表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/15

第13話 地方への第一歩

 王都の設置数が十五店舗を超えたとき、ゼンは初めて「次」を考え始めた。


 王都の人口は八十万。十五店舗では全然足りない。しかし「王都制覇」の前に、地方都市への展開も準備が要る。


 ターゲットは、王都から馬車で半日ほどの交易都市ミルグだった。

 人口五万。農産物の集散地。南街道の要所で、商人の往来が多い。衛生状況は王都と同等か、それ以下らしいとルッツが調べてきた。


「先発隊を出す。水脈調査を兼ねて、現地の商人ギルド支部に挨拶しておいてくれ」


 ルッツが承諾し、翌日の朝に馬で出発した。


---


 三日後の朝、宿にルッツからの手紙が届いた。


 ゼンは封を開いた。


 「急いで来てくれ。問題が起きた」


 一行だけだった。


(ルッツが「問題」と書くときは、本当に問題が起きているときだ)


 ゼンは荷物をまとめ、その日の昼には馬に乗っていた。


---


 ミルグは、思ったより活気のある街だった。


 城壁の中に市場、宿屋、鍛冶屋、薬屋が密集している。南街道を行き交う馬車の数が多い。


 ルッツの手紙に書かれた宿屋を訪ねると、ルッツは部屋の隅に座っていた。顔色が悪い。羊皮紙の束が乱れている。これは普段の「作業中」の乱れ方ではない。


「何が起きた」


「設計図を売りかけた」


 ゼンはドアを閉めた。


「全部話せ」


---


 ルッツの話は、こうだった。


 到着した翌日、現地の商人ギルド支部に挨拶したとき、支部長のナルドという男が非常に熱心だった。聖座の話を聞き、設置を強く希望した。金も出すと言った。「設計の詳細を教えてくれれば、こちらで製造して展開できる」という提案も出た。


 ルッツは「製造は我々側で行う」と断った。

 しかしナルドは引き下がらず、翌日、別の男を連れてきた。「投資家だ」と言って。


 その投資家が「設計図と術式の写しを金貨十枚で買いたい」と言いだした。


 ルッツは断ったが、男は「王都ではそういう取引が普通に行われている」と言い張った。ルッツが判断に迷い、とりあえず「持ち帰って確認する」と保留にして、ゼンを呼んだ。


(そういう取引が普通に行われている、か)


「エッゲルの差し金か、あるいはエッゲルの周辺の誰かか」とゼンは言った。


「そう思うか」


「エッゲルは合資組合の出資者だ。出資者として情報へのアクセスが増えれば、術式の転売を考える人間が出てもおかしくない。ナルドがどこに繋がっているか調べる必要がある」


 ゼンは立ち上がった。


「今日その投資家とやらに会わせろ。俺が直接話す」


---


 夕方、宿の食堂に三人が集まった。


 投資家と名乗った男は、四十代の商人だった。ミルグではなく、王都から来たらしい。


「設計図の話をしたいと聞いた」とゼンは座るなり言った。


 男が少し面食らった顔をした。


「あなたが製作者本人ですか」


「そうだ。術師を通じて手を回したのがわかって、本人を呼んだ。それだけの話だ」


 男は顔色を変えずに言った。「失礼な話だとは思っていない。技術の取引は珍しくない。正当な対価を払うつもりがある」


「断る」


「金貨二十枚に上げよう」


「断る。金額の問題ではない。俺の設計は売り物ではない。ビジネスモデル全体がセットだ。術式だけを切り売りしても、それは俺の製品ではない」


「では設置の代理権だけでいい。ミルグと周辺五都市への独占代理権を」


「それも断る。独占は出さない。出先機関を設けて俺たちが展開する。代理は使わない」


 男はしばらく黙っていた。それから、静かに立ち上がった。


「……わかった。では失礼する」


 彼は席を立ち、出て行った。


 ルッツが「あれで終わりか」と言った。


「終わりではない。誰の差し金か調べる必要がある。ただ今日は必要な話はした」


---


 翌日、ゼンはナルドを呼んで話した。

 ナルドは「余計なことをした」と素直に謝った。エッゲルとは直接の繋がりはなかった。単純に「お金になると思った」という理由だった。


(悪意はないが無思慮だった、という典型だ)


「ミルグへの展開の話を続けよう」とゼンは言った。「俺たちが設置する。お前の支部には場所の手配と口コミの協力を頼む。収益配分の話をしよう」


 ナルドは安堵の顔で「それで頼む」と言った。


---


 設置の交渉が始まった翌々日、ゼンはミルグの街を歩いた。


 市場の隅に、薬屋があった。看板に「ミルグ薬師会」とある。

 中に入ると、白髪の老女が薬草を整理していた。


「街の衛生について聞きたい」とゼンは言った。


 老女はゼンを見て、少し考えてから椅子を勧めた。


「あなたが聖座を持ってきた人ですか。噂は聞いています」


「そうだ」


 老女は薬草の束を置いた。


「この街では、毎年春に子供が死にます。腸の病気が多い。私はずっと、薬で何とかしようとしてきた。でも……追いつかない。毎年同じことを繰り返している」


 窓の外を見る。市場の賑わいが見える。


「先週、ルッツという術師が来て、水脈の話をしてくれました。水の汚染が原因だということを。私は四十年この街にいて、知らなかった」


「知る機会がなかっただけだ」


「でも知らないせいで、死なせてきた」


 老女は薬草を両手で握った。


「私が四十年かけて救ってきた命と、汚染された水を止めれば救えた命と……どちらが多いか、考えたくなかった。でも、今朝から考えてしまっている」


「薬は必要だ。これからも必要だ」とゼンは言った。「お前の四十年は無駄ではない。ただ、方法が一つ増える。それだけだ」


 老女は少しの間、ゼンを見ていた。

 それから目を細め、込み上げるものを堪えるように息を吸い込んだ。


「……急いでください。この春が来る前に、この街の水を、きれいにしてください」


「間に合わせる」


---


 ミルグ出張から王都に戻ったゼンは、帳簿に書き込んだ。


 「ミルグ支部開設決定。設置予定4店舗。水脈調査完了。春までに第一期設置完了を目標」


 続けて一行。


「大工ヘルトに連絡。ミルグの配管工事準備に参加可能か確認」


 革命が、王都の外へ出始めた。


もし面白かったら、下の評価に★★★★★をポチッと押していただけたら、とっても嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ