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第15話 王都制覇と次の大陸

 追放されてから、ちょうど百日が経った。


 ゼンは宿の窓から王都を眺めながら、帳簿の最終ページを埋めた。


---


 **テラ・スローン合資組合 第一期総括**


 総設置台数:王都内34台

  内訳:城内10台、バルドス邸5台、商人ギルド本部5台、

     公衆宿屋・食堂3か所3台、貧民区画優先設置11台

 展開店舗:王都21か所(設置進行中含む)

 地方展開:ミルグ4店舗(設置進行中)


 月次収益:金貨5枚と銀貨17枚(先月比 +1.3倍)

 組合運転資金残高:金貨91枚相当(出資450枚から設備・工事費支出後)

 雇用人数:直接雇用8名、協力業者含む40名以上


 組合員:エッゲル、バルドス子爵、ライゼル(個人)

 協力者:汲み取り業者組合ドーラン、王城、ミルグ商人ギルド支部


---


 数字を書き終えてから、ゼンは少しだけ、止まった。


 追放された日。金貨1枚。ボロ宿の地獄のトイレ。一人だった。


 今、手元にある帳簿には、十数人の名前が並んでいる。


(ここまで来た)


 そう思ったとき、不思議なほど何も感じなかった。

 嬉しいとか、達成したとか、そういう感情が来なかった。


 ただ、次のやることが見えた。


---


 その日の昼、ライゼルから手紙が届いた。


 「南区の今年の腸鳴り病患者数が確定した。昨年比78%減。死者ゼロ」


 ゼンは紙を机に置いた。


 昨年は何人死んでいたのか。ライゼルの書類には数字があったはずだ。

 確認する必要があった。しかしそれより先に、その数字が何を意味するか、もうわかっていた。


 昨年この街で死んでいた人間が、今年は生きている。


 名前も顔も知らない人間たちが、今年の春を生き延びた。


 ゼンは帳簿を一度閉じた。

 それから、また開いた。次のページに新しい表を作り始めた。


---


 夕方、宿の食堂に仲間たちが集まった。


 ゴードンが「たまには全員で飯を食え」と言い張ったのだ。


 ゴードン、ルッツ、マリカ、ベルト、ドナ、エルラ。それにドーランが「近くを通りかかった」と言いながら自然に加わった。


 食卓に料理が並ぶ。ゴードンの宿の料理は質素だが量が多い。


 雑談が始まった。ルッツが水脈の話を始めてマリカが眠そうな顔をした。ベルトが食堂の新メニューの話をしてドナが「うちの客に教えたら競合する」と言った。ドーランが「いい匂いがして腹が減った」と言って豆のスープを三杯おかわりした。


 ゼンはその賑やかさを、少し離れたところから眺めていた。


(これが、組織というものか)


 前世でも、何度か経験した。プロジェクトが回り始めたとき、チームに息が合ってきたとき。仕事が「仕事」ではなく「運動」になる瞬間。


 エルラが隣に座ってきた。


「今、何を考えていた?」


「次のことだ」


「王都が終わったと思っているのか」


「終わっていない。配管工事はまだ始まったばかりだ。しかし……」


 ゼンは窓の外を見た。夜の王都が広がっている。


「この街に足がかりができた。次は展開する」


「地方都市か」


「それだけではない。もっと先だ」


 エルラが少し笑った。「先というのは」


「隣国だ」


 食卓の雑談が一瞬止まった。ルッツが顔を上げた。ドーランが豆のスープのスプーンを止めた。


「隣国の衛生状況を調べてある。ガルム王国より悪い。疫病の頻度も高い。市場がある」


「市場、ね」とベルトが口を挟んだ。「隣国に行くってことは、商人ギルドの管轄が変わる。エッゲルさんが黙ってないんじゃないか」


「エッゲルは出資者だ。事業が拡大すればリターンが増える。反対しない」


「言語は」とルッツが聞いた。


「ガルム語が通じる地域と通じない地域がある。術師ならどうにかなるか」


「……難しいが、工夫する」


 また話が始まった。今度は隣国の話。

 それぞれが思い思いのことを言いながら、食事が続く。


 ゼンはそれを聞きながら、帳簿を取り出した。

 食卓でメモを取り始めた。


「食事中も帳簿か」とゴードンが呆れた顔で言った。


「アイデアが出たとき書かないと忘れる」


「……そういうやつだよな、お前は」


 ゴードンは首を振りながら、スープのおかわりを持ってきた。


---


 夜遅く、全員が帰ったあと。


 宿は静かになった。


 ゼンは帳簿の最後のページを開いた。

 「第二幕:大陸展開」という見出しを書いた。


 その下に、都市の名前を列挙し始めた。


 そのとき、扉がノックされた。


 「こんな時間に誰だ」と思いながら開けると、知らない顔だった。

 二十代の若い男。装備がガルム王国のものと違う。


「ゼン=アルカ殿ですか」


「そうだが」


「ヴァルテ帝国から参りました」


 ゼンは少しだけ目を細めた。


 ヴァルテ帝国。ガルム王国の東隣に位置する、大陸最大の国家。


「我が皇帝より、書状をお持ちしました」


 男が革の封筒を差し出した。重い。


 ゼンは受け取った。封を割った。

 丁寧な筆跡の手紙が入っていた。長い文章だったが、最後の一文が目に入った。


 「ヴァルテ帝国の衛生を、貴殿に依頼したい」


 ゼンは手紙を折りたたんだ。


(帝国か)


 追放されてから百日。

 王都の一室から始まった革命が、今、大陸最大の帝国の扉を叩いている。


「明日、返事を出す。今夜はどこかに宿を取れ」


「はい」


 男が去った。


 ゼンは扉を閉め、帳簿に戻った。


 「第二幕:大陸展開」の見出しの下に、新しい行を書き加えた。


 「ヴァルテ帝国:交渉開始」


 革命は、まだ始まったばかりだ。

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