第14話 勇者カインとの決算
発端は、王国議会の公開討論だった。
議題は「次年度の国家予算配分」。防衛費と衛生整備費、どちらを優先するか。
勇者カインが発言を求めた。
「魔王の残党がいまだ各地に残っている。この状況で衛生整備に大規模予算を割くのは、国防を疎かにすることではないか。まず安全を確保してからインフラを整備すべきだ」
それがゼンの耳に入ったのは、翌日だった。
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ゴードンが「議会で名前が出た」と報告してきた。
「カインが何と言った」
「衛生事業に熱心すぎる平民が、国の防衛より快適さを優先させようとしている、と」
「……平民が、か」
(名前を出さなかったのは、多少の配慮か。あるいは侮りか)
エッゲルからも使いが来た。「議会が騒がしい。影響が出るかもしれないが、私は動じない」という内容だった。
ライゼルからも書状が来た。一行だけ。「明後日の議会に来てほしい。発言を求めてある」
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議会棟に入ったのは二日後だった。
ゼンは平民だから議席はない。傍聴席の端に座った。
場内は六十名ほどの貴族と官僚。カインが騎士服で前方に座っている。
ライゼルが立ち上がり、書類の束を持った。
「魔物被害と疫病被害の過去二十年の比較データをご覧いただきたい」
書類が配られた。場内が静かになる。
「魔物による死者:二十年合計で約四万二千人。疫病による死者:同期間で約八十七万人。比率にして二十倍以上だ」
カインが眉を上げた。
「その数字に、魔王軍との直接交戦による死者は含まれているか」
「含まれている。直接交戦の死者は約二万。それを含めても疫病の四十分の一以下だ」
沈黙が流れた。
カインは立ち上がった。
「……それはわかった。しかし、衛生が整っても魔物がいる限り人は死ぬ」
「そうだ。だから防衛も衛生も、どちらも必要だ。どちらかを捨てる話ではない」
ライゼルは静かに続けた。
「衛生整備の予算は、防衛費の増額に影響しない。別枠だ。この資料を見ていただければわかるとおり、民間合資組合の資金を主体にした事業だ。王室予算の投入は補助の範囲に留まる。つまり、対立する話ではない」
カインは少しの間、立ったままでいた。
それから、傍聴席のゼンを見た。
ゼンは視線を受け、静かに返した。
カインが先に目を外した。
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議会の後、廊下でカインに呼び止められた。
「ゼン」
「なんだ」
「……俺の発言は間違っていたか」
「お前は「防衛が大事だ」と言いたかっただけだろう。それは正しい。ただ、数字を見ていなかった」
「疫病で八十七万人が死んでいるのは、知らなかった」
「ライゼル閣下は知っていた。お前は知らなかった。知っていれば、最初から違う言い方をしたはずだ」
カインは少し唇を引き結んだ。
「……お前みたいな男に、こういう話で負けるとは思わなかった」
「負けた話ではない」
「そうか」
短い沈黙。
「エルラが、パーティを離れると言い出した」
ゼンは少し驚いた。
「エルラが」
「王都の貧民区画でヒーラーとして活動したいと。聖座の設置が進む地域に合わせて動きたいと言っている」
(あのとき「貧民区画を急いでほしい」と言っていたエルラが)
「……止めるのか」
「止められない。あいつの意志だ」
カインは壁を見た。
「俺は剣を持って戦う。エルラは……お前の衛生革命の側で戦う。それぞれの戦い方があるということか」
「そう思う」
「俺は……正直、まだ納得していない部分がある。魔物の脅威は実在する。俺はそれを目で見てきた」
「それも正しい」
「しかし数字は認める。疫病の方が多く人を殺している。その問題に取り組んでいる人間を、邪魔する立場にはない」
カインは手を差し出した。
「邪魔はしない。それだけだ」
ゼンは握り返した。
「十分だ」
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その夜、エルラが宿に来た。
「王都の貧民区画の担当を、私にさせてほしい」
「ヒーラーとして?」
「ヒーラーとして、そして衛生指導員として。マリカさんから教わりながらやりたい」
ゼンは少し考えた。
「マリカに話を通す。給与は組合から出す。毎月の報告をルッツに上げてくれ。衛生指導の効果を記録したい」
「わかった」
エルラはうなずいてから、少し笑った。
「追放されたゼンさんのもとで働くことになるとは思わなかった」
「俺もそう思っている」
「カインは……根は悪い人じゃない。ただ数字を見る習慣がなかっただけだ」
「知っている。そういう奴だ」
エルラが出て行った後、ゼンは帳簿を開いた。
「組織」ページに、また一行追加した。
「エルラ(ヒーラー):貧民区画担当・衛生指導員」
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