表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/15

第11話 金貨の壁と、出資者たち

ルッツが上下水道の整備計画の概算見積もりを出したのは、南区の感染が収束して一週間後だった。


 羊皮紙五枚。地下水脈の地図、必要な配管の総延長、工事の段階分け、素材費と人件費の試算。


 ゼンは数字を一つ一つ確認した。


 最終行を見て、ペンを置いた。


「……金貨七千枚か」


「王都全体を整備した場合の概算だ。最低限の主要幹線だけなら金貨二千枚で第一期工事ができる」


 金貨二千枚。

 ゼンの現在の総資産は金貨四十数枚。月次収益が金貨二枚強。


(百年かかる)


「分割施工は可能か。段階的に資金を投入して少しずつ整備する」


「可能だ。ただし第一期工事だけでも、今すぐ資金が必要だ。計画を進めるには人手と素材の先払いが必要になる」


 ゼンは立ち上がり、窓の外を見た。


 個人の資産では絶対に足りない。王室の予算は動いているが、「全部を任せる」という話にはなっていない。


(資金を集めなければならない)


 前世の知識が動いた。

 株式会社。投資家。出資。


 この世界に「株式会社」という概念はない。しかし「合資」という仕組みは商人ギルドが使っている。複数の商人が資金を出し合い、利益を分配する仕組みだ。


---


 次の日、ゼンは三人に手紙を書いた。


 エッゲル、バルドス子爵、ライゼル財務大臣。


 「テラ・スローン合資組合の設立について、話し合いの場を設けたい」


---


 三日後、商人ギルドの会議室に四人が集まった。

 ゼンが用意した羊皮紙の束を全員が受け取った。


「この組合は、王都の衛生インフラ整備を事業目的とする。出資額に応じて、将来の事業収益から配分を受ける。聖座の設置事業も引き続き含む」


 エッゲルが真っ先に口を開いた。


「出資に対するリターンはどれほど見込める」


「十年で元本の三倍を目標にしている。ただし保証はできない」


「率直だな」


「嘘をついても仕方がない。リスクがある事業だ」


 バルドス子爵が書類をめくった。


「王室後援が付いているのは確かか」


「確かだ。ライゼル閣下が保証してくださる」


 ライゼルが静かにうなずいた。


「私個人としても出資する」とライゼルは言った。「公的な予算とは別に、個人資産として」


 エッゲルが少し目を細めた。


「財務大臣が個人出資か。それは珍しい」


「珍しくない。この事業に賭ける理由が、私には個人的にある」


 誰もそれ以上聞かなかった。


---


 交渉は二時間かかった。


 最終的な合意内容:

 エッゲル:金貨三百枚(商人ギルドの集合拠出として)

 バルドス子爵:金貨百枚

 ライゼル個人:金貨五十枚

 ゼン(事業主):現在の資産と、今後の聖座事業収益を全額投入


 合計、第一期工事着手に十分な規模に達した。


 書類に全員が署名した。


---


 帰り道、ゼンは組合の印が押された書類を鞄に入れた。


 「テラ・スローン合資組合」。

 正式な組織になった。


 宿に戻ると、マリカが待っていた。


「ゼンさん、呼ばれたと聞いて来ました。何かありましたか」


「一つ、話がある。座れ」


 マリカが向かいに座った。


「合資組合を設立した。テラ・スローンという組織が正式に動き始める。人を雇う必要がある」


「はい」


「最初の正式採用をお前にしたい。雇用の書類を作った。月に銀貨十枚。マリカ・ヴォル、清掃指導部門の主任として」


 マリカは書類を受け取り、ゆっくりと読み始めた。


 自分の名前が、書類の上に印刷されている。仕事の内容と、給与と、担当区域。


 手が、少しだけ震えていた。


「……わたし、文字がちゃんと読めないんですが」


「読める部分だけ読め。あとで説明する」


「わたしの名前は……読めます」


 マリカの声が、最後の方で詰まった。


 ゼンは書類の説明を続けた。しかし途中でマリカが動かなくなった。

 顔を伏せて、小さな肩が震えている。


「なんで泣いている」


「すみません……自分の名前が、仕事の書類に載ったのが初めてで……」


 ゼンは少しだけ黙った。


「泣いていい。ただし、署名はしっかりやれ」


 マリカは袖で目を拭い、炭筆を受け取った。

 丁寧に、一文字一文字、自分の名前を書いた。


---


 その夜、帳簿を開いたゼンは新しいページを作った。


 「組織」


 代表:ゼン=アルカ

 術師担当:ルッツ

 清掃指導主任:マリカ・ヴォル

 1号店運営:ゴードン

 2号店運営:ベルト

 3号店運営:ドナ

 出資者:エッゲル、バルドス子爵、ライゼル個人


 九人の名前が並んだ。


(俺が一人でやっていた仕事が、ここまで広がった)


 ゼンはページを閉じた。


 次はいよいよ、インフラ工事だ。


もし面白かったら、下の評価に★★★★★をポチッと押していただけたら、とっても嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ