都から…?」
渡された手紙は、中央都市から来たものだった。
しかも、蝋封が緊急性を表す特別のものだ。
人生ではじめてお目にかかる。
身に覚えがなさすぎて、怖い。
…何かしたっけ。
こんな末席も末席の家、少しの息で吹き飛びますが?
忘れられてもおかしくない我が家に、中央からの手紙なんて、私が継ぐ前に終わったか…???
おそるおそる手紙を開けると、中身はいたってシンプルだった。
『巨大生物の報告あり。魔獣の可能性あり。至急、討伐隊を派遣いたします。』
あ、違う意味で終わった…。
王都の討伐隊が来ちゃうですって!?
なんて言い訳したらいいのよっ!
ていうか、もしかしなくとも、我が家で討伐隊の皆さんをもてなさなきゃいけないんじゃない?
は…、大量出費…。
頭から爪先まで、血の気が引くようだった。
討伐隊って、何人いらっしゃるのかしら。
王都からわざわざ来るエリート集団が、こんな片田舎に…。
たいしたおもてなしができるわけもない。
とうとう、爵位返上かしらね…。
廊下から外を見ると、デカ鶏が「コケコッコー!!!」と窓が揺れるほどの鳴き声をあげていた。
あー、最悪、あの鶏をご馳走に振る舞おう。
背に腹は代えられん。
私は、それはそれは深いため息を吐くのだった。
了
お読みくださりありがとうございました!!
毎日投稿200日目。(おお〜。)




