第13話 地方への第一歩
王都の設置数が十五店舗を超えたとき、ゼンは初めて「次」を考え始めた。
王都の人口は八十万。十五店舗では全然足りない。しかし「王都制覇」の前に、地方都市への展開も準備が要る。
ターゲットは、王都から馬車で半日ほどの交易都市ミルグだった。
人口五万。農産物の集散地。南街道の要所で、商人の往来が多い。衛生状況は王都と同等か、それ以下らしいとルッツが調べてきた。
「先発隊を出す。水脈調査を兼ねて、現地の商人ギルド支部に挨拶しておいてくれ」
ルッツが承諾し、翌日の朝に馬で出発した。
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三日後の朝、宿にルッツからの手紙が届いた。
ゼンは封を開いた。
「急いで来てくれ。問題が起きた」
一行だけだった。
(ルッツが「問題」と書くときは、本当に問題が起きているときだ)
ゼンは荷物をまとめ、その日の昼には馬に乗っていた。
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ミルグは、思ったより活気のある街だった。
城壁の中に市場、宿屋、鍛冶屋、薬屋が密集している。南街道を行き交う馬車の数が多い。
ルッツの手紙に書かれた宿屋を訪ねると、ルッツは部屋の隅に座っていた。顔色が悪い。羊皮紙の束が乱れている。これは普段の「作業中」の乱れ方ではない。
「何が起きた」
「設計図を売りかけた」
ゼンはドアを閉めた。
「全部話せ」
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ルッツの話は、こうだった。
到着した翌日、現地の商人ギルド支部に挨拶したとき、支部長のナルドという男が非常に熱心だった。聖座の話を聞き、設置を強く希望した。金も出すと言った。「設計の詳細を教えてくれれば、こちらで製造して展開できる」という提案も出た。
ルッツは「製造は我々側で行う」と断った。
しかしナルドは引き下がらず、翌日、別の男を連れてきた。「投資家だ」と言って。
その投資家が「設計図と術式の写しを金貨十枚で買いたい」と言いだした。
ルッツは断ったが、男は「王都ではそういう取引が普通に行われている」と言い張った。ルッツが判断に迷い、とりあえず「持ち帰って確認する」と保留にして、ゼンを呼んだ。
(そういう取引が普通に行われている、か)
「エッゲルの差し金か、あるいはエッゲルの周辺の誰かか」とゼンは言った。
「そう思うか」
「エッゲルは合資組合の出資者だ。出資者として情報へのアクセスが増えれば、術式の転売を考える人間が出てもおかしくない。ナルドがどこに繋がっているか調べる必要がある」
ゼンは立ち上がった。
「今日その投資家とやらに会わせろ。俺が直接話す」
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夕方、宿の食堂に三人が集まった。
投資家と名乗った男は、四十代の商人だった。ミルグではなく、王都から来たらしい。
「設計図の話をしたいと聞いた」とゼンは座るなり言った。
男が少し面食らった顔をした。
「あなたが製作者本人ですか」
「そうだ。術師を通じて手を回したのがわかって、本人を呼んだ。それだけの話だ」
男は顔色を変えずに言った。「失礼な話だとは思っていない。技術の取引は珍しくない。正当な対価を払うつもりがある」
「断る」
「金貨二十枚に上げよう」
「断る。金額の問題ではない。俺の設計は売り物ではない。ビジネスモデル全体がセットだ。術式だけを切り売りしても、それは俺の製品ではない」
「では設置の代理権だけでいい。ミルグと周辺五都市への独占代理権を」
「それも断る。独占は出さない。出先機関を設けて俺たちが展開する。代理は使わない」
男はしばらく黙っていた。それから、静かに立ち上がった。
「……わかった。では失礼する」
彼は席を立ち、出て行った。
ルッツが「あれで終わりか」と言った。
「終わりではない。誰の差し金か調べる必要がある。ただ今日は必要な話はした」
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翌日、ゼンはナルドを呼んで話した。
ナルドは「余計なことをした」と素直に謝った。エッゲルとは直接の繋がりはなかった。単純に「お金になると思った」という理由だった。
(悪意はないが無思慮だった、という典型だ)
「ミルグへの展開の話を続けよう」とゼンは言った。「俺たちが設置する。お前の支部には場所の手配と口コミの協力を頼む。収益配分の話をしよう」
ナルドは安堵の顔で「それで頼む」と言った。
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設置の交渉が始まった翌々日、ゼンはミルグの街を歩いた。
市場の隅に、薬屋があった。看板に「ミルグ薬師会」とある。
中に入ると、白髪の老女が薬草を整理していた。
「街の衛生について聞きたい」とゼンは言った。
老女はゼンを見て、少し考えてから椅子を勧めた。
「あなたが聖座を持ってきた人ですか。噂は聞いています」
「そうだ」
老女は薬草の束を置いた。
「この街では、毎年春に子供が死にます。腸の病気が多い。私はずっと、薬で何とかしようとしてきた。でも……追いつかない。毎年同じことを繰り返している」
窓の外を見る。市場の賑わいが見える。
「先週、ルッツという術師が来て、水脈の話をしてくれました。水の汚染が原因だということを。私は四十年この街にいて、知らなかった」
「知る機会がなかっただけだ」
「でも知らないせいで、死なせてきた」
老女は薬草を両手で握った。
「私が四十年かけて救ってきた命と、汚染された水を止めれば救えた命と……どちらが多いか、考えたくなかった。でも、今朝から考えてしまっている」
「薬は必要だ。これからも必要だ」とゼンは言った。「お前の四十年は無駄ではない。ただ、方法が一つ増える。それだけだ」
老女は少しの間、ゼンを見ていた。
それから目を細め、込み上げるものを堪えるように息を吸い込んだ。
「……急いでください。この春が来る前に、この街の水を、きれいにしてください」
「間に合わせる」
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ミルグ出張から王都に戻ったゼンは、帳簿に書き込んだ。
「ミルグ支部開設決定。設置予定4店舗。水脈調査完了。春までに第一期設置完了を目標」
続けて一行。
「大工ヘルトに連絡。ミルグの配管工事準備に参加可能か確認」
革命が、王都の外へ出始めた。
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