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後編【うちの皿洗いさん、エプロン姿で国を救いました】

今日はいつもより王城内がザワザワとして、全員が慌ただしく動き回っていた。

そのためかお昼の時間になっても食堂はガランとしている。


「食べるやつが来なきゃ片付かねぇぞ。今日はどうなってるんだ?」


「何かトラブルがあったんでしょうか?あ、キリアン」

皿洗いをしながらふと窓の外を見たら、待ち人が見たこともないような勢いで走ってこちらにやってくる姿が見えた。


普段から落ち着いているキリアンが走る姿は今まで見たことが無かった。

だから、自分のところに来るのではなく、何かのトラブルでこの先の騎士団に用事でもあるのかなと思った。


「はぁ、はぁ・・・リリ!きてっ!」

まさか自分を呼びにくるなんてと驚いて見ていると腕を引っ張られてそのまま連れていかれそうになる。

「ちょっとキリアン引っ張らないで、お皿が割れちゃう!」

「皿はいいから、エプロンもそのままで来い!国が滅びる!おじさん!リリ借りるよ」

「おぅ。何かあったんだな?でもリリちゃんにその勢いで走らせるつもりなら俺が抱っこして走ってやろうか?」

「はぁ、助かるおじさん。戻るまでに俺がどうにかなりそうだ。はぁ・・・はぁ・・」

「よっしゃ、リリちゃんちょっとごめんよ!」

「え?ええ~~~~」


ひょいっとお姫様抱っこされたリリアーヌを確認すると、キリアンはまた来た道を走り始めた。


「リリ、不甲斐ない恋人で・・・ごめん。はぁ・・・でも、ここは意地を張ってる場合じゃ・・・・ない・・・からおじさん・・・頼んだよ。・・・・絶対・・・変なことしないでくださいよ」

「するか!ほらおしゃべりしてないで走れ!」


「状況を説明・・・したい・・・・けど・・・・今無理・・・はぁ」

ついにキリアンの足が止まってしまう。

「あぁもぉ、キリアンも誰かに抱えさせりゃ良かったな。どこに行くんだ?」

「王・・・城・・・・の・・・地下・・・はぁ心臓いてぇ」

「しょうがねぇなぁ~ リリちゃんちょっと体勢変えるぞ。」

そういうとリリアーヌを片腕に抱え、空いた片腕でキリアンを担ぎあげる。

「うわっ」

「走るぞ。つかまってろ」


そういっておじさんは大人2人を抱えて走り出す。

うわ、キリアンが小麦粉袋みたいになってる・・・

キリアンはおじさんに足だけ押さえられて肩に乗っている。きっと走る衝撃がおじさんの肩からお腹にガンガン入って痛そうだ。


「キリアン、入口が見えたぞ。そのまま入っていいのか?」

「いや、おじさん下ろして。多分俺が見えてないと入れない」


おじさんが小麦粉袋を下ろすように、ドサッと落とされるキリアン。

「いってぇ・・もぉリリは落とさないでくださいよ。こっちです」


痛そうな体勢だったからか息はまだ荒かったが、キリアンがまた走り始める。

そして、王城の警備員をどんどん無視して奥に入っていき、地下

へ続く階段を下りていく。


「キリアン、こんなところに何があるの?私はなんで呼ばれているの?」

「この国最古の魔道具って何か、リリは知ってるよね?」

「この国を覆っている結界の魔道具だよね?・・・え?まさかそれに何かあったの?」

「そう。何かあった。でもその何かが分からないから俺はリリを全力で呼びに行ったってわけ。」


「ここだよ。周りへの説明は俺がするから、リリはすぐに魔道具を見てくれ。おじさん頼んだよ。」

そう言うと、開け放たれたひと際豪華な扉の中に入っていった。




そこでは、王城の魔道具師の制服や魔道具ギルドの制服を着た人が何人もいて、色々な場所で話し合いをしていたが、3人が入ってくると全員の視線が一斉に集まり、そして時間が止まったように静かになった。


事務官の一人はともかく、明らかに料理人の大男と、その男が抱える、こちらもエプロンを付けて腕まくりしている小柄な女性を発見して、あまりの場違い感に全員が驚いたからだ。



「この場所に部外者を入れるとはどういうことですか、事務官さん。早く連れ出してください!」

魔道具ギルド長がいち早く正気に戻り声を出した。

あぁ、リリに気付いたんだなとキリアンはすぐに察する。リリアーヌに対する普段の態度を聞いて知っているキリアンとしては面倒に感じるが、潰しどころでもあるなと気合を入れる。


リリは自分が言った通り、おじさんに運ばれてすぐに魔道具の下へ行ってくれた。おじさんも近くにいてくれるから大丈夫だろう。

あとは自分が説明という名の時間稼ぎをするだけだ。

結界が消えたことに周囲が気が付けば、魔物はもちろん、下手すると他国までもが攻めてくるかもしれないのだ。

今の自分に国の未来がかかっていると思うと、ただでさえ疲れ切っている心臓にドクドクと更なる負担をかけているのが分かる。


「魔導具師長、事務官のキリアンです。結界はどうですか?」

ギルド長の言葉を無視して魔導師長に声をかける

「あ、あぁ。まだどこが悪いか目星が付かない。魔力を補充する際に何か不具合が出たと思うんだが・・・設計図が残っていないから、交換可能な部品を変えたりして様子を見る必要がある。・・・それより、あの女性は誰なんだい?」

「私の恋人です。」

「は?恋人?」

魔道具師長は入ってきたときの衝撃から抜けきらないまま、新たなビックリ発言に戸惑いを重ねる。

「はい。ご存知ではないでしょうか?学生ながら古魔道具についての研究論文を沢山出していたリリアーヌです。今は修理師の傍ら王城で皿洗いをしているので大急ぎで連れてきました。」

「ん?リリアーヌさん?・・リリアーヌさん!あのリリアーヌさんか!」


魔導具師長の声がどんどん大きくなって、希望を見つけたような明るい顔になった。

それをみたギルド長が慌てて声を出す。

「いやいや!あいつは腕のない修理師ですよ!現に皿洗いなんてやらなきゃ食べていけないようなやつをこんなところに入れるなんて!即刻出て行ってもらいましょう!」


「初めまして、ギルド長。早速で申し訳ございませんが、あなた様はこれを修理できるのですか?何もできずにいるのではないですか?」

「だ、だからといってそんなやつに」

「私の恋人をそんなやつ呼ばわりとは酷いですね。リリアーヌは古魔道具の修理師として王城の魔道具師に引けをとらないと考えています。市場の古魔道具を修理してきた実績を勘案すれば、多くのものより上の知識や技術を持っていると思えます。

ここは、一人でも多くの頭があった方がいいと思いまして、王城に勤める一人ですし、連れてきました。」

「食堂とここが同じ場だというのか!?」

「はい。同じ通行証でここまできました。」

「はぁ~・・・もういい。ギルド長、ここは引いてくれないか。」


片手で頭を支えるようにしながら、魔道具師長が長い溜息とともにギルド長を止めた。

キリアンは内心で拳を握る。


「キリアン事務官の言う通り、今は早急に対応が必要だ。古魔道具の知識を持つものが一人でも多く欲しいし、私たちと違うアプローチで見れるなら、解決策も浮かぶかもしれない。リリアーヌさんを気に入らない、話し合いができないというならギルド長は休んでいてくれ。私はリリアーヌさんの意見を聞きたい。つまらない見栄で国を滅ぼしたくはないのでね。」

「・・しかし・・・ぐっ」

ギルド長が言い返そうとしても、既に魔導具師長に背中を向けられていた。

代わりにキリアンがギッと睨まれた。



「では、私も予算の話があれば事務官としてあちらに加わるため失礼します」

そういってキリアンは軽く礼をして立ち去る。

視線の先では、既にリリアーヌが魔導具師長と他数人を交えて真剣な話し合いを始めている。

やはり、リリアーヌは古魔道具に対して遠慮をしないし、こんな場にいながら物怖じもしていない。

小柄で、ここにいる誰よりも若く、幼くすら見える見た目と、エプロン姿も相まって冷静にならなくとも場違い感はものすごい。

そんな女性が、王城の魔道具師達と対等に話し合っているのが恋人として誇らしくもある。


『未経験者歓迎の皿洗い』という求人を見た時、こんな事態を予想していたわけでは無い。

しかし、やはりリリアーヌは外に出るべきだとお節介をしてしまった。それで国が救えるかもと思うと過去の自分を褒めたくなる。


仕事にやりがいも楽しさも求めていない自分と違い、人生のど真ん中に仕事をおくリリアーヌの才能はいつもまぶしくもあった。

でも学生の頃から魔道具に集中するあまりに他者と会話を遮断してしまい、営業力がなく、古魔道具修理の依頼がどんどん減って、それでも諦めず、生活を切り詰めても古魔道具にこだわる姿も痛々しいほどになっていた。

何度も「自分と結婚して、古魔道具は趣味として楽しんでもいいんじゃないか」という言葉を飲み込んだ。


周りから言われるままに結婚したり、いずれ子どもができたり、(キリアン自身はそういうのが望みではあるが)リリアーヌはどうだろうか、と考えると、思考を止めることは才能を潰すことだと思った。


リリアーヌが自分で決めなければ意味がない。

いつか、リリアーヌから一緒にいたい、一緒に住みたいという望みが出てからではないと2人の関係は恋人という名の、少し親しい友人のままだ。


そんな取り止めのないことを考えながら、リリアーヌ達の難しい専門用語が飛び交う会話の中からお金の話が出ないか注視する。


少し先の未来、リリアーヌと本来の意味での恋人になっている自分を想像しながら。



■■■


翌日の昼食時、いつものように食堂から空いた食器を回収して皿洗いをしていると、魔道具師の制服を着た一人の男性が大慌てで食堂に入ってきた。

「リリアーヌさんはこちらにいますか!?」


「おいおい、昨日から食堂に走りこむやつが絶えないじゃないか。リリちゃんなら仕事中だから後にしてくれ」

そういうおじさん達を無視して魔道具師はリリアーヌを見つけて厨房に入る。

「リリアーヌさん、昨日はありがとうございました。古魔道具に対する知識、見事でした。」

「・・・・はぁ。」

「こちら、魔道具師長からのお呼び出しです。早急に着替えとご準備をお願いします。」

「・・・・はぁ。」


濡れた手を拭き、差し出された封筒の中身を確認する。

「折角来ていただいて申し訳ないのですが、こちらの文面には急ぎとは書いてありません。私は今仕事中ですし、魔道具師としての仕事は午後のみにしているんです。こちらの仕事を終わらせたら向かいますから少しお時間をください。」

「な!皿洗いなんかどうでもいいでしょう。魔道具師としての仕事ができるんですよ?急いでください」

「あの・・・・」


「そこまでです。」

勢いで近づかれ、腕をとられそうで怖さを感じたとき、親しんだ声がストップをかけてくれた。


「キリアン・・・」

「あなたは・・・昨日の事務官ですね。こんなところに何の用ですか。」


「なんの用はあなたですよ。周囲の状況、見えてます?」


そう言われて魔道具師の男が周りを見回すと、大勢の食堂利用者や、厨房のおじさん達が全員こちらを睨むように見ていることに気付いてビクっと体を揺らした。


「恋人に手荒な真似されて黙っていられないでしょう。」

「そうだ!うちのリリちゃんは優秀な魔道具師でもあるようだが、優秀なうちの皿洗いさんでもあるんだ!午前はこっちが優先だ!」


「て、手紙は渡しましたから、必ず来てくださいね」

それだけ言い終えると、魔道具師の男は逃げるように立ち去って行った。


「皆さん、キリアン、ありがとうございます。」

ホッと落ち着いたリリアーヌは皆にお礼を言う。

「ということでリリ、お昼食べよ!」

「おいキリアン!自分には独占が許されると思うなよ!」

「え~。許されるでしょう。昼休みだし?俺はリリの恋人なんで。」


ニコっと笑うキリアンにおじさん達は肩をすくめるしかない。

「リリちゃん、せっかくキリアンも来たんだ。お昼にしな~」


「いえ、これ片付けてからで。キリアン、ちょっと待ってて」

「OK。いつもの席で待ってるよ。おじさん、リリのと2人分ちょうだい」

「待たされていい気味だな。はいはい。」


昨日の地下での出来事を見ていたおじさんは、この平和なやりとりに力が抜けるような思いだ。

リリアーヌが直せなくて、もし結界が消えていたら、今頃は人間が消えた町を魔獣が跋扈していたかもしれないのだ。


その緊迫感に負けずに立ち向かい、ちっこいリリちゃんがリーダーのように魔導具師長をはじめ偉そうな男たちに指示を出していた姿は頼もしいなんてものではなかった。

そして、いつも飄々としてつかみどころのないキリアンも、さすが王城の事務官というべき仕事ぶりを見せていた。予算や人員配置など、リリアーヌの指示が及ばない実務部分に関しての指示を隣で加えていた。


連携が取れすぎていて、リリアーヌを何とかしようという愚か者は(ギルド長が言いくるめられてからは)出ず、自分は後ろで立っているしかできなかった。

ついでに、話している言葉も同じ言語を使っているのかと思うほど訳が分からなかった。


そして、そんな国の英雄のようなリリアーヌが、昨日のことなんて無かったように今日も食堂に来て皿洗いを始めた時は厨房の全員で「なんでここにいるんだ!」と叫んでしまった。


そして、思い出してクスっと笑う。

「はい。あ、昨日は仕事の途中でいなくなってしまい申し訳ございませんでした。も、もしかしてクビですか??」

と泣きそうな顔になったのだ。


英雄がピカピカに洗った鍋で料理を作り、英雄が洗ったピカピカの皿に料理を盛る。

こんな料理を食べられるなんて、この食堂はなんて贅沢なんだ!

叫びたい衝動を内に込めても、顔が緩んでしまうのを止められない。


ふと気づくと全員が同じ状況で、非常に気持ち悪い厨房になった。





その日の午後、リリアーヌはご飯を食べてから向かった魔導具師長の部屋で、古魔道具修理師として契約を結んだ。


王城にある様々な古魔道具を修理し、その後はメンテナンスも担当し、仕組みなどを資料にまとめていくという大きな仕事だ。

今後は沢山の人が携われるようにまとめていくそうだ。


報酬は納得できたし、雇用契約ではなく、外部委託業者という扱いでの契約なので、午前の皿洗いも続けられるということでサインした。


「実は、キリアン君にきみとの契約内容について意見を貰って、こういう形での提案になったんだ。君の意見も教えてほしい。」

魔導具師長がそんな風に契約書の裏話を教えてくれた。


こんなところにもキリアンの名前が出てきてリリアーヌは笑ってしまった。あの人は、どこまでも自分のことを思ってくれているというありがたい気持ちに満たされる。


自分がやりたいことを貫いて、沢山心配してもらったし、沢山大事にして貰って、それなのに高くなってしまったプライドがキリアンに対して劣等感を持つというグチャグチャな感情に振り回されてきた。


でも今は、古魔道具の修理師という自分が望み続けた仕事を得たというのが大きいのかもしれないけど、ただただ感謝だけが残った。



夜、キリアンが果実酒とドライフルーツのケーキを持って工房に来てくれた。

「キリアン、ありがとう」

「ん?何が?」

「あそこに、私を呼んでくれて。多分、部外者を入れたなんてすごく叱られたんじゃない?」

「あ~大丈夫。結果オーライだから」

「もう!減給とか降格とか、そういうの無かった?」

「いや、本当に。英雄を連れてきたんだぞ?褒められても叱られるようなことじゃないさ。

・・・まぁ、勝手な行動だったとはチクっと言われたけどね」

「うん。そうだよね。キリアンがあんなに走るとこ、初めて見た。」


「いや~・・・実はさ、まだ身体中痛いんだよね。特に腹。おじさんの肩が腹に食い込むから腹に力入れてないと耐えられなかったもん。息苦しいのに、腹に力入れるためにまともに呼吸できないの。マジで死ぬかと思った」

「やっぱりアレ痛かったんだ!キリアンが小麦粉袋みたいで面白かったもん」

「も~呑気だなぁ」


ひとしきり笑いあうと、リリアーヌは言おうと思っていたことを言おうと、膝上に置いた手を服ごと握りしめて覚悟を決める。

「ねぇ、キリアン。」

「なに?」

「私ね、キリアンには本当にすごく感謝してる。いっつも、周りに誰がいようとはばからずに自分の恋人だって堂々と言ってくれて、恥ずかしいけど嬉しい」

「うん」

「その、私はまだまだ仕事頑張りたいって思ってて、まだそんなに先のことまで考えられないんだけど、出来れば、キリアンともっと一緒にいたいなって思っ・・わ。」


最後まで言い切る前に、ふわっとキリアンの両腕に包まれた。

「うん。その言葉を待ってた。学生の頃から今も、ずっとリリのことが大好きだよ。だから、俺ももっと一緒にいたい。」


すぐに返してくれた言葉が嬉しくて、キリアンへ少しだけ手を伸ばして抱き着く。その感触に気付いてくれたのか、ぎゅっとキリアンの腕に力が入ったのを感じた。


食堂でみんなと働くのも幸せだけど、こうして大切な人と想いが通じあうのは、また別の幸福感があった。


「うん。キリアン、私も大好きです。」

初めての言葉を口に出すと、ぐすっとキリアンから聞いたことのない音が聞こえてきて、一層腕に力が入り、ちょっと苦しいな、と苦笑いをした。


今回もお読みいただきありがとうございました!

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