第12話 汲み取り屋のドーラン
合資組合の設立から三日後、宿の前に男が二人立っていた。
大柄だ。腕が太い。日焼けした顔に、働き者の汚れがある。漂ってくる匂いから職業がわかる。
(汲み取り業者だ)
この仕事は、王都の排泄物を処理する職業だ。穴を掘り、溜まった汚物を取り除き、城外に運んで埋める。誰もがやりたがらないが、誰かがやらなければ街が成立しない仕事だ。
二人のうち、前に立つ男の方が明らかに上の立場だ。五十がらみ。がっしりとして短い首。目が、細く鋭い。
「ゼン=アルカか」
「そうだ」
「ドーランだ。王都汲み取り業者組合の組合長をやっている」
ゼンは二人を中に通した。
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向かい合って座ると、ドーランは前置きなく言った。
「お前が模倣品を使った連中に、公認刻印とかいう仕組みを作ったのは知っている。それは構わない」
「では何の用だ」
「上下水道の工事計画が動いていると聞いた。本当か」
「本当だ」
ドーランの目が、さらに細くなった。
「それが実現したら、うちの仕事はなくなる」
(来た、本題だ)
「全部なくなるわけではない。工事には何年もかかる。その間も汲み取りは必要だ」
「しかし最終的にはなくなる」
「そうだ。最終的には。ただし」
ゼンはドーランを真っ直ぐ見た。
「その代わりの仕事を俺が作る。お前たちに」
沈黙。
「配管の設置工事に、どれほどの人間が必要だと思う?」
ドーランは答えなかった。
「地下を掘る人間、管を埋める人間、土を戻す人間、管の継ぎ目を処理する人間、完成後に定期点検をする人間。全員必要だ。今のうちの計画では、第一期工事だけで五十人単位で人手が要る」
「……うちの組合に何人いると思う」
「聞いていないが、推測では八十人から百人程度だ。違うか」
ドーランが少しだけ眉を上げた。
「……九十三人だ。家族を入れれば三百近い」
「なら話がある。今すぐではない。来年以降の話だ。それまでの間、汲み取りの仕事は続く。工事の準備として、この配管の仕組みを一緒に学んでほしい」
ドーランは腕を組んだ。
「脅しに来たつもりだったが……随分と違う話になったな」
「俺は競合を排除したくない。一緒にやりたい」
「なぜだ」
「お前たちは王都の地下をよく知っている。どこに溜まりやすいか、どこが詰まりやすいか。十年以上の経験がある。俺にはその知識がない。必要だ」
ドーランはしばらく天井を見た。それから部下の方を見た。部下は無言で肩をすくめた。
「……まず一つ確認させてくれ」
「なんだ」
「あの、白い椅子とやら。使ってみてもいいか」
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十分後、ドーランが出てきた。
彼は出入り口の段差に、ゆっくりと腰を下ろした。床に座った。
大きな体が、縮んだように見えた。
「……俺はな」
掠れた声だった。
「三十年、王都の糞尿を運んできた。嫌いじゃなかった。誰かがやらなければならない仕事だから。でも……」
ドーランは顔を上げなかった。
「汲み取りに行く家に、きれいな部屋がある。まともな食事がある。そういう家に入るたびに、うちの仕事との落差が嫌だった。俺たちが一番不潔なものと向き合っているのに、俺たちが一番不潔な場所で仕事をしている」
大きな手で、顔を覆った。
「俺たちが……一番最後に救われるのかと思ってた。ずっと」
それから静かに泣いた。肩が揺れていた。
ゼンはそれを見て、静かに言った。
「一番最後にはしない。配管工事が始まれば、お前たちの仕事場が最初に整備される。約束する」
ドーランは少しの間、黙っていた。
やがて顔を上げ、目を拭い、立ち上がった。
「……約束だぞ」
「約束だ」
握手した。
ドーランの手は、ゼンが今まで握った中で一番大きく、一番硬かった。
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翌日、ドーランが組合の幹部三人を連れて戻ってきた。
「地下の構造を知っているのはうちの組合だ。測量の協力をする」と言って、ルッツの地図の前に座った。
ルッツはしばらくドーランたちを観察してから、羊皮紙を一枚渡した。
「この区域で、土が水を通しやすい場所を教えてくれ。長年の経験でわかるはずだ」
ドーランが幹部と顔を見合わせた。それから、記憶を掘り起こすように話し始めた。
一時間後、ルッツの地図に新しい書き込みが増えていた。
「……これは、俺が一人で三ヶ月かけてやる調査だった」
ルッツが呟いた。
「現場の知識は、机の計算より速い」とゼンは言った。
「……認める」
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夜、ゼンは帳簿の「組織」ページを開いた。
名前を一行追加した。
「汲み取り業者組合:配管工事部隊候補。測量協力開始」
もう一行書いた。
「一番最後にはしない」
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